第百十五話 壮絶なる戦い②
「あ~やせ♪」
「おまえ、そのぶりぶりぶりっ子……可愛いわね」
と、聞こえてくるのは柚木と綾瀬の声。
そんな柚木と綾瀬は、ニコニコと楽しそうな様子で、順に言葉を続ける。
「綾瀬はあたしの団子、食べたいか?」
「食べたいわ。できればその……あんたに食べさせて欲しいわ」
「喜んで食べさせるぞ! だって、綾瀬はあたしの親友だからな!」
「柚木……っ」
「綾瀬! ほら――『あ~ん』だ!」
言って、柚木は綾瀬の口元へと団子を差し出す。
すると、綾瀬さんは口を開きながら柚木へと言う。
「あ~ん」
パクリ。
っと、綾瀬の口に収まる団子。
もむもむ。
もむもむもむ。
まるでリスの様に、可愛らしく口を動かす綾瀬。
そんな彼女はしばらくした後、ぴょこりと立ち上がる。
そして、彼女はそのまま柚木の方へと歩いて行き。
「柚木、あんたが食べさせてくれたお団子、とても美味しかったわ――ありがとう」
「お礼なんかいらないぞ! だって、あたしは柚木にお団子食べさせられて、とっても幸せだったからだ!」
と、ニコッと笑顔の柚木さん。
彼女は綾瀬と同じく立ち上がり、そのまま彼女へと言う。
「そ、その……あやせぇ。あたしも出来たら……綾瀬に、その――っ」
「言わなくてもいいわ。わたしは借りは返す、出来る女だから」
「あ、綾瀬っ」
「ほら、口を開けなさいな」
言って、綾瀬は柚木の口元へとクレープを持っていく。
すると、柚木は大きく口を開き――。
はむっ。
と、クレープを食べる。
そうしてしばらく、柚木は綾瀬へと言う。
「綾瀬! これ、とっても美味しいぞ!」
「あら、そう?」
「あたし、サラダのクレープは自分で食べたことはなかったんだ! だから、今日は綾瀬に感謝だ! おまえが居なかったら、あたしは一生サラダクレープが美味しいって、気がつくことが出来なかったんだからな!」
「言い過ぎよ、あんた。でも、そんなに褒められると悪い気分はしないわ」
言って、柚木の頭へと手を伸ばす綾瀬。
彼女は優しそうな表情で、そのまま――。
なでなで。
なでなでなで。
と、柚木の頭を撫で始める。
すると柚木は、猫の様に頬を緩ませながら綾瀬へと言う。
「えへへ……あたし、綾瀬に頭を撫でられるの、大好きだ!」
「わたしも好きよ、あんたの事。髪の毛はさらさらで気持ちいし、とてもいい匂いがするもの」
「に、匂いってそんな……っ! あ、あたし恥ずかしいぞ……」
「顔が真っ赤よ、柚木。でも、そんなあんたもとても可愛いわ」
「あ、綾瀬ぇ……」
「柚木」
言って、互いに互いの手を取る柚木と綾瀬。
そんな二人は情熱的な様子の瞳で、互いに見つめ合っている――それも近距離で。
一見。
二人はとても仲良しに見える。
これはもう安心だ。
なんて、直江は微塵も思わなかった。
だって。
(こ、怖い……僕の一言で、ここまで仲良くし始めると――なんだか露骨すぎて)
人間不信になりそうな類の、圧倒的な恐怖を感じる。
それになにより、直江が本当に怖いのは。
「綾瀬、これからもあたし達は仲良しこよしの大親友だ……チラ」
「もちろんよ、柚木。あんたはわたしが心許せる数少ない存在だもの……チラ」
と、再び聞こえてくる柚木と綾瀬の声。
なるほど、パッと見二人は仲よさそうに見つめ合っている。
だがしかし。
(よ、よく見ると……目が。二人の視線がちょこちょこ、僕の方に向いてきてる)
まるで直江の表情を、余さず観察しようとしているかのように。
というか、わかりやすく――直江が感じたままにぶっちゃけよう。
(この二人。二人で仲よさそうに会話してる様に見えるけど、実際は会話してないよね……)
例えるなら。
互いが出す音に適当に音を返している感じだ。
要するに。
(二人の言葉には心が籠ってない。心のキャッチボールが出来てないんだ)
二人の心はきっと、直江の方に全力で向いているに違いない。
ありがたいことだ――本当に嬉しい。
だがしかし。
「あ~やせ♪」
「ゆ~ずき♪」
と、聞こえてくる柚木と綾瀬の声。
二人はニコニコで笑い合っている。
それが恐ろしい。
だって、その笑顔には心が籠っていないのだから。
まるで人形のような、魂を感じない空虚な笑み。
そんな状態で、さっき言ったように。
チラ。
と、柚木と綾瀬は視線だけ、直江の方に向けてくるのだ。
何度でも言う。
(怖すぎるよね!?)
古ぼけた洋館にあるアンティークドール。
それの首が動いて、突如見つめられてきた。
そんな雰囲気を感じる。
などなど。
直江がそんな事を考えていると。
「お兄!」
と、そんなヒナの声。
それが、やや離れた位置から聞こえてくるのだった。