第九十四話 直江はヒナを介護してみる②
現在。
場所はホテルのレストラン――バイキング会場。
「はい、ヒナ……あーん」
「……あ~ん」
と、眠そうな様子で口を開いて来るヒナ。
直江はそんな彼女の口の中へ、スクランブルエッグを入れる。
すると。
「……うま、うま」
と、口をもくもく動かすヒナ。
なんだか、雛鳥みたいだ。
「こっちのウインナーも食べる?」
「…………」
ふるふる。
と、顔を横に振るヒナさん。
それでは。
「野菜は?」
「…………」
ふるふる。
と、再び顔を横に振るヒナさん。
直江はそんな彼女へと、さらに続ける。
「でもこれ、ヒナが好きなバターの人参だよ? いらないの?」
「……あ~ん」
「はい、あーん」
「…………」
もくもく。
と、口を動かすヒナ。
そんな彼女はそれが終わると、再び口を開けてくる。
「もっと食べたいの? この人参」
「…………」
こくこくと、頷くヒナ。
直江がそんな彼女のために、人参をフォークで刺そうとした。
まさにその時。
「ジト~~~~……」
と、感じる視線。
見れば、クロが猛烈に直江の方を見てきていた。
故に、直江はそんな彼女へと言う。
「えっと……なにかな?」
「直江さん。ヒナさん、すごい眠そうですよね?」
「え、うん。部屋からここまで、僕が抱っこして連れてきたくらいだしね」
「ですよね? 自分でご飯を食べられないレベルですもんね?」
ジト~っと。
どんどん圧を強めてくるクロ。
今ではまるで、目からビームでも出そうな勢いだ。
なんだか、嫌な予感がする。
と、直江が考えたその時。
「ヒナさん……その状態で、どうやって着替えたんですか?」
と、そんな事を言ってくるクロ。
なるほど。
やばい。
このままでは、変態扱いされる。
変態的意図はなかったのに、そう扱われるのは嫌だ。
故に直江はクロへと言う。
「いや、違うんだって! 僕は何もしてない! ヒナの服を脱がしたり、そんなことは誓ってしてない!」
「自爆しましたね……誰も直江さんが着替えさせたとは、言ってませんよ」
「う……っ」
「個室で妹の服を脱がせるとか……完全に変態じゃないですか」
「ぐふっ」
クロの言葉。
直江の胸に猛烈に突き刺さる。
と、その瞬間。
「さっきから聞いてたけど、なんかおかしなことあるのか?」
と、聞こえてくるのは柚木の声だ。
彼女はお味噌汁を飲んだのち、直江へと言葉を続けてくる。
「あたしだって、小学生の時に直江に着替えさせてもらったよな?」
「ちょ――」
「あれはたしか、あたしが風邪で寝込んだ時だ! 直江があたしの身体を、隅々まで吹いてくれたの覚えてる!」
「ほ、ほーう」
と、なにやらこめかみピクピクさせているクロさん。
彼女は嫌な笑顔で、直江へと言ってくる。
「直江さん……変態じゃないですか! 完全にロリコンじゃないですか! ロリコン大魔王ですよ!」
「お、大声出さないでよ!」
「出しますよ! 出したくなりますよ! どうせならその……わ、私をお着換えさせてくれればよかったものを(ボソボソ)」
ダメだこれ。
柚木が余計な事を言ったせいで、クロの説得は不可能だ。
と、直江がそんな事を考えていると。
「直江」
と、静かに響いて来る綾瀬の声。
見れば、彼女はパンにバターを塗りながら、直江へと言ってくる。
「あんたもヒナもいい歳でしょ? もう着替えさせるとか、そういうのはやめなさい」
「え……」
「どうかしたの?」
いや。
まともな事言ってくる綾瀬が、珍しいなと思っただけ――。
「とにかく、そういった事がしたいのなら」
と、パンをちぎり綾瀬。
彼女はそれを直江へと向けながら、言葉を続けてくる。
「全てわたしにしなさいな――わたしはあんたの全てを受け入れる。どんな変態的欲望にも答えてあげられるわ」
「……うん」
やっぱり綾瀬は綾瀬だった。
直江はそんな事を考えたのち、ヒナに朝食を食べさせるのだった。