第八十四話 直江は綾瀬と旅行してみる②
時はあれから十数分後。
場所は食事処。
「あ~ん♪」
と、にこにこ言ってくるのは綾瀬だ。
彼女は直江の方へ、箸をのばしながら言ってくる。
「ほら、直江! あ~ん! あ~ん♪」
「あ、あ~ん……」
ぱくり。
と、直江は綾瀬の箸――つままれたカツを口に入れる。
すると。
「~~~~~~~~っ♪」
ぱぁああ~~~~。
と、輝く綾瀬さんの瞳。
なんだか、とても幸せそうだ。
(でも、やっぱり周囲から滅茶苦茶見られているんだよね)
綾瀬の見た目が目立つというのも、あるには違いない。
けれどそれより。
(この年齢の男女が、二人っきりで温泉街で旅行ってこと自体が、大分珍しいよね)
というか、周囲からした直江と綾瀬は、いったいどう見られているのか。
まさか――。
「ねぇ、直江。わたし達、周りからどう思われているのかしら?」
と、まさにと言った質問をしてくる綾瀬。
きっと彼女も、周囲の視線には気がついていたに違いない。
そんな彼女は直江へと、言葉を続けてくる。
「普通の旅行には見えないわよね?」
「まぁ、そうだろうね。でも常識的に考えれば、どこかに親が居るとは思われ――」
「逃げてきたと思われるんじゃないかしら?」
「はい?」
「直江とわたし、二人きりの逃避行ということよ」
と、瞳をキラキラ綾瀬さん。
彼女は直江へと言葉を続けてくる。
「わたしと直江は身分違いの恋――両親に反対されるけど、そんなんじゃ恋の炎は治まらないわ」
「…………」
「そして、わたし達は家を飛び出して、両親から逃れる様に愛の逃避行に出るの!」
これは前から思っていたが。
綾瀬、やや脳内乙女なところがある。
だがしかし。
周囲から視線を送っている人々の中には、そう思っている人もいそうで怖い感ある。
「ねぇ直江! 直江はもしも、好きな人と離れろって言われたら、どうするのかしら?」
と、そんな事を言ってくる綾瀬。
直江は少し考えた後、そんな彼女へと言う。
「まぁ、無視するかな」
「?」
「本当にその人の事が好きなら、僕はなんと言われてもその人から離れない。ずっと好きで居続ける――たとえその結果、どんな事が起きようとも」
「……っ」
そんなの当たり前だ。
そもそも好きという感情は、人に言われてどうこうなるものじゃない。
などなど、直江がそんな事を考えていると。
「は、はぅう」
と、何やら頬を真っ赤に染め、目をくるくるさせている綾瀬さん。
直江はそんな彼女へと言う。
「綾瀬、具合が悪そうだけど大丈夫?」
「ぅう……」
「綾瀬?」
綾瀬さん、喋らなくなってしまった。
彼女、頬に手を当てもじもじするだけで、これといったリアクションすらない。
いったい綾瀬に何が――。
「な、直江……そんな、情熱的すぎる、わ」
と、突如そんな事を言ってくる綾瀬。
彼女はチラチラ、上目遣いで直江へと言ってくる。
「き、急にそんな……わたしをう、奪い去りたいなんて」
「……は?」
「で、でもいいわ! 直江がわたしを奪い去りたいのなら……わ、わたしはだって……その、全部直江にあげたいもの」
「…………」
うん。
なーに言ってんだこいつ。
(なるほど、つまりあれか。綾瀬は僕がさっき言った事を、全部自分のことに置き換えたわけか。実に綾瀬らしい脳内変換で、本当に落ち着くなぁ……)
それにしても綾瀬。
今なお、いやんいやんと照れ照れもじもじしているが。
ここに来て一番くらいに、機嫌がよさそうに見える。
(つっこむなら今しかない、かな)
直江はそんな事を考えたのち。
綾瀬へと言うのだった。
「ところで綾瀬。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」