第三十八話 深夜の訪問者③
「なんでもないわ! ただその……直江の寝顔を写真に収めにきただけ!」
と、なんだか妙にテンション高い様子の綾瀬。
なるほど。
(綾瀬の家にあった、僕の写真――あの中には、僕の寝顔も確かにあった)
おかしくはない。
これを『おかしくはない』と思っている事が、なんだかおかしいが。
おかしくないことにしておく。
だがしかし。
直江は先ほど、綾瀬の視線を見逃さなかった。
それは。
「綾瀬さっきさ、本棚の方をチラ見したよね。そこに何かあ――」
「ないわ……なんにもない、なんにも、なんにもない、のに!」
と、言ってくる綾瀬。
彼女は突如、バンっとテーブル叩いたのち、直江へ言葉を続けてくる。
「ねぇ、どうして!? どうして直江はさっきから、わたしを質問攻めにするの!? わたしは全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、全部! 全部直江のためにやってるのに、どうして!? どうして直江はわたしを攻めるようにするの!?」
「な、ちょっ!?」
「好きなの! わたしは直江の事が好きなだけ! 信用して! わたしは直江の味方! 直江だけの味方! あんたはまだ気がついてないだけなの! あんたの味方はわたしだけ! あんたが頼っていいのは、このわたしだけなのにぃいい~~~~~~~~!」
バンバンバンッ!
バンバンバンバンッ!
「…………」
こわ~~~。
ここで直江は一人思うのだった。
ヤンデレとメンヘラ。
綾瀬はどちらなのだろうか。
そして、どちらの方がマシなのだろう――。
「直江ねぇ、直江!」
と、直江の思考を断ち切るように聞こえてくる綾瀬の声。
彼女は直江の手を両手で包んで来ると、更に言葉を続けてくる。
「わかってくれるわよね? わたしは直江が好きなの……あんたを愛してる。わたしの行動は全部……全部、あんたのためなの」
「……わかってる」
と、直江は綾瀬の手の上に、もう片方の手を重ねる。
そして、彼は彼女へと言葉を続ける。
「わかってるよ、綾瀬! ありがとう! 僕は綾瀬のことを信じてる!」
「なお、え……うれ、しいわ……ようやく、ようやくわかってくれたのね」
「うん! だから綾瀬! 僕も綾瀬の事が知りたいんだ!」
「教えるわ! 直江のためなら、なんでも教える! わたしは絶対に直江に隠し事はしない……だから、直江もわたしに隠し事はしないで!」
「わかった! じゃあ早速だけど――」
…………。
………………。
……………………。
数分後。
現在、直江の視線の先――テーブルの上に転がっているのは。
「これで本棚に仕掛けたカメラは全部よ! ね? これがわたしの愛の証明……こんなにわたしは、あんたを愛しているの!」
ニコニコ綾瀬。
正直、怖い……マジで。
(とりあえず、綾瀬に調子を合わせて、僕の部屋の本棚に何をしたのか聞いてみたけど……まさか、こんなものが出てくるなんて)
しかもさっき、綾瀬は間違いなくこう言った。
本棚に仕掛けたカメラは全部……と。
これはつまり、本棚以外にもカメラがあるという事に違いない。
なんだか、猛烈に頭が痛くなってきた。
(これ、どうせ四六時中監視されてたんだよね、僕……ということは、一人でそういうことしてるのも、全部綾瀬に見られてたわけで……)
泣ける。
というか、その動画をネタに脅迫されたら、直江オワコンする。
直江の将来は、綾瀬の管理物直行だ。
「あ、あのさ綾瀬……これで取った動画ってどうするの? 他の人に見せたりは……」
「おかしなことを聞くのね」
と、ニコニコ綾瀬。
彼女はカメラをツンツンしながら、直江へ言葉を続けてくる。
「全部わたしのものよ、わたしだけのもの……あんたも、これに映った動画も全部。他の人に見せるなんて、ありえないわ……でも、そうね」
と、そこで突如カメラを握りしめる綾瀬。
彼女はそのまま、直江へと再び言葉を続けてくる。
「もしも……もしももしももしも、これに映った直江を他の人が見たら……その時は」
「そ、その時は?」
「わたし……きっと、殺してしまうわ。そいつのこと」
「…………」
な、なるほど!
つまり、直江の動画が脅迫に使われることはなさそうだね!
これは安心だ!
いや~解決解決!
あとは綾瀬さんに帰ってもらうだけだね!
と、その時。
コンコンッ。
と、直江の部屋の扉を叩く音。
続いて聞こえてきたのは。
「お兄……起きてるの? なんだか、さっきから話し声が聞こえるけど」
そんな、ヒナの声だった。