第七十六話 直江と真G
クロさん、まさかの気絶。
そんな事件から数分後。
現在。
「よいしょ……っと」
直江はなんとか、狭いロッカーの中を移動。
自身とクロの位置を入れ替えることに、成功していた。
なお。
入れ替える際に、色々不足の事態が起こりかけたが。
(うん……思い出さない方がいいよね)
さてさて。
直江がどうして、クロと位置をチェンジしたのか。
それは簡単だ。
「この位置からなら、外のGがどうなったか見れるはず」
と、直江はロッカーの空気穴を覗く。
すると。
居た。
なんとGさん。
教室のど真ん中で、こちらを見ながらジッとしている。
しつこすぎる。
というかこのG、いったい何を考えているのか。
(まいったな……スプレーはクロをおぶる時に、外に置きっぱなしにしちゃってるし)
ワンチャン。
ロッカーの中の塵取りを使い、Gを叩き潰す方法もなくはない。
だがしかし。
(ぶっちゃけ、僕にそんな勇気がない……まぁ、最終手段としては考えとくけどさ)
それよりは、最初に考えた可能性だ。
すなわち、この部室に他の部員がやって――。
ガラガラ。
と、直江の思考断ち切るように聞こえてくるのは、そんな扉が開く音。
さらにそれと同時。
「なっおえ~! おまたせだ!」
聞こえてくるのは柚木の声。
彼女は一人、言葉を続ける。
「いやぁ~。掃除が長引いてさ……って、あれ?」
と、周囲を見回している柚木。
すると彼女は――。
「ちっ――あたしが一番ノリかよ。ぶりぶりして損した……あぁ、怠ぅ」
あたまをぼりぼり。
柚木は部室の隅にある椅子へと座る。
それも、背もたれ側に腹を向けて座る――おおよそ、女の子はしない座り方でだ。
「にしても暇だな。はやく直江のやつ、こねぇか――」
と、不自然に止まる柚木の声。
きっと、Gの存在に気がついたに違いない。
同時、直江はふと思う。
(あれ……これ、やばくないか?)
直江の記憶によると、柚木はGが大嫌いなのだ。
以前、柚木の家でGが出た時。
『な、直江~~~! こし、腰が抜けて動け――あ、あぅ』
などと、そんな事になってしまったのだ。
あの時は柚木、大泣きして大変だった。
(でも、これはチャンスだ!)
あのGは好戦的。
ならば、きっと柚木の方へ向かっていくに違いない。
直江はその隙をつく。
即座にロッカーから飛び出し、スプレーを拾う。
そして、Gの背後からそれを噴射する。
(いける! 柚木を生贄にするようで申し訳ないけど……)
Gが柚木に到達する前に倒す。
そうすれば、きっと問題ないに違い――。
「あぁ? なんであたしと直江の愛の巣に、汚物が居るんだぁ?」
と、立ち上がる柚木。
同時。
「っ――!」
感じるのは凄まじいプレッシャー。
見える。
(こ、これがオーラ!? 現実に存在するのか……ゆ、柚木の背後の空間が歪んで――)
ズシン。
ズシンッ!
柚木が一歩踏み出すたび、教室全体が揺れている。
柚木が一歩踏み出すたぶ、Gがゆっくりと後退している。
っていうか。
直江はふと思う。
(柚木……Gのこと、まったく怖がってないじゃん)
まさかとは思っていたが。
やはり柚木、Gの事を怖がっていたのも猫かぶりだったに違いない。
などなど。
直江がそんな事を考えた。
まさにその時。
「消えろ」
と、柚木はなにやら拳を振り上げる。
直後、彼女は床へと勢いよく、その拳を振り下ろす。
ドゴォンッ!
最初に響いたのは、そんな音。
それから僅かに遅れて直江が感じたのは。
凄まじい衝撃。
それこそロッカーの中の直江が、衝撃で天井に頭をぶつけるほどの。
「痛ぅ――なんだ? どうして、柚木は床を殴ったんだ」
Gの真上を殴ったならまだしも、彼女が殴ったのはだいぶ手前だ。
直江はそんな事を考えつつ、空気穴を覗く……すると。
「!?」
Gが居なくなっていた。
きっと、衝撃で逃げたに違いない。
(Gが居た辺りに、焦げ茶色の粉が落ちてるけど……うん)
関係ない関係ない。
Gが衝撃派で粉々になったとか、そんなのあるわけない。
柚木は人間だ。
ちょっとやばいだけの人間だから、そんなこと絶対にできな――。
「で、だ」
と、直江の思考を断ち切るように聞こえてくる柚木の声。
彼女はロッカーを睨み付けてくると、言葉を続けてくるのだった。
「声、したよなぁ? あたしが床を殴ったとき――そこに居るのは誰だ?」