第八十六話 直江は選択肢を間違えてみる
結論から言おう。
『連休中は綾瀬に付き合おう』という選択肢は、大きな間違いだった。
なぜならば。
「っ……ぐぅ」
時は夕方。
場所は直江と綾瀬が宿泊中の一室。
現在、直江は布団の上に寝かされていた。
しかも――。
(なんだこれ、身体が全く動かない!?)
いったいどうしてこうなったのか。
直前の記憶が殆どない。
直江が覚えているのは――。
(たしか露天風呂に入ることになったんだ。それで混浴に入りたがった綾瀬を説得して……男湯に入った)
そして、風呂から出てきたらこうなっていた。
いやいや、そんな訳ない。
(その前に何かあったはずだ! 思い出せ、そうしないと手遅れになる気がする!)
と、直江は必死に脳を回転させる。
動く範囲で視界を動かし、室内を見渡す。
すると見えて来たのは。
(あれは――あのテーブルの上にあるのは、お饅頭……)
覚えている。
あれは温泉街で購入したものだ。
部屋に帰ったら、一緒に食べよう。
と、綾瀬と一緒に買ったのだ。
「っ!」
と、ここで直江、ようやく思い出す。
彼はあれを食べた直後、こうなったのだ。
(そうだ! 僕だけ露天風呂から帰って来たら、部屋にあれが置いてあったんだ! 綾瀬の字で――『先に食べていて』って書かれたあれが!)
考えてみれば不自然この上ない。
一緒に食べるのを楽しみにしていた綾瀬。
その彼女が、素でそんな書置きするわけがない。
きっと何か盛られたのだ。
綾瀬に嵌められたのた。
直江は直感的に理解する。
やはりヤバい時の綾瀬は、信じるべきではなかった。
(動けないこの状況……部屋に一人っきり)
まずい。
まずいまずいまずい。
まずいまずいまず――。
キィ~~ッ。
と、開かれる扉の音。
同時、聞こえてくる足音。
間違いない――奴だ。
と、直江が考えた。
まさにその時。
「な~おえ♪」
と、聞こえてくる綾瀬の声。
同時、彼女に覗き込まれる直江の顔。
「ひっ!」
と、直江は思わず声をだしてしまう。
すると綾瀬、彼へとにこにこ言葉を続けてくる。
「あらあら、直江……ひょっとして動けないのかしら?」
「あ、綾瀬がやったんじゃないの?」
「ん? そうねぇ……♪」
と、直江の頬を撫でてくる綾瀬。
どうやら、直江の推理に間違いはなかったに違いない。
すると綾瀬、さらに直江へと言葉を続けてくる。
「反省しているわ……直江、ごめんなさい」
「な、にが?」
「あんたに対するわたしの愛よ……全く足りていなかったわ」
いや、それはない。
直江にとって綾瀬の愛は、すでに許容値超えていた。
なんなら、越えすぎて狂気の域に達していた。
「直江、もう一度謝らせて」
と、顔を近づけてくる綾瀬。
彼女はそのまま、直江へと言葉を続けてくる。
「わたしの愛が足りなかったばかりに、直江に変な虫がついてしまった……本当にごめんなさい」
「い、いや……そんなこと――」
「そんなことあるのっ! わたしのせい! わたしのせいわたしのせい! 柚木が調子に乗ってるのは、全部全部全部全部ぅうううううううううううううううううっ!」
「…………」
こわ。
綾瀬さん、やっぱり狂ってらっしゃる。
(うーん、参ったなぁ。至近距離でこんなに叫ばれたら、マジで身の危険を感じるし、まったく動けないし)
などなど。
直江がそんな事を考えている間にも。
「ねぇ、直江……こっちを見て、お願い?」
と、綾瀬は泣きながら、そんな事を言ってくるのだった。