第三十九話 深夜の訪問者④
「お兄……起きてるの? なんだか、さっきから話し声が聞こえるけど」
と、扉の向こうから聞こえてくるのは、ヒナの声だ。
彼女がやってきた理由は簡単だ。
綾瀬は先ほどから、結構な勢いで騒いでいる。
その音が、すぐ隣で寝ているヒナを、起こさない訳がない。
さて、どうする。
場所は直江の部屋。
時は深夜。
綾瀬と二人きり。
「…………」
問題ありまくりだ。
何を言われるかわかったものではない。
下手をすれば、両親も混じって家族会議に発展しかねない。
「お兄? 起きてるでしょ?」
コンコンッ。
と、再び聞こえてくる音。
居留守を使うか……いや、だめだ。
部屋の電気がついてしまっている。
となれば、ヒナは確実に部屋に入って来る。
他に何か手はないか。
と、直江が考えたその時。
「お兄……部屋、入っていい?」
聞こえてくるヒナの声。
要するに、タイムリミットだ。
(えぇい! もうイチかバチかだ!)
…………。
………………。
……………………。
ガチャ。
と、開かれる扉。
そして、部屋の中へ入って来るヒナ。
彼女は室内を見回した後、直江へと言ってくる。
「お兄……どうして返事しなかったの? それに、さっきの話声は……なに?」
「いや、ごめんごめん! ちょ、ちょっとパソコンでアニメを見ていてさ!」
「……こんな時間に?」
「こ、こんな時間に!」
苦しい言い訳なのはわかっている。
だが、これで通すしかない。
そして、クローゼットの中だけは、絶対に見られるわけにはいかない。
なぜならば――。
(あそこには猿ぐつわして、両手両足縛って黙らせた綾瀬を片づけてある!)
せめて綾瀬が、直江に協力的ならよかった。
それならば、彼女をそんな風にしなかった。
だが。
綾瀬はあろうことか、自ら扉を開けようとした。
ヒナへの対抗心剥き出しだったのだ。
(まぁ当然か。綾瀬はきっと、あのカメラでヒナのプレイを見てる。となれば、やきもち焼きの綾瀬が黙っていられるわけがない)
などと、直江が考えていると。
再びヒナが、直江へと言葉を続けてくる。
「じゃあ……なんのアニメ見てたの?」
「え――それはっ」
「怪しい……お兄、ヒナに嘘ついてない?」
ジトーっと向けられるヒナの視線。
まずい、バレる……いや、まだだ。
諦めるのはまだ早い。
「い、妹もの……」
「え?」
と、ぽかんとした様子のヒナ。
直江はそんな彼女へと続ける。
「ヒロインがその……妹の、アニメ」
「っ!」
「あ、でも別にアレだから! ヒナにそういう感情があるわけじゃ――」
「ヒナ……寝る」
ぽわぽわ。
そんな様子のヒナさん。
いろんな所にぶつかりながら、自らの部屋に帰っていかれた。
(よし! 中ボスは撃破した! あとはクローゼットの中のラスボスだ!)
直江は部屋の扉を閉め、すぐさまクローゼットの前へと歩いて行く。
そして、勢いよくその扉を開く。
するとそこに居たのは――。
「…………」
と、微動だにしない綾瀬。
彼女は何故か、直江の衣服に鼻先を押し当てている。
嫌な予感しかしない。
「あ、綾瀬? あの……綾瀬ってば――ひっ!」
綾瀬の肩に手をかけた瞬間。
直江は気がついてしまった。
綾瀬。
気絶してる。
しかも、恍惚とした表情で。
身体を時折、ピクンっと跳ねさせるおまけ付きで。
「そうか、なるほど! 僕の服の匂いをクンカクンカした結果、興奮しすぎて昇天しちゃったのか! なーんだ、そっか!」
もうダメだ。
ヒナも綾瀬もやばい。
直江の周りには変態だらけだ。
「はぁ……」
とりあえず。
直江は綾瀬を自らのベッドに運ぶのだった。
彼女が起きるまでは、優しくしても損はあるまい。