第百二話 漆黒の暗黒卓球闘技
「喰らうがいい!」
と、卓球台を挟んで向かい側――聞こえてくるのはクロの声だ。
彼女は卓球のラケットを振りかぶりながら、直江へと言葉を続けてくる。
「我が必殺の魔球――失墜せし片翼の堕天使!」
「っ!」
「はぁあああああああああああああああああああああああああああっ!」
と、クロのそんな気合い。
その直後――。
クロのラケットは空を切った。
要するに、スカった。
「……うっ」
と、しゅんっとした様子で俯くクロ。
彼女は瞬時に頬を染めながら、直江へと何か言いたげな視線を向けてくる。
「うぅ……っ!」
「いや、当たり前だからね!?」
「何が当たり前なんですか!? こんなのおかしいですよ! さっきから私は、一発もサーブに成功してないんですよ!?」
そりゃそうだ。
サーブの度に、決めポーズして片目を隠したりして、まともに撃てるわけがない。
と、そんな事を考えたのち、直江はクロへと言う。
「とりあえずさ、その掛け声をやめてみたら? そっちの方が集中できる気が――」
「集中ならしてますとも! 私はこの詠唱により、魔力を乗せているんです! そう、放つ全ての玉に!」
「放ててないよね!?」
「そこは突っ込まないでくださいよ!」
「突っ込むからね!? だってかれこれ、卓球始めてから十分――ずっとクロのターン……しかも、一級もサーブに成功してないからね!?」
「ふ、ふふ……っ。我が配下の癖に、なかなか言う様になったではないか」
と、反逆したり復活したりしそうなポーズをとるクロ。
そんな姿を見て、直江は思う。
(まぁ正直、クロとのこういうやり取りも楽しいから、別にいいけど)
などなど。
直江がそんな事を考えていると。
「そうだ!」
と、てくてく直江の方へとやってくるクロ。
彼女は卓球の玉を直江へと渡してきながら、言葉を続けてくる。
「次は直江さんがサーブしてみてくださいよ!」
「別にいいけど、もうサーブはいいの? 楽しんでるように見えたけど……」
「楽しいからこそです! 私は、直江さんと一緒に楽しみたいので!」
ズビシ!
妙なところでかっこいいポーズを取るクロ。
とまぁ、直江はとりあえず、そんな彼女から玉を受け取る。
一方のクロはというと、ささっと元の位置へと戻って行く。
そして――。
「さぁ来い!」
などと、やる気満々な様子。
そんなクロの姿からは、全く隙というものが伺えない。
すなわち――。
(うっ……なんだか、どこに打っても打ち返される――そんな圧を感じる!)
それにそもそも、直江はあまり運動得意ではない。
だがしかし、そんな圧に負けるわけにはいかない。
直江も男だ。
女の子の前で、かっこいい所見せたい。
そんな一般男子の欲望くらいはある。
(あとしいていうなら、さっきクロにアドバイスもしちゃったしな)
これで、直江もサーブミスしたら恥ずかしすぎる。
となれば、するべきことは一つ。
「…………」
「…………」
直江とクロ。
二つの本気の視線。
それらがぶつかり混じり合い、中央でバチバチしてるのを感じる気がする。
「っ!」
と、直江は玉を高く上げる。
そして、落ちてきたところを――。
(よし、完璧だ! 間違いなく僕の人生において、最高のサーブ!)
「甘いですよ!」
と、聞こえてくるクロの声。
見れば彼女――ニヤリと、まるで勝利の確信と言った様子の笑みを浮かべている。
ありえない。
(僕のサーブは現在過去未来、全てが込められている!)
負けるはずがない。
負けるはずがないんだ!
そうだ――っ!
「いけぇええええええええええええええええええええええええええっ!」
「魔王にこの程度の技は効かないのだ!」
と、直江の声に反応してくるクロ。
彼女はラケットを振りかぶり、高らかな様子で宣言してくる。
「見せてやろうではないか――我が魔法 《アイスエイジ》の力!」
「な、なに!?」
「くはははははっ! この魔法を使えば、我以外の全ての時は止まる!」
「そ、そんな馬鹿な!?」
それでは、どんな球を放っても意味がない。
絶対に打ち返されてしまう。
「くくくっ、絶望したか――よい、よいぞ! その絶望が我が糧となるのだ!」
と、聞こえてくるクロの声。
彼女はそのまま、直江へと言葉を続けてくる。
「さぁ、それでは終わりを始め――」
「ねぇねぇ、あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、何してるの?」
「こら、見ちゃいけません!」
と、クロの言葉を断ち切るように聞こえてくるのは、そんな子供と母の声。
瞬間、直江は正気に戻る。
(やばい、クロにつられて変なノリになってた)
正直、滅茶苦茶恥ずかしい。
そして、それはクロも同じだったに違いない。
「な、直江さん……わ、我……もう卓球、しなくていい、です」
と、顔を真っ赤にしながら、そんな事を言ってくる。
なお――。
直江が放った玉。
それはクロが喋り始めた段階で、彼女を通り過ぎ床に転がっていたのだった。
高校生の時、卓球部で卓球をかなり本気でやってました。
なのにあれから時がたち、卓球の話書いていたら――卓球の用語、何一つ覚えてなくて愕然とした作者でした。