第九一話 真夜中の脅威―アナザー―
時は直江が柚木にやられる少し前。
場所は同じくホテルの一室。
現在、ヒナはベッドの上で眠っていた。
(ダブルベッドだから……クロと一緒。どうせなら、お兄と寝たかった)
ヒナにとって、誰かと一緒に寝るのなどだいぶ久しぶりだ。
そのせいか、なかなか寝付けない。
なのでヒナ。
先ほどから今日の事を考えているのだが、どんどん眼が冴えていく。
(お兄がお姉に攫われた時は、どうなることかと思ったけど……何事もなくてよかった)
綾瀬はとてもいい人だ。
ヒナの性癖を理解しているという意味では、唯一の人と言ってもいい。
だがしかし。
(お姉は放置させ過ぎると、危険)
今日の事で、ヒナはそれを再認識した。
けれど、彼女は綾瀬に感謝の気持ちもある。
なぜならな。
(お姉のおかげで、お兄と旅行にこれた……えへへ)
しかも、温泉旅行だ。
しかもしかも、ここには混浴もある。
となれば、温泉で直江と一緒になることもある。
ヒナと直江は兄妹だ。
だが、あくまで義理。
(ヒナが裸で誘惑したら……お兄、ヒナのこと襲ってくれたりしないかな)
興奮し、我を失った直江。
彼はヒナを床へと押してくるのだ。
「はぁ……」
想像しただけで捗る。
今日は隣にクロが居るが、少しいたしてしまおう。
なに……バレないように静かにすれば、何も問題ない。
などなど。
ヒナはそんな事を考えたのち、自らの大切な所に手をのばそうとした。
まさにその時。
むきゅっ。
と、背後から何者かに抱きしめられる感覚。
まさか、直江が夜這いに来たのか。
考えた途端。
ヒナの心臓はドクドクと、うるさいほどに鳴り始める。
(お、お兄にも……心臓の音、聞かれちゃう。恥ずかしい、けど……)
嬉しい。
直江とこのまま一つになれる。
そう考えただけで、ヒナの心はどこまでも――。
「むにゃ……ヒナさん、湯たんぽみたい、で……くぅ」
と、聞こえてくるのはクロの声だ。
聞こえてきた方向は背後。
となれば。
「…………」
ヒナの胸の高鳴り、一瞬で覚めていく。
だってこれ、抱きしめてきてるのこれ……クロに違いないのだから。
(まぁそっか……仮にお兄が夜這いに来るとしても、さすがにクロが居る時に来るわけないよね。お兄、結構慎重そうだし……)
なんにせよ、今は脱出だ。
このまま抱き枕にされては、余計に眠れなくなる。
もぞもぞ。
もぞもぞもぞ。
「……っ!」
もぞもぞもぞ。
もぞもぞもぞもぞ。
もぞもぞもぞもぞもぞ。
(ぬ、抜け出せない……どうしようっ)
それどころか。
心なしか、どんどんクロによる抱きしめが強まっている気がする。
もちろん、痛みなどはないが。
「くぅ……」
と、ヒナの後頭部に顔を埋めてくるクロ。
しかも彼女、そのままヒナの足へと、足を絡めてくる始末。
「んぅ~、にゃおえさんの匂い……」
すんすん。
と、ヒナの後頭部を嗅いで来るクロ。
なんだか猛烈に恥ずかしい。
でもヒナ、一つ思ったことがある。
どうやらヒナ、直江と同じ匂いがするに違いない。
いや。
どうして、クロが直江の匂いを知っているのか。
そんな問題もあるにはあるが。
(ヒナの匂いがお兄と一緒ということは……いつもするときに、自分の匂い嗅いだまますれば……お兄の匂いを嗅ぎながらしているのと、同じことになる?)
これは大いなる閃きた。
なんだかまた心臓がドクドクと――。
むぎゅっ!
と、ちょっと強めに抱きしめてくるクロ。
同時。
「ぐぇ……っ」
思わず変な声が出てしまう。
直江が起きてなくてよかった。
などと、ヒナは一瞬そんな事を考えるが。
きゅぅうう~~~~~~。
どんどん抱きしめ強化してくるクロ。
やばい。
「うっ……お、お兄……た、助け……っ」
ガク。
と、ヒナの意識はそこで途切れるのだった。