第百七話 負けられない戦い②
戦いは始まった。
現在の戦績はというと。
ヒナは弾を四発消費――八の景品を獲得。
クロは弾を十発消費――四の景品を獲得。
そして直江は――。
(まさか五発で五個の景品を落とせるなんて……こんな命中精度初めてだ)
きっと、火事場のバカ力という奴に違いない。
けれど、それでもヒナには遠く及ばない。
ヒナは一発で二個の景品を落としている。
このままいけば、差が開くばかりだ。
となれば、勝負に出るしかない。
「……っ」
直江は全神経を景品へと集中させる。
狙うのはクロが最初に見せた絶技――すなわち。
(一発の銃弾で、三つの景品を落とす!)
いや、それですら足りない。
四つ――落として見せる!
「……ここだっ!」
と、直江は引き金を引く。
すると、銃から飛び出すコルクの弾丸。
それは凄まじい速度で突き進み、ターゲットへ――。
「なっ」
はず、した。
狙い過ぎたのだ。
要するに自爆。
もう直江は終わりだ。
このままヒナという真の魔王に敗北し、その身を弄ばれ――。
「ちょっと直江さん! 何をやっているんですか!?」
と、直江の思考を断ち切るように聞こえてくるのは、クロの声だ。
彼女は直江の傍までやってくる。
そして、腕をわちゃわちゃ振りながら言ってくる。
「直江さんは我の配下! そんな名誉な存在が、未だ配下ではないヒナさんに負けるなんて……そんなの許しませんよ!」
「……クロ、でも僕はもう」
「勝てます!」
「っ」
「我が……私が信じた直江さんなら、絶対に勝てます!」
と、そんなクロの瞳はキラキラと輝いている。
直江はそれを見た瞬間、思った。
(裏切れない)
クロの期待に応えてあげたい。
それにこのまま負ければ、ヒナのためにもならない。
だって、このままじゃヒナに襲われる事になる。
そうなれば、ヒナは変態(仮)から変態になってしまう。
脳内で直江に手を出すのと、実際に手を出すの。
その二つは大きな差があるのだ。
(僕は、勝つ……期待してくれるクロのために、そしてヒナを変態にしないために)
例え、どんな手段を使っても。
周りから卑怯者と罵られるとしても。
さぁ、覚悟は決まった。
あとは行動に移すのみ。
「ヒナ」
「どうしたの、お兄?」
と、銃を下ろし、首をかしげてくるヒナ。
直江はそんな彼女へと言う。
「僕達が小さいときもさ、こうして射的をしたの覚えてる?」
「覚えてる。お兄がヒナの後ろから……銃に手を添えて一緒に射的をしてくれた」
「あれからヒナ、すごい上手くなったね」
「お兄の教え方が上手かったから。でも……ちょっと寂しい」
と、うつむいてしまうヒナ。
彼女は悲しそうな様子で、直江へと言葉を続けてくる。
「だって、もうお兄に教えてもらえない」
「…………」
直江は台に持っていた銃を置く。
そして、ヒナの方へと歩いて行く。
「……お兄?」
と、ひょこりと首をかしげてくるヒナ。
直江はそんな彼女の後ろに立ち。
「っ……お、お兄!?」
と、ピクンと肩を揺らすヒナ。
彼女がそうなった理由は簡単だ。
直江がヒナの後ろから腕を回し、彼女の銃に手を添えたからだ。
要するに、ずっと昔――彼女に射的を教えた体勢だ。
彼はそんな体勢のまま、ヒナへと言う。
「僕は射的、才能限界って感じだけどさ」
「う、うん……」
「ヒナが僕に教えてほしいっていうなら、いつでも教えるよ」
「お、お兄……」
「ヒナは僕に教えられるの嫌かな?」
「嫌じゃ、ない。だ、だってヒナ……お、お兄のこと……あ、あい、あいして――っ」
「?」
「と、トイレ……ヒナ、トイレ」
もぞもぞ。
と、直江の腕から抜け出し、逃走してしまうヒナ。
そして、ヒナは十分経っても帰ってこなかった。
勝った。
直江はヒナを勝負放棄させることに成功したのだ。
などなど、直江がそんな事を考えていると。
「直江さん」
と、ジトっとした様子のクロの声。
彼女は直江の袖をくいくい、言葉を続けてくる。
「直江さんがクズでも、私は直江さんのこと好きですよ」
「いや、クズじゃないからね!? 目的はどうあれ、言葉は全部本心だからね!?」
「言い訳無用! 今のヒナさんの扱いはクズですよ! 完全に女たらしのの行動じゃないですか!?」
「ぐっ」
「で、でもその……」
「その?」
「わ、私にもやってくれたらその……み、見なかったとに、します」
「…………」
直江はこの後。
ヒナが戻ってくるまで、クロに射的を教えていたのだった。