第百十二話 こんにちは、サイコ綾瀬さん②
「ねぇ直江、わたしは愛しているあんたの恥ずかしい姿を、不特定多数に見せたくないわ。だから、勝負を受けてくれると助かるわ……どうかしら?」
と、にこにこ笑顔な綾瀬さん。
彼女の笑顔は、ぶっちゃけかなり可愛い。
だがしかし。
(この状況で、あのセリフと共に浮かべる笑顔……滅茶苦茶怖い)
などなど。
直江がガクガクぶるぶるしていると。
「それで、答えは?」
ひょこりと、首をかしげてくる綾瀬。
故に直江は綾瀬へと言うのだった。
「受けるよ。その代わり、僕が勝ったら『何でもいう事聞かせる権利』で、その動画を消してもらうからね」
●●●
そうして、時は数分後。
場所は綾瀬の向かいの筐体。
現在、直江は操作確認を含め、一人プレイをしていた。
(よし、操作は一通り覚えたかな)
これならば、無様にやられることはないに違いない。
そもそも、綾瀬も『格ゲーが得意でない』と、自分で言っていたのだから。
そして、直江はそれを裏付ける証拠も得ている。
(さっきチラッと見たら綾瀬。難易度最低の最初の敵に、パーフェクト決められて負けてたんだよね)
言ってはアレだが。
クソへたくそだ。
格ゲーにおける、難易度最低の最初の敵。
それが相手ならば、赤ちゃんに操作させてもワンパンくらいは、いれられるに違いない。
要するに、綾瀬の格ゲーの腕前は宇宙次元で弱い。
(なんか色々と、僕が不利になる条件を付けてくると思ったけど、今のところそれもないんだよね)
と、直江がそんな事を考えた。
まさにその時。
「直江、準備はいいかしら?」
と、向かい側から聞こえてくる綾瀬の声。
直江はそんな彼女へと言う。
「うん、こっちらならいつでも」
「そう、覚悟は出来たということね……わたしの言う事を、なんでも聞く覚悟が」
「言わせてもらうけどさ、勝った気になるのは早いんじゃないの?」
「あら、そう? まぁ、やればわかるわ」
そんな綾瀬の言葉。
それと同時、直江の画面に浮かぶ『チャレンジャー』の文字。
綾瀬が向かいの筐体から、直江へと対戦を仕掛けて来たのだ。
どうするかなど決まりきっている。
直江は挑戦を受ける。
そうして移るのは、キャラクター選択画面。
きっと向かいでは、綾瀬がキャラクターを選択しているに違いない。
(僕が選ぶキャラは決まってる)
速度と手数に特化した軽量キャラだ。
体力はやや低めだが、上手くいけば相手を瞬殺できる。
直江がこのキャラを選んだ理由。
それは簡単だ。
(さっき見た時、綾瀬は巨体自慢のパワータイプキャラを使ってた)
上級者が使えば違うが。
綾瀬が使っている場合に限り、そのキャラはデカいだけでクソとろい木偶だ。
速さで圧倒すれば、何もさせずに勝てるに違いない。
(綾瀬には悪いけど、僕はこの勝負で負けるわけにはいかないんだ)
などなど。
直江がそんな事を考えた後、キャラクター決定ボタンを押す。
それから数秒後。
ステージが決まり。
いよいよ、戦いのカウントが始まる。
(よし、綾瀬のキャラは事前にみた時と変わらず、パワータイプだ!)
全て想定通り。
これならば危険なく立ち回ることが可能だ。
と、考えた瞬間。
『バトルスタート』
と、画面に浮かぶ文字。
直江は即座に自らのキャラを動かす。
狙うは必殺コンボ。
(練習の時に、これだけは覚えて来たんだ――今の僕なら、初撃を入れられれば絶対に成功させられる!)
直江のキャラは、どんどん綾瀬のキャラへと近づいていく。
けれどやはり、綾瀬のキャラは動かない――いや、彼女のスキルとキャラの遅さの相乗効果で、動くことができないに違いない。
つまり、今こそが勝機。
直江のキャラはついに、綾瀬のキャラを間合いに捉える。
そして、最初の一撃目を出そうとした――直後。
ガシッ。
綾瀬のキャラに掴まれる直江のキャラ。
いったい何が起きたのか。
「……へ?」
直江が理解する間もなく。
直江のキャラは、綾瀬のキャラに連続で十六回投げられ……。
死んだ。