第七十九話 柚木の様子がおかしい
時は柚木事件の翌日――早朝。
場所は直江家、寝室。
ゆさゆさ。
ゆさゆさゆさ。
直江はそんな、身体が揺さぶられる感覚で目が覚める。
きっと、ヒナが起こしに来てくれたに違いない。
と、考えたその時。
「なーおえ、朝だぞ!」
聞こえてくるのは、そんな柚木の声。
同時。
「!?」
と、直江はバッチリ開眼。
視線を、声が聞こえてきた方へと向ける。
するとそこに居たのは――。
「おはようだ、直江」
にこにこ。
幸せそうな表情をした、制服姿の柚木さん。
彼女がベッドに顎を押せ、じっと直江の方を見てきていた。
「えっと……おはよう?」
「うん、おはようだ!」
と、再び言ってくる柚木。
直江はここでふと我に返り、彼女へと言う。
「っていうか、なんで柚木が居るの!?」
「窓が開いてたから、窓から入ったんだ! ジャンプして、びゅーんって!」
と、言ってくる柚木。
綾瀬の件といい――どうやら直江家、セキュリティが甘いに違いない。
などと考えていると、柚木が直江へと再び言ってくる。
「なーおえ」
「ん、なに?」
「えへへ……呼んだだけだ!」
にぱぁっと全力全開といった様子のにこにこ柚木。
彼女はとても幸せそうに、直江へと言葉を続けてくる。
「なーおえ?」
「えっと、また呼んだだけ?」
「そうだ! 直江の名前、とっても綺麗で……何回でも呼びたくなる!」
と、ベッドから少し離れながら言ってくる柚木。
彼女は身体をゆっくり左右に揺らし、まるで祈るように言ってくる。
「おまえの名前は、呼ぶだけで……その、なんていうか……えと、なんだかよくわかんないや! とにかく、あたしはおまえの事が、大好きなんだ!」
「う、うん……ありが、とう」
「どういたしましてだ!」
と、とても幸せそうな柚木。
そんな彼女を見ていると、直江もホッコリしそうになるが。
直江、ここに来て唐突に思い出す。
「いやいやいや、っていうかさ! だから、どうして柚木がここにいるの!? 何をしてに来たの!?」
「?……直江の顔を見に来たんだ!」
と、当然といった様子の柚木。
彼女はひょこりと首を傾げながら、直江へと言葉を続けてくる。
「直江の顔を見てるとな、なんだか『きゅ~~~』ってなるんだ!」
「き、きゅ~~?」
「そうだ! 胸の辺りが、どうしようもないくらい『きゅ~~~』ってする! それがなんだか、とっても心地よくて……」
と、そこで言葉をとぎってくる柚木。
彼女はしばらく黙って直江を見つめてきた後。
「直江……なんだかあたし、変なんだ」
と、直江の手を取って来る柚木。
彼女はやたら頬を赤く染めながら、彼へと言葉を続けてくる。
「直江にあたしの全部、知られてから……直江のこと考えると、ドキドキが止まらなくなるんだ」
「…………」
「昔から直江のこと好きだったけど……おまえがあたしの事、受け入れてくれたから……だからその――っ!?」
と、突然止まる柚木の言葉。
その理由は簡単だ。
直江の部屋に別の誰かが居る、。
そんな気配を察したに違いない。
突如現れたヒナ。
彼女が柚木の後頭部めがけ、枕を投擲したのだ。
結果。
「っ……何すんだてめぇ!」
と、雰囲気ぶち壊し。
そんな様子で、ヒナへと振り返る柚木。
そして、ヒナはその柚木へと言う。
「何って……不法侵入者を退治しようとしただけ」
「あたしが不法侵入者だと!? 毎回言ってるけどなぁ、あたしをあんまり舐めると、てめぇのことぶっ潰すぞ?」
「ヒナも毎回言ってる……柚木は友達に甘いから、そんなの口だけ……実行はできない」
「っ! 相変わらず性格悪いな、クソ女が」
ばちばち。
と、火花を散らしまくっているヒナと柚木。
直江は彼女達を見て、ふと思う。
(あれ……この二人、仲いいんじゃないの? まさか、僕が居ないところだと毎回こんな感じだったの?)
い、いや。
きっと、友達故の気安い悪口の応酬に違いない。
そうだそうだ絶対そうだ。
「…………」
などなど。
直江が冷汗流しながら、二人を見ていると。
そんな彼の視線に気がついたに違いない。
「な、なんちゃって! せっかくだから、一緒に朝ごはん作ろうぜ!」
「柚木は足手まとい……でも、たまにはそれもいい」
と、手を繋いで部屋から出ているく柚木とヒナ。
これはあれだ。
(フタリトモ、ナカヨサソウデ、ホントウニ、ヨカッタナァ)