第四十三話 愛災弁当④
カシャカシャ。
と、聞こえてくるのは箸などが食器に当たる音。
要するに現在、食事の真っ最中だ。
「どうかしら! どうかしら、直江! わたしの料理はおいしい? 直江の口に合うのなら、幸いなのだけど!」
と、自分の食事には手を付けず、直江をガン見しているのは綾瀬だ。
彼女は両手に頬を乗せ、直江へと言葉を続けてくる。
「もしも、直江の気に入らないところがあったら、なんでも言って。わたし、頑張って直すから……直江の好みの女になれるよう、全力で……だってわたし、直江のために存在している直江専用の女の子だから」
「……う、うん」
「っ! ねぇ、ねぇ直江! 今の返事はどういうこと!? わたしの料理が美味しかったってこと!? そ、それともその……あまり口に合わなくて――」
途端、綾瀬の目が深淵色になる。
まるでそこが見えない地獄の入り口のような目。
直江は直感的に理解する。
このままではまずい。
故に彼は綾瀬へと言う。
「お、おいしい! すごく美味しいよ! いやほんと、綾瀬って料理も得意なんだね! きっといい奥さんになるだろうな」
実際、綾瀬の料理は本当に美味しい。
というか、マジで母の料理の味を完全に再現している。
リサーチ方が本当に気になる。
などと、直江が考えている間にも。
「奥さん……直江の奥さん……嬉しい、嬉しいわ。直江がようやく、わたしのこと……わたしと直江は結ばれて、赤ちゃん沢山の幸せな家庭を作るのね」
と、何やら一人語っている綾瀬さん。
しかも。
泣いてら~。
涙ぽろぽろ。
完全にガチの奴だ。
控えめに言うのなら、綾瀬さん感情豊かでいいね!
ストレートに言うなら――こわ~。
と、直江が考えた。
まさにその時。
ガチャンッ!
と、聞こえてくる音。
ヒナがテーブルをぶっ叩いたのだ。
そんな彼女はギロリと綾瀬を睨み付け――。
「さっきから何……おまえ、お兄とどういう関係?」
すごい。
引っ込み思案のヒナが、初対面の人と普通に喋っている。
しかも、こんな乱暴な言葉遣いをするなんて。
これはヒナにとって、大いなる一歩だ。
だがしかし、こんな時に一歩を踏み出して欲しくなかった。
と、考えている間にも、ヒナは綾瀬へと言葉を続けてしまう。
「わからないの? お兄が嫌がってるの……お兄はおまえのこと、怖がってる」
「……はぁ?」
ギロリっと、ヒナを睨み返す綾瀬。
彼女はそのままヒナへと言葉を続ける。
「直江の妹だから大目に見ていたけれど、所詮は低俗な女みたいね。直江がわたしを嫌がってる? 直江がわたしを怖がってる? ありえないわ、そんなの」
うん、怖がってるよ。
逃げだしたいレベルで、怖がってるよ。
ただ。
(まぁ、なんというか難しいけど……嫌がってはいない、よね。なんだかんだで、綾瀬とは友達だと思ってるし)
本当に綾瀬に裏の面がなければ。
と、思わざるを得ない。
などなど。
直江が考えている間にも。
「ヒナ……どうやらあんた、自分の立場がわかっていないようね」
と、腕を組み始める綾瀬。
彼女はそのままヒナへと、言葉を続ける。
「わたしはね、全部知っているの……あんたが毎日、直江の部屋で何をしているのか。そして、直江にどんな感情を抱いているのか」
「っ!」
「直江が知ったら、いったいどう思うかしらね?」
うん、ヒナがしていることは、直江も全部知っているんだけどね。
にしても、綾瀬は完全に手段を選ばないモードになっている。
これはどう考えても、ヒナに対する脅迫に――。
「だったら……こっちも言わせてもらう」
と、ジトッとした視線で対抗するヒナ。
彼女は綾瀬へと言葉を続ける。
「盗聴器」
「なっ!?」
「その反応……やっぱり仕掛けたのはおまえ」
「あ、あれは直江にも見つかっていないはず……どうして、あんたが――」
「とっくの昔に気がついてた。ヒナも利用できるから……お得だと思って放置していただけ。だけど……仕掛けたのが、おまえみたいな奴だとしったからには……」
ダメだ、頭が痛くなってきた。
二人はいったい何の話をしているのか……異次元すぎる。
と、直江が考えたその時。
「待ちなさい」
と、ヒナへと手を翳すのは綾瀬だ。
彼女は渋々と言った様子で、ヒナへと言葉を続ける。
「あんた、直江の秘蔵写真が欲しくはないかしら?」
「お兄の……秘蔵写真?」
「そう――体育前の更衣室での直江、プールで泳いでいる直江……そして」
「そ、そして? そして何……気になる、お姉教えて!」
と、席を立つヒナ。
彼女は綾瀬の隣へと移動し、そのまま綾瀬へと言う。
「お姉! ヒナ、お姉のこと好きかもしれない……仲よくしたい」
「あら、そう。わたしもヒナみたいに、ものわかりのいい妹は好きよ」
きゃっきゃっ。
と、途端に始まる女子トーク。
「…………」
直江は一人、食事を再開するのだった。