第百二十四話 直江はやらかしてみる
『……好きよ、今すぐ会いに来て』
言って、ぷつりと電話を切って来る綾瀬。
これはアレだ。
(ヒナの件で、大きな借りが出来ちゃったし……ここは言う事を聞いておいた方がイイよね)
スイッチが入っている時の綾瀬。
彼女をスルーするのは、直江の経験上リスクが高すぎる。
などなど。
直江はそんな事を考えた後、ヒナの部屋を軽く掃除――という名の証拠隠滅。
無論、直江が色々探していた形跡を消すのだ。
…………。
………………。
……………………。
「よし、こんなもんでいいか」
これで一見。
直江がベッドの下に居たなどとは、絶対に思わないに違いない。
そうして、直江がヒナの部屋を出ようとすると。
ぶるるるっ。
と、揺れるスマホ。
見れば、綾瀬からメールが届いている。
その内容は――。
『遅い。今どこ? 何をしているの?』
どうやら綾瀬さん。
これ以上、待てない様だ。
まぁ、証拠隠滅も終わったし、早々に向かうとしよう。
と、ここでまたも振動するスマホ――当然の様に綾瀬からのメールだ。
そしてそして、その内容は。
『あぁ、それとヒナの件――少し前に帰したから、急ぎなさいな』
「ちょっ……綾瀬、呼び出し以前にそれを早く言ってよ!」
てっきり直江。
今も綾瀬がヒナを引き留めてくれていると思っていた。
ということはつまり。
ヒナはすでにここに向かっていると言う事だ。
「ま、まずい……っ!」
そうとわかっていれば、こんなにのんびりしていなかった。
直江は親切心から、証拠隠滅だけでない普通の掃除も少ししてしまったのだから。
「と、とにかく、盗聴器も見つけた事だし、今は早くこの部屋から出ないと! ヒナの気持ちに気がついてることを、ヒナに知られたら大変だしね」
考えた後。
直江はすぐさまターン。
そして、彼はヒナの部屋からの脱出口――扉をへと手をかけオープン。
すると。
「お兄……どこ行くの?」
ヒナさんが居た。
瞬間、直江の脳内は真っ白になった。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
………………………………。
……………………………………。
「お兄」
と、再び聞こえてくるヒナの声。
直江はそれでようやく、思考を取り戻す。
だがしかし、直江が思考を整理する前に――。
「お兄……ヒナの部屋の掃除してくれて、ありがとう」
と、そんな事を言ってくるヒナ。
彼女は直江へと、さらに言葉を続けてくる。
「ん……顔色悪そうだけど、大丈夫?」
「あ、ぅ……い、いつから……いつから、そこ、に――」
「どうしてそんな事を気にするの?」
「そ、それは――っ」
おかしい。
ヒナから綾瀬と同質の何かを感じる。
これは、これはいったい。
いや、考えるべきはそんな事ではない。
ヒナがいつから、扉の前に居たかだ。
(き、聞かれたのか? 僕が盗聴器の事を喋ってたの……た、確かめる方法がない。というか、確かめたら終わ――)
「ひょっとしてお兄……心配してる?」
と、直江の思考を断ち切るように聞こえてくるヒナの声。
彼女は珍しくもニコリと笑い、なおも直江へと言葉を続けてくる。
「大丈夫」
「な、なにが?」
「大丈夫……お兄、気にすることはない」
「ひ、ヒナ? だ、だから……何を?」
「ん……お兄は心の整理が必要。とりあえず呼ばれてるなら、お姉のところに行くといい」
言って、ヒナは道を開けてくれる。
直江は何も考えられないまま、彼女の横を通り抜ける。
そして、廊下を歩き、どれくらい経った頃か。
直江は気がつくと、公園へと続く道を歩いて居た。
ようやく、思考が落ち着いてきたのだ。
そして、それと同時に直江は気がついてしまう。
「ひ、ヒナのやつ……どうして、どうして僕が綾瀬から呼ばれてるの知ってたんだ?」
答えは一つだ。
ヒナは居たのだ。
『遅い。今どこ? 何をしているの?』
と、綾瀬からのメールがあった時、すでに扉の前に。
ということはつまり、彼女は確実に聞いていたに違いない。
『と、とにかく、盗聴器も見つけた事だし、今は早くこの部屋から出ないと! ヒナの気持ちに気がついてることを、ヒナに知られたら大変だしね』
そんな、直江の焦りの言葉も。
結論から言おう。
やばい。
だいぶやばい。
どれくらいやばいかと言うと。
かなりやばい。
どうしよう。
どうすればいいのか。
「ま、待った! 諦めるのはまだ早い! ひょっとしたら、まだ大丈夫かもしれない!」
だって、ヒナの口から『直江の言葉を聞いていた』とは言われていない。
全ては直江の妄想かもしれない。
「そうだよ! 綾瀬に呼ばれてるのを知っていたのも、綾瀬本人から聞いたのかもしれない!」
充分あり得る。
なんせ、ヒナは少し前に綾瀬と会っているのだから。
心配して損した気分だ。
「全部、僕の気にし過ぎじゃないか! 気にしすぎ……気にしす、ぎ……は、ははっ」
とまぁ。
直江はそんな思考のループをしながら、綾瀬の下へと向かうのだった。