第八十五話 直江は綾瀬と核心に迫ってみる
「ところで綾瀬。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あら、なぁに?」
と、ひょこりと首をかしげてくる綾瀬さん。
やはりとても機嫌がよさそうに見える。
なので、直江はそんな彼女へと言う。
「覚えているかわからないけど、綾瀬は昔僕と約束してくれたよね? もう暴走して僕を監禁しようとしたりはしないって」
「忘れるわけがないわ。だって、わたしはあんたの事が世界で一番好きだもの」
「う、うん……じゃあさ。なんで今回、こういう事をしたの?」
「こういう事?」
と、よくわからないと言った様子の綾瀬。
直江はそんな彼女へと、もう少し踏み込むべく言葉を続ける。
「えと、だから……監禁とかしないって約束してくれたのに、どうして今回は誘拐したの?」
「誘拐じゃないわ」
「……綾瀬、落ち着いて聞い欲しいんだけど。対象の意識がないうちに、対象に許可なく違う場所に連れて行くのは――」
バンッ!
と、響き渡る凄まじい音。
同時、食事処中の人々の視線が直江と綾瀬に集まる。
理由は簡単。
綾瀬がテーブルをぶったたきながら、立ち上がったからだ。
嫌な予感がする。
と、考えたまさにその時。
「どうして!? どうして直江はそんな事を言うの!?」
と、頭を掻き毟りながら絶叫する綾瀬さん。
彼女はテーブルバンバン何度も叩きながら、言葉を続けてくる。
「わたしはそんな事してない! わたしはもう二度と、あんたを裏切らないって決めてるの! ねぇ、直江……信じて! わたしは全部全部、全部あんたの言う通りにしてる! あんたに愛して欲しいから……あんたに愛されないと、死にたくなるから!」
「ちょ、あや――」
「なのになんでよ! お願い直江……わたしに酷い事を言わないで! あんたに疑われる度に、心が痛くなるの! お願いお願いお願い……なんでもいう事を聞きます――嫌いなところは直します……だから直江、お願い! わたしにそんな事を言わないで……わ、わたし――えぐっ、ひっく……あ、あんたにっ」
「…………」
やばい。
なぜならば。
「あの男、最低じゃない?」
「なにあれ? こんなところで別れ話?」
「あんなかわいい子泣かせるとか、悪魔かよ」
と、聞こえてくるのは周囲の声。
無言の視線ももちろん突き刺さる。
これはあれだ。
もうすることは一つだ。
「……綾瀬、落ち着いて聞い欲しいんだけど。対象の意識がないうちに、対象に許可なく違う場所に連れて行くのは――」
「――っ」
と、肩を揺らす綾瀬。
直江はそんな彼女へと言葉を続ける。
「愛情表現だよね! サプライズデートってやつでしょ?」
「…………」
「いやぁ~、嬉しいなぁ! さすが綾瀬! 僕はやっぱり、綾瀬のそういうところが好きかな……友達として(ぼそぼそ)!」
「わたしのこと……好き?」
「スキスキダイスキ」
「♪」
と、一転泣き止む綾瀬。
彼女はぴょこぴょこ跳ねたのち、直江へと言葉を続けてくる。
「もっと言って!」
「あーやせ、好きだよ……友達として(ぼそぼそ)!」
「直江、わたしも愛しているわ……狂おしいほどに」
にこにこ笑顔の綾瀬さん。
機嫌が直った様子なのはいいが。
(ダメだこれ。前回と違って、誘拐行為をもうさせない方向に持っていくのは、ちょっときつそうだな……でもどうしてだろう?)
前回との違いと言えば。
そう考えた時、思い浮かぶのはただ一つ。
柚木だ。
直江は知っている。
柚木が直江に猛アタック仕掛けている最近。
当の綾瀬さんはというと。
人類五回くらい滅ぼせそうな。
そんな凄まじい呪詛を放っていたことを。
(はぁ……柚木も当初より少しは落ち着いてきてる。今回のこれで少し満足すれば、綾瀬も落ち着いてくれるかな?)
となれば仕方ない。
直江はこの時、連休中は綾瀬に付き合う覚悟を決めたのだった。