第百十三話 こんにちは、サイコ綾瀬さん③
画面の中で、十六回連続で投げられる直江のキャラ。
そして次の瞬間、画面に浮かぶ敗北を意味する文字。
「……うん」
直江は思わず立ち上がり、綾瀬の方へと歩いて行く。
そして、そんな彼女へと言う。
「なに今の!? 綾瀬、本当はこの格闘ゲーム滅茶苦茶うまいよね!?」
「結婚」
「……え?」
「わたしと結婚して、わたしの家の地下室に住みなさい。今後、一生外には出なくていいわ――あんたが本来しなければならない、外とのコミュニケーションは全部わたしがやってあげる」
「いや、あの」
「子供はそうね……たくさん欲しいわ。もちろん、子供も外に出したりしない――害虫がついたら怖いもの。わたしと直江の二人で、地下室で育てましょう?」
「いや、それって犯罪――」
「あぁ、ヒナも連れて来ましょう。でも、わたしの子供たちに変な事を吹き込まれたら嫌だし……そうね、別に部屋を作りましょう。誰の声も届かない、光すらも届かない部屋で……わたしがたっぷり、ヒナを飼育してあげるわ」
「…………」
「直江も安心でしょう?」
言って、スマホの動画をチラチラ見せてくる綾瀬。
だめだこいつ。
やばい。
やはり綾瀬は綾瀬だ。
どこまで行っても、その本質は狂人に違いない。
「直江、好きよ」
と、言ってくる綾瀬。
彼女は立ち上がり、直江の目を見つめてきながら、言葉を続けてくる。
「権利を使って命令します――わたしと一緒に暮らしなさい」
「……っ」
どうすればいいのだ。
直江の弱みは、綾瀬に握られている。
そもそも、勝負を安易に受けてしまったという引け目もある。
だがしかし。
このまま綾瀬の言う通りにするのは、絶対に論外だ。
まず直江の人生が終わる。
そして、まだ見ぬ直江の子供たちの人生も終わる。
さらに、ヒナも終わる。
守りたい。
愛しい子供たちを。
大切な義妹を。
「綾瀬、悪いけど僕は――」
「あっ……大変、思わず動画をネット上に拡散しそうになってしまったわ」
と、そんな事を言ってくる綾瀬。
彼女はとても優しそうな笑みを浮かべると、直江へと言葉を続けてくる。
「それで直江、返事を聞きたいのだけど?」
「…………」
「どうしたの、直江? ほら、わたしの胸に飛び込んできなさいな」
と、両腕を広げてくる綾瀬。
もうなすすべはないのか……と、直江が諦めかけた。
まさにその時。
「おい、何してんだてめぇ」
聞こえてくる柚木の声。
同時、綾瀬の手から消え去るスマホ。
直後。
バキャッ。
砕けて散る綾瀬のスマホ。
要するに、柚木がそれを粉々にしたのだ。
それに対し――。
「ちょっ……なにするのよ、あんた!」
と、珍しくも怒った様子の綾瀬さん。
彼女はそのまま、柚木へと言葉を続ける。
「あんた、それが何かわかっているの!?」
「直江を脅迫するなんて、あたしが許さないんだぞ!」
「『許さないんだぞ!』じゃないわよ。なにそのぶりぶりぶりっ子――直江に本性バレたのに、まだやってるの?」
「ぶりっこじゃない! こっちがあたしの素なんだ!」
むぅ~~~っ。
と、そんな様子で睨みあう綾瀬と柚木。
正直、嫌な予感がする。
直江がそう考えた……まさにその時。
「あんたに勝負を申し込むわ。どちらが直江に相応しいか、ゲームで決めましょう?」
「望むところだ! あたしは直江のために、絶対に勝つんだ!」
綾瀬と柚木。
そんな二人の声が聞こえてくるのだった。