第十話 僕達私達の日常です(真)~ニャンニャン被り~②
「ん……あれ?」
と、直江は目をあける。
最初に飛び込んできたのは、暗い――どこか穴の中の様な光景。
そして、次に感じたのは身体の痛み。
(あぁ、そうか。この土管に逃げ込んだあと、そのまま寝ちゃったのか。この様子だと、綾瀬には見つからなかったみたいだな)
と、直江は狭い土管の中を四つん這いで歩き、出口の方へと向かう。
そして、そこから顔だけだし、周囲の様子を窺う。
「…………」
綾瀬が付近に居る様子はない。
それにしても、すっかり夜だ。
直江が土管に隠れた時は、まだ夕方だったのに。
ふとスマホの時計を見ると、深夜十二時を過ぎている。
(もう手遅れだと思うけど、家族に心配かける前に早く帰ろう)
直江はため息一つつき、意識を戦慄鬼ごっこモードから切り替える。
そして、土管から出ようとしたその時。
「きゃぁああああああああああああああああっ!」
間違いない。
聞こえてきたのは柚木の声だ。
さらに続いて聞こえてきたのは――。
「おうおうおう、こんな時間に一人で出歩いて悪い子だなぁ」
「俺達が遊んでやろうか?」
「気持ちよくしてやるよぉ~、まぁ俺達も気持ちよくさせてもらうけどなぁ」
などなど、聞いたことのない男達の声。
直江はすぐさま声が聞こえてきた方を見る。
するとそこには。
怯えた様子の柚木。
そして、それを取り囲むいかにも不良といった様子の男達。
(っ……あいつら、この辺りで有名な不良グループ!)
直江の記憶が確かならば、この前他校と盛大にやり合った結果。
様々な方から徹底的にマークされていると聞いている。
なんにせよ。
(このままじゃ柚木が危ない! 早く助けないと!)
と、直江はすぐさま土管から飛び出ようとする。
その瞬間。
「ごふっ!?」
「ぎゃふっ!?」
「あふんっ!」
と、吹っ飛ばされる不良たち。
さらに――。
「おまえらさ、あたしのことバカにしてるのか?」
聞こえてくるのは柚木の声。
見れば、彼女は普段と全く異なる様子で、不良たちへと言葉を続ける。
「言ったよな? 本気でやれって……そんないかにも演技みたいな演技で、直江の心が動かせると思ってるのか!?」
「「「ひぃ!」」」
「いいか? 襲われてるあたしを見て、直江が助けに入る。おまえ達は直江にわざと負けてボコボコにされる……そして」
と、自らの体を抱きしめる柚木。
彼女は身体をクネクネ、恍惚とした様子で言葉を続ける。
「直江とあたしは恋におちるんだ……日頃のちょっと抜けた幼馴染キャラをクソみたいに演じる伏線――あれを芽吹かせるきっかけが、おまえらなんだ……なのによぉ」
「「「あ、あばばばばば……」」」
かわいそうに。
完全に震えてしまっている不良たち。
そんな彼等に対し、柚木は続けて言う。
「あばばじゃねぇよ……返事は『はい』だろ? なぁ……忘れてるかもしれねぇけどさ、五年前におまえらボコしたのは誰だ? おまえらが服従誓ったのは誰だ?」
「「「ゆ、柚木の姉御です!!」」」
「あぁ、そうだよな……なのにどうして、おまえらはあたしの言う通りにできねぇんだ? そんなに難しいこと言ってるのかな、あたし」
「「「…………」」」」
不良たち。
柚木の眼光のせいに違いない、泡を吹きかけてしまっている。
それにしても。
(嘘……だよね。あれが、柚木? 本当、に……?)
完全に別人だ。
直江の中の柚木はこうだ。
『た、大変だ直江! シートベルトが締まらない! 締めてくれ~!』
『なーおえ、このチョコ頑張って作ってみたんだ! 食うか?』
『わぁ~! 直江~~~! このキャラ勝手に動く!』
けれど、直江は確かに聞いた。
さっき柚木はこう言ったのだ。
『日頃のちょっと抜けた幼馴染キャラをクソみたいに演じる伏線』
と……。
ようするに、直江が知っている柚木など、存在していなかったのだ。
それは柚木が演じている仮想人格でしかなかったのだ。
(地味にショックだ……というか、今日だけで色々あって、なんか人間不信になりそうだ)
と、直江が考えた。
まさにその時。
「ところで、柚木の姉御はどうして……いったいその直江って奴のどこが、そんなに好きなんすか?」
不良たちのうち一人。
彼のそんな声が聞こえてくるのだった。