第九十二話 すがすがしい朝
「はっ!?」
気がつくと、すっかり朝になっていた。
直江はすぐさま、周囲を見回す。
その理由は簡単だ。
(よ、よかった……寝る前に見たホテルの一室だ。最悪、天国に行っている可能性も考えたんだけど)
たしかに柚木の寝相は生物兵器だ。
しかし、さすがに殺傷能力まではないに違いない。
それとももしくは。
(柚木も無意識に、手加減してくれたのかな)
なんにせよ、そろそろ起きよう。
このまま横になっていると、悪夢が再び――。
「っ!?」
と、直江。
唐突に気がついてしまう。
(か、身体が……うご、かない?)
そういえば昨晩。
柚木に絞められた時、なんだか嫌な音がした気がする。
まさかその後遺症で。
などなど。
直江がそんな事を考えたその時。
「むにゃ……なおぇ。好き、だ……くぅ~」
と、聞こえてくる柚木の声。
なんてことはない。
(僕はまだ、柚木に背後からホールドされたままだったのか)
身体が無事だったのはよかった。
けれど、まだ一安心というわけではない。
なぜならば。
(うん……よく考えたらこれ、昨日の状態から何一つ変わってないよね)
要するに。
再び、柚木アルティメットホールドを受ける可能性があるのだ。
そうなれば、今度こそ直江は絶命するかもしれない。
「…………」
考えていたら、ブルってした。
とにかく、することは一つだ。
もぞもぞ。
もぞもぞもぞ。
と、直江はなんとか脱出を試みる。
すると。
ジ~~~。
と、前方から感じる視線。
直江がそちらに目をやると。
「おはよう、直江」
と、ニコニコ笑顔の綾瀬さんだ。
彼女はころころ転がって、直江の方へと近寄ってくる。
そして、彼女は直江の至近距離から、言葉を続けてくる。
「どうしたのかしら、直江。ひょっとして、動けないの?」
「…………」
「あら? どうして、そんなに怯えた瞳をしているの」
それはあれだ。
綾瀬の瞳がまるで、獲物を狙う様な瞳をしているからだ。
正直、猛烈に嫌な予感がします。
「ねぇ、直江?」
と、直江の頬を撫でてくる綾瀬。
彼女は淀んだ瞳で、直江へと言葉を続けてくる。
「今回の旅行で二人きりはもう無理だから、今度はどうかしら?」
「どうって……何がどうなんですか?」
「わたしの地下室に来てみないってこと」
「あ、いえ。ご遠慮します」
「遠慮しなくていいのよ?」
「いや、遠慮します」
「…………」
と、冷たい様子の表情になる綾瀬。
ぶっちゃけ、ものすごく怖い。
だがしかし、次の瞬間――思ってもみなかった出来事起こる。
ガシッ。
グイッ。
「きゃっ!?」
と、聞こえてくる綾瀬の声。
いったい何が起きたのか――それは簡単だ。
寝ぼけた柚木が、綾瀬の手首をホールド。
そのまま、彼女を引き寄せたのだ。
結果。
サンドイッチになった。
具体的に言うならば、こういうことだ。
直江、綾瀬と柚木に挟まれた。
(これはまずい)
色々当たってしまっている。
背中にも、胸にも。
もしも、このままクロやヒナが目を覚ませばどうなるか。
そんなの、考えなくてもわかる。
クロは冷たいジト目で変態コール。
ヒナは焼きもちの無限連鎖だ。
脱出。
あるのみ。
と、直江はここでとある事に気がつく。
それは。
(おかしいな、さっきから綾瀬が静かな気がする)
そんな事を考えたのち。
直江が目の前の綾瀬を見ると――。
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
と、頬を真っ赤に「あぅあぅ」言ってる綾瀬さん。
直江、改めて思った。
(綾瀬、ホラーゲームとかもそうだけど。咄嗟の事態に弱いのかな?)
もっとも。
それは直江も人の事を言えないが。
さてさて、なにはともあれ。
こうして、直江達の旅行は本格的に始まったのだった。
余談だが。
この後結局、直江の予想通りになった。