第八十三話 直江は綾瀬と旅行してみる
時はあれから数分後。
場所は温泉街。
「♪」
と、幸せそうな様子の綾瀬さん。
彼女は直江の首に繋がったリードを引きながら、楽しそうな様子で彼へと言ってくる。
「ほら、あれを見て直江! 風鈴……とっても綺麗ね」
「ガラス細工のお店みたいですね。なんだったら、中に入ってみます? さっきから、どのお店もショーウィンドウ見てるだけですし」
「ん……そうね」
と、なにやら考えている様子の綾瀬。
ぶっちゃけ直江。
(お店の中に入りたい。どこでもいいから、一刻も早くそうしたい!)
理由は簡単だ。
それは、直江の首輪とリードにある。
ようするに――。
「ねぇねぇ、どうしてあの子――首輪をつけてるのかしら」
「しぃっ! 見るなって、そういう趣味なんだろ?」
「おかあさん! あのおにいちゃん、わんわんなの?」
「こら! 見ちゃいけません!」
以上。
直江の周囲の人々の声だ。
改めて言うと。
要するに直江、周囲の人から変質者だと思われているに違いない。
(いや、まぁわかるけどさ)
もし、他人が今の直江と同じことをされていれば。
きっと、直江も先の人々と同じ感想を持つに違いないのだから。
などなど、考えていると。
「やっぱりいいわ」
と、言ってくるのは綾瀬さん。
彼女は直江へと、言葉を続けてくる。
「お店を見るのも楽しいけど、今はこうして直江と歩いていたいの」
「どうして? 一緒にお店の中を見るのも、楽しいと思うけど」
「そうね――しいて言うなら」
「い、言うなら?」
「夢だったから」
と、直江の方を向いて来る綾瀬。
彼女はとびきり可愛らしい笑顔で、直江へと言葉を続けてくる。
「好きな人と、こうして旅行に来て……二人きりで歩くのが、夢だったのよ」
「……っ」
「直江? なんだか頬があかいけれど、大丈夫?」
「…………」
お、おちつけ。
まだ慌てる時間じゃない。
たしかに綾瀬は可愛い。
外見だけで言えば、ヒナといい勝負だ。
(でも、ここでその誘惑に負けて、下手な事を言ってみろ! 僕の人生終わるぞ!)
こう言っては失礼かもだが。
綾瀬は性格終わっている。
言い換えるならば。
綾瀬は歩く時限爆弾だ。
それも、いつタイマーがいきなりゼロになってもおかしくない。
そんなぶっ壊れた時限爆弾た。
だから落ち着け。
一時の感情に流され――。
「直江、本当に大丈夫? 体調が悪かったりしない?」
ひたり。
と、直江のおでこに手を当ててくる綾瀬。
そんな綾瀬の手は柔らかく、冷やっこくて気持ちいい。
じゃ、ない!
しっかりしろ!
しっかりするんだ直江!
(なんにせよ、このままはまずい! こんな状態が続くなら、まだ首輪つけられながら歩かされたほうがマシだ!)
などなど。
直江がそんな事を考えていると。
「ねぇ、直江。ちょっと早いけれど、そろそろ昼食にする?」
と、首をかしげてくる綾瀬。
直江はそんな彼女へと言う。
「え、いいの? 綾瀬はもう少し、僕と二人で歩きたかったんじゃ――」
「勘違いしないで。わたしは自分より直江が大切なの――常にあんたの幸せばかりかんがえてる……だから、自分のことを優先したりなんか、絶対にしないわ」
「……綾瀬」
「ね? 直江は安心して、わたしについてくればいいの。わたしはあんたをいつでも尊重する――今はゆっくり休みましょ?」
と、そんな綾瀬さん。
彼女を直江の頬を撫でながら、言葉を続けてくるのだった。
「わたしの夢は、あんたのあとでいいわ」
余談だがこの時。
直江はふと思ったのだった。
(綾瀬、ここまで考えられているのに……どうして僕を監禁しようとしてみたり、今みたいに誘拐したり――そんな奇行にはしるんだろう)