第百十話 破壊神③
無茶振り。
その言葉の意味を、直江は今日ようやく理解した気がした。
なぜならば。
「直江~! あたし、直江のこと応援してるぞ!」
と、背後から聞こえてくる柚木の声。
そして、直江はパンチングマシーンの前に立っているわけだが。
(うん……柚木より高得点出すとか、どう考えても無理だよね)
ぶっちゃけ、柚木の得点は人間レベルではない。
人間のパンチでは、パンチングマシーンは動いたりしない。
しかし、そう簡単に諦めるわけにもいかない。
直江と柚木の周囲にいるのは不良たち。
その全員が直江を、そして柚木に期待した目を向けている。
(知り合いでもなんでもない人達だけど、この期待を裏切るのはさすがに気が引ける)
それに、もしも直江がクソみたいなスコアを出せば。
柚木に恥をかかせることになってしまう。
(そうだ。やるしか、ない)
それに思い出せ。
直江はかつて、幼稚園に入る前くらいの頃。
その時は柚木より、腕相撲つよかったのだ。
あの時の感覚を呼び起こせ。
幼稚園入る前の直江よ、今の直江に力を。
(いける、なんだか行けるきがしてきた)
などなど。
直江はそんな事を考えた後。
「彼氏さんが構えたぞ!」
「あぁ、いよいよだな! 姉御以上の実力……ようやく見れるってもんだ!」
「パンチングマシーン壊れるんじゃねぇか!?」
と、聞こえてくる不良たちの声。
直江は精神を集中させる。
「直江~! 頑張れ~!」
変わらず、背後から聞こえてくる無邪気な様子の柚木の声。
同時。
「っ!」
直江は渾身のパンチを繰り出す。
それはまっすぐに、パンチングマシーンめがけて進み。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
そんな音を立て、直江の拳は直撃……する前に。
パンチングマシーンは大きく浮き上がり、後退。
なんと、壁にめり込んだ。
「す……っ」
「すげぇええええええええええええええええええええええええええええっ!」
「彼氏さん半端ねぇ~~~~~~~~~~~~~~!」
聞こえてくる不良たちの声。
というか、いつの間にやら――不良たち以外のギャラリーも出来ていた。
そして、彼等は皆一様に直江を称賛してきてくれる。
「やっぱり直江は凄いんだ! あたし、直江が居れば安心だ! だって直江は強いから、あたしの事守ってくれる!」
と、後ろから抱き着いて来る柚木。
きっと、本来なら誇らしげに胸を張るシーンに違いない。
けれど、直江にそれは出来なかった。
なぜならば。
「……っ」
と、直江は頬に手をやる。
そして、その手を顔の目の前へと持ってくると。
軽く血がついていた。
要するに、頬が少し切れているのだ。
何が起きてこうなったのか……直江は見えなかったが、理解は出来てしまった。
(ゆ、柚木が……僕が殴るのに合わせて、う、後ろから……パンチングマシーンを、な、殴った……?)
問題は柚木のいる位置からでは、確実にパンチングマシーンに届かないこと。
ならば、どうやって柚木はパンチングマシーンに拳を届けたのか。
(拳圧だ……殴った時の風圧で、パンチングマシーンを殴ったんだ)
そして、その拳圧の余波で、直江の頬は少し切れた。
やばすぎる。
というか、少しそれてたら直江。
死んでいた説。
「な~おえ!」
と、耳元で聞こえてくる柚木の声。
同時直江、少しちびりそうになる……が。
柚木は無邪気な様子で、直江へと言葉を続けてくる。
「あたし、やっぱり直江の事が大好きだ!」
「…………」
「とっても強くて、かっこよくて……とっても優しい。あたしの事を、どんな時でも守ってくれるヒーロー……だから大好きだ、直江!」
きゅ~~~~。
と、より強く抱き着いて来る柚木。
感じる柚木の柔らかさと、優しい温もり。
先ほどの件はあれ、普通に嬉しいは嬉しい。
なんせ、こんなに信頼してくれているのだから。
だがしかし。
「うっ……あ、ぐぅ!?」
直江の身体が軋んでいる。
や、やば――っ。
めきょっ。
聞こえてくる変な音。
同時、直江の身体は崩れ落ちるのだった。