第八十七話 直江は選択肢を間違えてみる②
綾瀬になんか盛られてから数時間後。
直江の身体はすっかり動くようになっていた。
だがしかし。
現在、直江は芋虫状態で布団の上に転がっている。
その理由は簡単だ。
「あ、あのさ綾瀬……この手足を縛ってる縄、出来るなら解いて欲しいんだけど」
「どうして?」
と、首を傾げてくる綾瀬。
彼女は夕食の椀を片手に、直江へと近づいて来る。
そして、彼女はそのまま彼へと言葉を続けてくる。
「ひょっとして、生活面の事を気にしているのかしら?」
「そうだよ! まさにその通りだよ! 正直、ちょっとトイレもいきた――」
「大丈夫よ、直江。あんたは、わたしに全てを委ねればいいの」
と、箸でひょいっと一つかみ。
直江の口元の方へと、卵焼きを差し出してくる綾瀬。
彼女はそのまま、直江へと言ってくる。
「食事面はこうして、わたしが食べさせてあげる。トイレも大丈夫よ――わたしがしっかり、直江のお世話もしてあげる。もちろん、お風呂の問題もないわ」
「……うん、自分でやりたいんですけど」
「遠慮なんてしなくていいのよ? 直江は一生、わたしにお世話されればいいの」
直江はここで、ふと気になる事が出来た。
故に、直江は綾瀬へと問う。
「ね、念のために聞いておきたいんだけどさ。綾瀬、僕をずっとこうしておくわけじゃないよね? この旅行中だけだよ――」
「一生よ?」
「…………」
「旅行が終わったら、わたしの家の地下室で暮らしましょ? そこなら誰の邪魔も入らない……日の光は入らないかもしれないけれど、大丈夫――わたしがあんたの太陽になるわ」
わぁーい。
綾瀬さん、なんて情熱的な殺し文句を言ってくるのだろう。
こんな状況でなければ、思わず惚れてしまいそうだ。
直江、思わずため息を吐きそうになる。
理由は簡単。
(綾瀬、こういう性格じゃなかったら……というか、アプローチかけるにしても、こういう方向じゃなければ、僕の方から惚れることだってあるのに)
実際、直江は綾瀬を美人だと思っていたわけだし。
正直、恋愛方面の好意を向けたこともある。
故に。
「どうしてこうなったのか……」
「?」
と、ひょこりと首を傾げてくる綾瀬。
彼女は一人、何かを理解したかのように直江へと言ってくる。
「ひょっとして直江……ヒナと会えなくなるのが嫌なの?」
「いや、まぁそれもあるよ! っていうか、僕は外の世界との接点がなくなるのが嫌なんだよ!?」
「なら大丈夫よ! わたしが接点になるわ」
「…………」
「あ、そうよ! いい事を思いついたの!」
ズボっと直江の口に卵焼きをつっこんで来る綾瀬。
彼女はそのまま、淀んだ瞳で直江へと言葉を続けてくる。
「他の女たちは嫌だけど、ヒナならいいわ。直江と結婚したのだから、ヒナはわたしの妹でもあるもの」
「うん、僕と綾瀬って結婚してたんだ!?」
「それでね直江! ヒナも地下室に連れてくればいいと思うの!」
「……はい?」
「直江と一緒にするのは嫌だから、別の部屋になるけれど……ヒナはケージとかに入れて地下室の一室で飼えばいいわ! もちろん、時々直江に合わせてあげる!」
ごめん、ヒナ。
見事に飛び火した。
けれど、これで逆に確信した。
やはり、直江はこのまま綾瀬に捕まるわけにはいかない。
(僕が捕まれば、ヒナだけじゃない――下手したら、両親にも飛び火する可能性がある!)
などと、直江が考えた。
まさにその時。
「直江、どうしてそんなに反抗的な目をするの?」
と、言ってくる綾瀬。
彼女は椀を置いた後、直江の頬を撫でながら言葉を続けてくる。
「嬉しくないの? わたし一緒に、永遠に蜜月の日々を過ごすのが」
「綾瀬と過ごせるのは楽しい……正直、今日の旅行もつまらなくはなかった」
「なら――」
「でも、綾瀬とは日常の中で一緒に過ごしたい。地下室で拘束されたり、そんな状況で接するのは嫌なんだ」
「……っ」
はっとした様子の綾瀬。
きっと、直江の言葉が心に響いたに違いない。
これはチャンスだ。
頑張れば、このまま綾瀬を説得――。
「どうして我儘を言うの? 嫌よ、絶対に嫌」
うん、全然チャンスじゃなかった。
綾瀬は直江に顔を近づけてくると、そのまま彼へと言葉を続けてくる。
「二人きりで過ごすの。誰の目も声も届かない環境で、二人だけの愛を育むの――まだわからないかもしれないけれど、あんたにとってはそれが一番の幸せなの!」
「それは違う! 僕にとっても、綾瀬にとっても絶対に!」
「っ!」
と、怯んだ様子の綾瀬。
しかし、彼女はすぐに淀んだ目に戻ってしまう。
おまけに。
「じゃあ、もういいわ……わからせてあげるから」
と、そんな事をいってくる。
直江がその言葉の意味を考えている間にも――。
「わたしと居る事がどんなに幸せか、わたしがどんなに正しいか……その身体に教えてあげる」
と、綾瀬さん。
直江の服に手をのばしながら、言葉を続けてくるのだった。
「わたしに任せなさい直江、あんたは……わたしというぬるま湯の中で、眠っていればいいの」