第六十二話 直江は虎穴に入ってみる
「……………」
時は放課後。
場所は綾瀬の家の前。
「ついに、この時がきてしまった……」
直江は悟りの極致。
そんな心構えで、インターホンへと手を延ばすか迷っていた。
さてさて。
どうして、直江がそんな事をしているか。
それは簡単だ。
本日、昼休み。
綾瀬にこんな事を言われたのだ。
『ねぇ直江、今日――わたしの家に来ないかしら? ちょっと一緒にやりたい事があるのだけど』
わかってる。
断ればよかったのは、無論わかっている。
だがしかし。
(なんだかんだ、綾瀬とは仲がいいと思ってるし。以前、監禁されかけた時に、綾瀬は『もう暴走しない』って約束してくれたし)
などなど。
直江が考えたその時。
「~~~~~~~っ!」
背骨が氷柱に変わったかのような。
そんな圧倒的な悪寒が、直江へと襲ってきたのだ。
やばい。
逃げたい。
ここに居てはいけない。
そんな生物的本能。
それを呼び起こすものの正体は――。
「……………」
と、綾瀬家二階――綾瀬の部屋の窓。
そこから視線を送って来るのは、件の綾瀬さんだ。
「……(ニコニコ)」
と、綾瀬さん。
なんだかとても楽しそうだ……が。
怖い。
いったい綾瀬、いつから直江を見ていたのか。
(僕、綾瀬の家の前に来てから、何だかんだ十分くらいフリーズしてたよね……なんだかんだで、綾瀬の家に入る勇気がなくてさ)
最初から、見ていた、のだろう、か?
だとしたら怖すぎる。
怖い事は二つ。
一つ――綾瀬さん、なかなか入ってこない直江に、若干不機嫌になってる疑惑。
だがしかし、きっとこちらは大丈夫。
(う、うん……謎の自信だけど、綾瀬は僕に怒らない気が、する)
問題は二つ目だ。
それは。
およそ十分間。
直江に声すらかけず、ひたすらと見つめ続けるその行動。
それそのものが恐ろしい。
(いやまぁ、友達の家の前で十分間フリーズしている僕も、なんだかんだでおかしいけどさ……ん、あれ?)
友達の家の前で十分フリーズの直江。
友達を無言で十分見つめ続ける綾瀬。
まずい。
どっちもやばい奴な気がして来た。
などと考えたその時。
直江の脳内に、とある言葉が浮かんでしまう。
それすなわち――。
類は友を呼ぶ。
(ないないないないない……僕も綾瀬と同レベルでやばいなんて……ない)
いや、本当にないか?
だめだ、わからなくなってきた。
(とりあえずもうアレだ……中に入ろう)
初っ端から自分を見失う直江。
彼はゆっくりと、インターホンへと手をのばすのだった。