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6話:現世界

「こいつはうまいな! 碧の言う通りめちゃくちゃジューシーじゃん!」


 充は目を光らせながら必死に頬張っていた。

 最初に来たのは、新店の唐揚げ屋さん。金曜日の碧のメールを見てから充が行きたくてたまらなかったらしく、今はこうして願いを叶えることができていた。


 新店であり、休日である二つの事柄が前以上の行列を作っていた。それがまた一層唐揚げを魅力的に見せていたのかもしれない。


 前で美味しそうに食べている充を見ながら俺も持っていたカップから一つ取り出して頂く。

 視線を横へずらすと可奈が千尋に唐揚げを食べさせている様子が見える。ここに来てから付きっきりな可奈に心を許したのか千尋も楽しそうに食べている。見てて微笑ましい光景だった。


「いただきっ!」


 よそ見していた俺の横から碧の声が聞こえた。同時に持っていたカップが軽くなるのを感じる。


「相変わらず、食い意地が張ってるな」

「ふふふ。だって、ここの唐揚げが美味しいんだもん」


 碧は美味しそうに俺からとった唐揚げを食べている。


「すきありっ!」


 すると今度は碧の横についた充が碧のカップから唐揚げを取っていた。


「あ、私の唐揚げ!」

「ふっ。碧もまだまだだな!」

「私の唐揚げ……」


 碧は自分の取られた唐揚げを見て思わず涙を浮かべていた。


「碧ちゃーん、それはずるいと思うんだけどな。はい、すみません」


 充は自分の持っていた唐揚げと元々碧のだった唐揚げ二つを碧へと渡した。結論からすれば、碧が充の唐揚げを取ったと言うことになっている。

 自ら手を加えることがなく、唐揚げを取るなんてこれが碧の真骨頂といったところだろうか。


「くそ、失くなった一つは可奈から取り上げて来るしかないか」


 充は悔しがりながら可奈の元へと近寄っていった。対する可奈は千尋にあげるためのも

のを取られるわけにはいかないからなのかいつにも増して好戦的な態度を取っていた。

 前にいる碧はもらった唐揚げを美味しそうに食べている。

 朗らかな雰囲気を堪能しつつ、最後の一個をカップから取り出した。


 ****


「猫カフェだー!」


 店の前にやってくると碧が目を光らせながら叫ぶ。調べた限りでは商店街内には猫カフェは一つしかないとレア物だったらしい。それも最近できたばかりで大きさと新しさの両方が量的に兼ね備えられた空間になっているようだ。


「ここってたくさんの猫と戯れることができるんだよね?」


 横にいた千尋も碧と同じく目が光っていた。


「まあ、猫カフェだからな」

「そうだよ。ああ、猫と楽しく戯れている千尋ちゃん。これは携帯が疼きそうだわ」

「そんなにたくさん写真撮らないでくださいね。恥ずかしいですから」

「大丈夫よ! ベストショットさえ取れればそれでいいから。あとはそれをLineのアイコンにするだけ」

「だから恥ずかしいって言ってるじゃないですか、ダメですって!」

「千尋ちゃんはもっと自分に自信を持って。私が保証する。千尋ちゃんはとっても可愛いから!」

「ほ、本当ですか」


 千尋は上目遣いで可奈の方を覗く。可奈は不意に顔を千尋から遠ざけ、口を手で隠した。


「どうした? 大丈夫か?」


 いきなりの行動だったので、気分が悪くなったのかと可奈に近寄る。


「龍、あんたには感謝してもしきれない。ありがとう、千尋ちゃんという世界一可愛い女の子を連れてきてくれて」

「あ、ああ……それは良かった」


 目を光らせている可奈に思わずたじろぐ。

 今までに見せることなかった可奈の思わぬ一面に未だ困惑は止まらない。これは可奈の心の闇なのかもしれない。やっぱり、洗浄してやらないといけないかな。


「おーい、三人とも中に入るぞ」


 困惑していた俺に救いの手を差し伸べるように充が声をかけてくれる。充の言葉に耳を傾けた千尋が歩き出すことで磁石のようにひっついている可奈が俺から離れていく。


「大変だったな、龍さんよ」

「可奈って昔からあんな感じだったのか」

「中学校の頃も後輩の面倒見良かったし、困っている後輩がいればすぐに声かけたりしてたから年下好きなんだよ。それに加えて千尋ちゃんのルックスが可奈好みだったからハートを射止められたんだろ、これからは大変なことになるな」

「やっぱ、可奈は一度心を洗浄するべきかな」

「ははっ。なんだ、最近お前の中でブームなのかそれ」

「まあな。今はミドルネームを多様化させることに精を注いでいる」

「結構楽しそうにやってるな。でも、可奈いじりなら俺もやらざるを得ないな」


 俺と充の中で新たなる遊びが決まったところで猫カフェへと足を運んでいった。

 店内に入ると受付の店員さんに声をかけられる。受付で一時間のふれあいタイムを選んだのち、いよいよ猫のいるルームへと入っていく。


「猫だ!」


 ルームに入ると猫を見つけた碧が猫の元に駆け寄っていこうとする。


「碧、大声は出さない。それから追いかけるのは禁止だぞ」


 テンションの上がった碧に水を差しておく。碧は「了解しました」と敬礼のポーズを見せ、猫にゆっくりと近づいていく。


 その間に可奈と千尋も別方面にいた猫と戯れていた。

 せっかく猫カフェに来たのだから俺も猫と戯れようと周りの猫を見渡す。できるだけ大人しそうなやつあるいはのんびりしたやつが好ましい。


 自分で立てた条件のもと猫を選抜しようとするとふとあるものが俺の視界に入って来た。


「ここ、テレビがあるのか」

「みたいだな。猫と一緒にテレビ視聴っていうのも面白そうだな。なんか画面見て目丸くする猫って見てて面白いし」


 隣にいた充が俺の言葉に答えてくれる。テレビを見て目を丸くしている猫か。想像すると確かに面白そうなものであると思った。


 よし、選抜は完了した。

 歩き出し、俺はテレビのある方へと足を運んでいく。テレビの前にはソファーがあり、そこに座るとテレビを覗いた。


「龍、猫さんはどこに行ったんだ?」


 静かにテレビを見始めた俺に充が訝しげに声をかけて来た。


「今の俺は猫よりも魅力的なものを見つけてしまったんだ。だからここに来た」

「ここは家電カフェじゃないぞ。よいしょっと」


 充は一匹の猫を抱いて俺の横に座る。充のやつ捕まえてくるのはやいな。


「全く、メディアに疎い奴は奇抜な行動をするな」

「仕方ないだろ。テレビなんてもう数年間くらい見てないんだ。いざこの場で見ることができると言われたら体が動いちまうよ」

「でも、千尋ちゃんは見に来ないぜ」

「千尋はテレビよりも猫の方が似合うからな。あと、千尋がテレビ見ようとしたら可奈のやつが全力で止めるだろ」

「ああ、後者は何と無く分かりそうな気がするな。それにしても、ニュースなんてこんなところで見るのは場違いじゃないか?」


 今俺たちの目の前にあるテレビではニュースが映し出されていた。確かにこのほんわかした雰囲気に殺人事件の話なんてされたら雰囲気がだだ壊れだ。


 だが、今の俺はニュースといったテレビの内容よりもテレビを見るという動作に惹かれているためさして問題はなかった。


「バラエティとかに変えようぜ」


 充は近くにあったリモコンを取り出す。俺たち以外にも客はいたが、みんな猫と遊ぶことに夢中になっており、テレビを見るなんて家でもできることをする特殊な人間は俺たちくらいであったため変えても問題はなかった。


「続いてのニュースです。また一人『むしつ病』感染の被害に遭いました。これで今年に入って、二人目です」


 ふと目の前のテレビからそんなニュースが流れ始める。


「龍……」


 俺はしばらく呆然とそのニュースを見つめていたが、充の言葉によって我に返った。


「あ、悪りー」


 気づいた時、俺は充の手を握ってしまっていた。無意識のうちにチャンネルを変えることを拒んだのだろうが、握って

いた場所が悪く今はバラエティのチャンネルに変わってしまっていた。


「急にどうしたのかと思ったが、気になったのか『むしつ病』」

「あ、いや、これと言って気になる要素はなかったんだがな」

「チャンネル戻すか?」

「いや、いいや。病気の話なんてこんな場所で聞くことでもないだろう」

「そうか。じゃあ、遠慮なく見させてもらうぜ」


 充はそういうと目の前で座っている猫を撫でながら画面へと目をやった。

 俺も気を紛らわそうと画面へと目を向ける。だが、やっぱり先ほどのニュースは俺の頭から全く離れてくれなかった。

 すると、俺の膝の上に一匹の猫が登って来た。その猫はおとなしくその場に座り込む。


「なんだ。何もしてないのに懐かれちまったな。これは碧ちゃんに憎まれるぜ」


 充は微笑みながら向こう側に顔をやった。つられて俺もそちら側に目を向ける。

 そこには必死に猫を捕まえようとする碧の姿があった。未だに碧はお気に入りの猫に手

を出せていないようだ。


「確かに、碧に怒られてしまいそうだな」


 俺は碧の様子を微笑ましく思いながら、猫の頭を撫でた。

 気を紛らわせてもなお、頭の中から先ほどの言葉が離れることはなかった。

『夢失病』という名の病のことが。


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