第五十話 魔王様の休日②
時はあれから数分後。
場所は直江家、リビング。
「クククッ! それでは、作戦会議を始めようではないか!」
と、直江の隣――ソファーに座って、言ってくるのはクロだ。
彼女は鞄からノートを取り出すと、そのまま彼へと言葉を続けてくる。
「さぁ、これを見るがいい! 我が右腕よ!」
「えっと……なにこれ? この街の地図に見えるけど」
「その通り! これは我がこの街を侵略していく順番……拠点として適している場所が書かれた作戦ノートなのです!」
「へー、クロって絵が上手いんだね」
と、直江はノートをペラペラめくっていく。
すると、とある箇所で目が留まる。
それは地図上で、ちょうど直江の家がある場所だ。
そこに書かれていたのは――。
占領済み。
今後はここを拠点とし、柚木先輩の家を占領する予定。
「…………」
うん。
いったいいつの間に、直江の家は占領されていたのか。
などなど、そんな事を考えていると。
「とにかく、そろそろ本題です!」
言って、ノートを奪取してくるクロ。
彼女はぺらぺらと、ページをめくり、それを直江へと見せてくる。
そして、そんな彼女はそのまま彼へと言葉を続けてくる。
「今日、直江さんの家に来たのは、他でもありません……この拠点の防御を固めるためです!」
「防犯なら、ちゃんとやってるつもりだけど」
「ちっがいますよ! 直江さんは何と戦うつもりですか!? この家の防御力では、敵がくれば一瞬です!」
逆に聞きたい。
クロはいったい、何と戦うつもりなのか。
「いいですか、直江さん! 魔王は狙われる運命にあるんです!」
ノートを置き、ジリジリと直江へ寄ってくるクロ。
彼女はガシっと直江の手を掴み、再び言葉を続けてくる。
「我が右腕となった以上、そのような意識ではダメです! 意識改革ですよ! 例えば見てください……あそこを!」
「窓がどうかしたの? 防犯のことなら、問題ないよ。あの窓は補助錠もついてるし、シャッターも降りる。あと、割れにくいガラスを使って――」
「勇者の剣」
「は?」
「強力な攻撃力を持ち、持ち主の素質を限界まで引き出す伝説の武器です」
言いながら、ソファーを立つクロ。
そして、彼女は窓の方まで歩いて行き、それに触れながら言葉を続けてくる。
「ジョブ『侍』が持つスキル《斬鉄》も危険ですね。あれは鉄ですら、簡単に両断してしまいます」
「……クロ、さっきから何言ってるの?」
「はたしてこの窓は、それらの攻撃を防げるでしょうか?」
「…………」
「危険はまだあります。例えば、炎魔法を受ければ? 例えば、爆発系の魔法を受ければ? 投石機で狙われることもあるでしょう」
断言しよう。
そんなことは絶対にない。
というか、仮にそんな事態になったとする。
いったいどうすれば、完全防御できる窓を作れるのか。
少なくとも、直江には思いつけない。
(まさか、窓ガラスに魔法陣を描いて、マジックコーティングするとか言いださないよね?)
考えてから、直江は思わず苦笑してしまう。
いくらクロがアレでも、さすがに――。
「いいですか、直江さん。今から私は、この窓に特殊な魔法陣を描きます」
クロさん、言ってきてしまう。
しかも、彼女はまだまだ止まらない。
「クククッ……我が描く至高の魔法陣は、あらゆる物の防御力を極限まで高める。断言しよう……魔法陣が描かれたこの窓に触れた物は、悉く消滅すると!」
「はぁ……」
「だがしかし、至高の魔法陣を描く間、我は無防備になる! その間、迫って来る冒険者共から我を守るのだ……我が右腕、直江よ!」
バッ。
と、ポーズを取りながら振り返って来るクロ。
とその時。
何故か、クロが不自然にピタリと止まる。
おまけに、身体はわなわなした様子で震え、頬は猛烈な速度で赤くなっている。
いったい、クロに何が起きているのか。
直江はそれを確かめるため、彼女の視線の先へと目を向ける。
それすなわち、直江の背後――はたして、そこにあったのは。
「ジトー……」
と、クロを見つめるヒナの姿だった。