第百十八話 直江は部屋の掃除をしてみる
時は旅行(誘拐事件)から数日後、早朝。
場所は直江家――直江の部屋。
「お兄……やっぱり面倒くさい」
と、言ってくるのはヒナだ。
彼女は直江のベッドに腰掛けながら、むくれた様子で直江へと言葉を続けてくる。
「ヒナ……部屋の掃除いつもしてるから、やる必要ない」
「『旅行から帰って来たら、気持ちを整えるためにも部屋の掃除をする』っていうのは、うちのルールなんだから、仕方ないでしょ?」
「じゃあ、お兄が掃除してるの見てる」
「はぁ……どうしても、自分の部屋の掃除するの面倒くさい?」
「…………」
こくこく。
と、頷くヒナ。
ヒナは昔からこうだ。
部屋の掃除はするのだが、大掛かりな掃除はしないのだ。
要するに。
ヒナの部屋。
片付いてはいるものの、綺麗ではない。
ニュアンスで言うと、整頓されては居ない感じだ。
(いつもなら、僕が『じゃあ仕方ないから、僕が掃除してあげるよ』って言って終わりなんだけど)
直江は最近決めたことがある。
それは、ヒナの性癖をまともにすることだ。
(部屋の掃除と、ヒナの性癖は関係ないけど)
服装の乱れは心の乱れ。
とも言う――ならばワンチャン、部屋綺麗なら性癖も。
ということもある
などなど。
直江はそんな事を考えた後、ヒナへと言う。
「わかった。じゃあ、僕と一緒にやらない?」
「お兄と?」
ひょこり。
と、首をかしげてくるヒナ。
直江はそんな彼女へと、言葉を続ける。
「もちろん、僕の部屋の掃除が終わったらだけど。そうしたら、すぐにヒナの部屋に行って、掃除の手伝いをしてあげるよ?」
「お兄と掃除……っ」
「えっと、ヒナ?」
「お兄と掃除……エッチなハプニングが起きるかもしれない(ボソボソ)」
「ヒナ、さん?」
「やる。ヒナは掃除頑張る……ラッキースケ――お兄に褒められたいから頑張る」
「…………」
「それじゃあお兄。ヒナは先にヒナの部屋の掃除を、なるべく頑張っておく」
てくてく。
てくてくてく。
かちゃ、ぱたり。
と、直江の部屋から出て行くヒナ。
数分前のヒナとは、比べようもないレベルのシャキっとした様子。
喜ばしい事だ。
だがしかし。
(なんだか、物凄く嫌な予感しかしないんだけど)
まぁ、ヒナは割と常識がある方だ。
露骨に直江を襲ってくることは、ないに違いない。
(はぁ……妹に対して、こんな事を考えてる時点で、僕の思考回路もやばい気がしてきた)
などなど。
直江はそんな事を考えた後。
「僕もさっさと掃除を始めるか。約束した以上、ヒナをあんまり待たせるのも可愛そうだしね」
ごそごそ。
がさがさ。
と、直江はさっそく自室の掃除に取り掛かる。
…………。
………………。
……………………。
そうしてしばらく経った頃。
事件は起きた。
「さて、次は本棚のホコリを落とさないと……ん、あれ?」
なにかおかしい。
本棚に買った覚えのない本が、ささっているのだ。
嫌な予感がする。
それでも、直江はその本へと手を伸ばす。
直江の本能が訴えているからだ。
今この本をどうにかしなければ、後程とんでもない災厄が訪れる……と。
「やっぱりおかしい。持った感じ――本の大きさの割に、明らかに軽すぎる」
まるでお菓子の空箱を持っている感じだ。
と、ここで直江はとある事に気がつく。
カラッ。
謎の本から、変な音が聞こえてきたのだ。
ここに来て、直江の予感は確信に変わる。
「っ!」
直江は半ば恐怖に駆られ。
本を上下に勢いよく、何度も振ってみる。
すると。
カラカラ。
カラカラカラ。
響く音。
間違いない。
この本は本ではない。
本に似せて作られた偽物――箱だ。
そして、この中には何かが入っている。
怖い。
恐ろしい。
(なんて、昔の僕なら慌てたんだろうけど……ここまで情報が揃うと、もう何が入ってるか想像ついちゃうんだよね)
考えた後。
直江は偽物の本をパカっと開く。
案の序、それは宝箱状になっており――中に入っていたのは。
「あのさぁ。綾瀬でしょこれ仕掛けたの? 聞こえてる?」
と、直江は本の中に入っていた物。
盗聴器に口を近づけ、言葉を続ける。
「前も言ったと思うけど、僕の部屋にこういうの仕掛けるやめてほしんだけど。あれだよね――この前、うちのトイレにカメラ仕掛けたのも綾瀬でしょ?」
盗聴器である以上、返事が帰ってこないのがもどかしい。
などなど、直江はそんな事を考えながら。
「はぁ……」
『はぁ……』
と、盛大なため息を吐き――。
吐き……ん?
(今、何かおかしくなかったか?)
直江は再度、盗聴器へと口を近づける。
そして、なるべく大きな声で――。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
と、叫ぶ。
すると間髪入れずに。
『あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!』
聞こえてくる直江の声。
ただし、それはまるで機械を通したかのように、どこかひび割れている。
間違いない。
直江がもって居る盗聴器。
その電波を受信している機械が、この家のどこかにあるのだ。
(でもおかしい……綾瀬がそんな機械まで、僕の部屋に置いているはずが)
と、直江がそんな事を考えた。
まさにその時。
ドタドタッ。
ガタンッ!
ヒナの部屋からそんな――。
慌てふためいた様な音が聞こえてくるのだった。