第八十一話 狂愛の逃避行
明日から連休。
久しぶりの連休だから、ヒナとたくさん遊んであげよう。
なんなら、プールや遊園地に行くのもありかもしれない。
と、前日の夜――直江はそんな事を考えていた。
だがしかし。
「ん~~~っ! もご、もごぉっ!」
気がついたら直江。
口に猿轡をされ、両手両足を椅子へと縛り付けられていた。
当然、目隠しもされている。
どうしてこうなったのか。
ここに至るまでの記憶が全くない。
(僕の記憶にあるのは、昨日の夜――ベッドで眠るまでだ)
となると、直江は眠っている間に拉致なり監禁なりされたに違いない。
けれど、いったい誰が?
(いや待て。この状況に陥っているのは、本当に僕だけなのか?)
そもそも、平凡な学生である直江。
彼が拉致監禁されるのは、少しおかしい。
身代金目当てだとしても、直江の家庭は金持ちというわけではない。
(でも、ヒナはどうだ?)
直江が言うのもアレだが。
ヒナはとても可愛らしく、とても目を惹く女の子だ。
(変質者から狙われても、なんら不思議はない)
ヒナを誘拐するために、家に侵入した変質者。
そいつが、偶然家に居合わせた直江も誘拐した。
「…………」
普通にありそうな気がする。
少なくとも、それくらいでなければ、この状況はありえない。
と、直江が考えたその時。
キィ~~~~~……。
と、聞こえてくるのは、扉が開くような音。
同時、何者かが近づいて来る気配。
「っ!」
直江は思わず息を飲む。
理由は簡単。
(もしも、僕の想像通りだとしたら――変質者にとって用があるのはヒナだけだ。僕はここで殺されてもおかしくない)
なんとかしなければ。
殺される前に、絶対に変質者から逃れる。
そして、ヒナを助けなければならな――。
「あら、直江。ひょっとして、もう起きてたの?」
聞こえてきたのは、そんな綾瀬の声。
ここで直江、ようやく理解する。
(なんだ……僕を誘拐監禁したのは、綾瀬だったのか)
それなら安心だ。
よかったよかった。
(……って、何考えているんだ僕は!? 全然よくないよね、これ!)
慣れって本当に怖い。
などと考えていると。
「おはよう、直江」
言って、目隠しを取って来る綾瀬。
同時、直江の視界に映るのは綾瀬の楽しそうな笑顔と――。
(どこだ……ここ? 僕の部屋でもないし、綾瀬の部屋でもない?)
整えられた家具。
清潔感漂うシーツなどなど。
直江は知っている。
なんだかこれ、ホテルっぽい。
割と高めのホテルの一室――そんな感じがぷんぷんする。
と、そんな事を考えていると。
「きょろきょろして、どうしたの?」
と、言ってくるのは綾瀬だ。
直江はそんな彼女へと、必死に言う。
「んぅ~~~~っ! もごっ!」
「なるほど……わかるわ、直江。あんた、わたしと旅行に来れて嬉しいのね?」
「んぅううう!」
「わたしもよ! わたしも、直江とこうやって旅行に来れて嬉しいわ!」
「もごもごっ」
と、直江は頑張って口を動かし続け、ようやく猿轡をずらすことに成功。
そして、彼は綾瀬へと言う。
「いやいやいや! 違うから! そんなこと言ってないから! ここどこですか!? っていうか、どうして僕は綾瀬と旅行に来る流れになってるの!?」
「?」
「そんな顔しても騙されないからね!?」
「はぁ……」
と、何故か呆れ顔の綾瀬。
正直、ため息つきたいのは直江の方だ。
「直江がわたしと旅行に来た理由――それは簡単よ」
ニコニコ。
直江へと顔を近づけてくる綾瀬。
彼女はそのまま、彼へと言葉を続けてくる。
「両親に頼んで、運ぶのを手伝ってもらったのよ?」
「……は?」
「わたしが直江に催眠薬嗅がせて、両手両足を縛ったりしたの。あとは、両親に頼んで車に乗せて……このホテルまで運んだわ」
「え、それって……マジの誘拐――」
「違うわ」
「いや、ゆうか――」
「違うわよ」
と、更に顔を近づけてくる綾瀬。
彼女は淀んだ瞳で、直江へと言ってくる。
「ちゃんと、直江のお母様にも了解を取ったわ――さっき電話で『直江くんと旅行に行ってきます』って」
「うん……で、何て言ってた?」
「『うちの直江をよろしくお願いします』って言っていたわ」
「…………」
まぁ、そうだよね。
母からしてみれば、綾瀬は直江の友達だもんね。
普通の真面目そうな美人な友達だもんね。
「それで、ここはどこなの?」
「わたし達の街から大分離れた温泉街」
と、言ってくる綾瀬。
彼女は直江の頬を指でなぞってきながら、言葉を続けてくる。
「安心して。両親も帰らせたから、ここにはわたしと直江以外居ないわ――誰の邪魔も入らない、二人だけの休日を過ごせるわ」
「……いや、えっと」
「二人だけ、二人だけよ直江――わたしの直江、絶対に誰にも渡さない。わたしがずっと傍に居てあげるわ。ずっとずっと、ずーっとわたしがお世話をしてあげる……どこに行くのも何をするにも……わたしが居ないとダメなくらい、わたしに浸らせてあげる。だからねぇ……直江? わたしだけを見て、わたしと一緒に楽しみましょ? わたしね、ずっと心配で苦しかったの……あんたが柚木といつも以上に仲良くなっていて、だから……もう我慢できなくて。あんたをわたしだけの物にする手段も考えたんだけど、それはきっと犯罪になってしまうし……誰も幸せにならない。だから、こうしてあんたと幸せになれる手段を選んでみたの。だから直江、お願い……わたしだけの直江で居て? そうじゃないとわたし、もう自分がわからなくなりそう……狂ってしまいそうなくらい、あんたを好きだって気持ちが暴れているの――直江、好きよ? わたし、あんたの事を世界で一番愛しているわ。だから、わたしのものになって? この二人っきりの旅行を通して、身も心も通じ合いましょう? ねぇ、直江……直江、直江直江直江直江……嬉しいでしょう? 直江もうれしいわよね? わたしと一緒に旅行するの、嬉しいでしょう?」
「…………」
綾瀬さん。
完全にやばいモードだ。
これ、最悪のパターンだと連休終わっても、家に帰れないまである。
とりあえず、ここは綾瀬を刺激しない方がいいに違いない。
まず、綾瀬の精神状態を元に戻すのが最優先だ。
まともな時の彼女は、比較的話がわかる常識人なのだから。
故に。
「や、やった! 綾瀬と二人きりで旅行、楽しみだな!」
直江。
全力で綾瀬に話を合わせに行くのだった。