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2話:異世界

「ここは?」


 ふと気がつけば、俺は再び見知った空間にいた。その空間は暖かく、目を瞑ればまた眠りに落ちてしまいそうなほど心地よかった。


「昨日ぶりですね」


 まだ意識がハッキリとしない中、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来る。だが、その喋り方が俺の知っているのとは異なるため違和感が否めない。


 声につられるようにして後ろを振り向くと、碧の姿がそこにはあった。

 どうやら俺はまた夢の続きを見ているようだ。とはいえ、もうかれこれ二年近く続きを見ているのだから驚くことはない。


「碧はずっとここにいたのか?」

「そうではないですよ。私もちょっと前にここに来たばかりです」


 ということは碧も少し前に寝たということだろうか。いや、どのタイミングでこの世界に飛ばされるかはわかったものではないから不確かなことであるか。


「ここから先は歩きながらお話ししましょうか」


 碧は一度こちらへと微笑むと城の外へと足先を向けて歩いていった。俺も彼女に従うようにして歩いていく。


「今回は扉周りから、龍くんが抜け出せるヒントを探していこうと思っています」

「外に出て行って大丈夫なのか?」

「安心してください。龍くんは私が守ってみせますから」

「そういえば、碧はどうやってあの黒い影を退治しているんだ?」

「これですよ」


 碧はそう言うと右手をこちらへと見せてきた。右手の中指にはリングのようなものが見られた。


「このリングから発せられる光で黒い影を浄化することができるんです」

「俺にもそう言う武器があればよかったんだけどな」

「ふふふっ。そのうち手に入れることができますよ。だから今は私に任せておいてください」

「助かるよ」


 付いていくような形で碧の後ろを歩いていく。

 外に出ると黒い影が襲って来たが、先ほどののリングの力で碧から発せられた光が黒い影を消滅させていった。

 少し気になったのは、今回の黒い影の形はカンガルーではなく、クマのような形をしていることだった。


「今日の遊園地は楽しかったですか?」


 扉の方へと歩いていると不意に碧から声をかけられる。


「とても楽しかった。まだ体が痛いのだけが難点だけどな」

「ごめんなさい。私のせいで龍くんに迷惑をかけてしまって」

「いや、そんなことはないさ。碧はお化け屋敷を楽しむことができたか?」

「はい! とても楽しませてもらいました。途中、龍くんに引っ張ってもらったこと含めて全て思い出深いものでしたよ」

「ははっ。それなら体を痛めたくらい何も思わないさ」

「相変わらず、優しいですね。そういうことを言われるともっと甘えたくなりますよ」

「優しいのは碧の方さ。何もわからなかった、記憶のなかった俺のそばにずっといて、励ましてくれたんだからさ」


 今も忘れない。記憶を失って、訳もわからなかった俺に碧は優しく手を差し伸べてくれた。ずっとそばにいてくれた。二人で培って来た記憶を失くしてしまって、碧の方も辛いことがあったはずなのに。同じ思い出を共有できない辛さがあったはずなのに。何も気にする素振りを見せないまま碧は俺と接してくれた。


 ようやく扉付近に到着し、円状のこの空間をなぞるように俺たちは円を描き始めた。


「私は早く龍くんに元気になってほしいんです。記憶がなくても、思い出が無くなってしまっても、これから新しく作っていけばいいんですよ。まだまだ人生は長いですからね」


 この世界の碧は本当に大人びている。いつも見ている無邪気な碧とは一味違って、なんだか変な気持ちになるが、こういう碧も悪くはないと思っている。


「どうかしましたか?」


 何も言わなかった俺が気になったのか、目を丸くした疑問の表情をしてこちらを見る。


「いや、この世界の碧は落ち着いていて、凛々しいなって」

「あんまりお好きじゃないですか? ちょっと変わった私は」

「そんなことないさ。また違った碧の姿が見られて幸せさ」

「あんまり褒め過ぎるのは良くないと思いますよ。そういうことされると気持ちを抑えられなくなりますよ」

「碧なら、平気さ。俺たち付き合ってるんだから」

「そうですね。では、またあっちの世界に戻ったら存分に甘えてしまいますね」

「どんと来いだ」


 しばらく歩いてみたが、特にヒントとなるようなものは見られなかった。

 一つ分かるのは、空間の壁には黒い影が一面を覆うようにして貼られており、その影は地面まで伝っているということ。地面を伝った影の移動向きを確認するとそこには城が見えた。


 さすがにこの様子を見て、この世界が平穏であるなんて誰も思わないだろう。

 きっとこの碧の世界にはよくないことが起きていてそれを止めるべく俺はこの世界に呼ばれたのではないだろうかとそう思わされた気がした。


 俺の脱出方法が暴かれてしまうのが先か。はたまた、碧の世界について暴かれるのが先か。


「なあ、碧。少し中学校時代の話をしてくれないか?」

「どうしたんですか? いきなり、そんなこと言って」

「いや、昔もこうやって碧といろんなところに行って、楽しくしていたのかと思うとちょっと悔しくてな。だから碧に昔はどんなことをしていたのか教えてほしいんだ」


「さっきは未来で新しい思い出を作って行きましょうって言ったのに、過去の話が欲しいなんて龍くんは欲張りですね。仕方がないですね。じゃあ、中学校時代の遊園地の話をしましょうか。私は体が弱くて『ジェットコースター』など動きの激しいアトラクションに乗ることができませんでした。それを思ってか龍くんは私が乗れるようなアトラクションを片っ端から乗ることをしてくれましたという龍くんの優しさがにじみ出るお話です」


「それは優しさじゃなく、当たり前のことだよ。さすがに一緒に遊びに行ったのに碧が乗れないアトラクションを選ぶわけないって」


「ふふっ。そうですかね。でも、龍くんの場合それだけではないんですよ。これは千尋ちゃんから聞いた話なんですけど、私が無理を言って二人を『ジェットコースター』に乗せた時に龍くんが言っていたんですって。『碧もいつかこのアクションに乗れるといいな。碧はこういう系のアトラクション大好きなはずだから、もし乗ることができたらきっと今まで以上に楽しんでくれるに違いない』と本人を気にしながらもずっと、一人で私の病気の回復を願っててくれていたんですよね」


「千尋のやつ、そのセリフをよく本人に伝えたな。なんか恥ずかしくなってくるよ」

「いいじゃないですか。それを聞いた私はとっても幸せな気持ちになったんですから。他にも龍くんの優しさがにじみ出る話はありますよ。例えば、花火大会の日。大勢の人が集まっている中ではぐれてしまった時も必死に汗水垂らしながら私を探してくれたり。はたまた、商店街で転んで靴を破いた時に、靴を買ってきてくれたりと」


「自分で言っておいてなんだが、随分と鳥肌がおさまらない話だな」

「ふふっ。それだけ思っていてくれているってことなんですかね。私は幸せ者ですよ」


 自分の話を聞かされるっていうのは結構恥ずかしいものだと思わされた。でも、口調から楽しそうに話してくれている碧を見て、昔も今みたいに楽しく遊んでいたのだと嬉しくなった。


 結局最後までヒントとなるものは見つからなかった。

 一旦、城へと戻っていくことにする。城へ戻る最中、現れた黒い影はカンガルーとクマの両方の形をした影があった。


「結局、何もヒントは得られませんでしたね」

「そう……だな」


 ひとまず、俺がこの世界から抜ける方法のヒントが何もなく安堵したが、碧の過去とこの黒い影の関係性のヒントも何一つ得ることができなかったから両者一歩も踏み出せずと言った感じだ。


「では、次はこのお城を調べて見ましょうか」


 今度は城を探索するために碧は歩きだした。この城の空間は外に比べると空気が暖かく、心なしか泡の数が多いと思われる。つまり、ここは碧に関して、要となる部分を象徴しているのではないかとそう思わされた。


 ならば、この場所で碧に隠された何かを見ることができるかもしれない。

 俺も歩きだし、碧へとついていく。

 刹那、目の前の碧がふらついているのが目についた。ほんの少し、小走りになり碧の元へと駆け寄る。


 碧のふらつきはおさまらず、地面に倒れるように体が揺れる。

 すぐに碧のそばにより、倒れる碧に体を沿わせる。


「大丈夫か?」

「すみません、少し頭がクラクラしてしまいまして」


 碧は照れ笑いを浮かべながらこちらを見る。ひたいから汗が見られる。腕から感じられる碧の体温は高いような気がした。


「少し休んだほうがいいかもしれないな」

「ごめんなさい」

「謝る必要はないさ」


 碧を担いで休められる場所がないか視線を張り巡らせる。

 ふと目の前に黒い影が見られた。影は三つに分担されており、一つ一つが徐々に形づけられていた。

 城の中に影が見られるなんて現象は今までなかった。なのになぜ今ここに影があるんだ。


 考えている間に黒い影は形づけられ、サソリのような形をした影三体目の前に現れる。

 一体がこちらへと近づいてくる。逃げようかと思ったが、碧を抱えているが故、うまく足を動かすことが困難だった。

 サソリはみるみるうちにこちらへと距離を詰めていく。


 ある程度詰まったところで、不意をつくようにこちらに向かって飛んでくる。勢いは衰えることなく、俺ヘ突撃する形になる。


 強打で碧を手放し、城の廊下を舞うようにして吹きとばされる。


「龍くん!」


 碧の叫び声が聞こえた。地面に体を強打し、その場に倒れこむ。

 倒れながらもサソリの方へと視線を向ける。俺を吹き飛ばしたサソリは碧を見向きもせず、こちらへと近寄ってきた。

 やはりこの影は碧を襲うことはないようだ。ならば、自分自身にだけ注意を払うだけでいい。


 だが、俺の安堵はすぐに砕け散ることになった。

 後ろにいた二体のサソリは歩いてくると碧の目の前で止まった。


 慌ててその場に立ち上がる。今までとは違ったイレギュラーな出来事に心がざわめき始めていた。

 碧の元へと近づいたサソリは触肢の部分を碧の体へと突き刺す。すると碧に吸い込まれるようにしてサソリは碧いの中へと入っていった。


「ああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 影を取り込んだ碧の悲鳴が城中に響き渡る。

 反射的に体が動いていた。でも、それを止めるように目の前のサソリが俺を阻む。

 腕でなぎ払おうとするが、その腕を触肢で掴まれる。


 そのまま俺の中へと入り込むようにサソリは消えていった。

 瞬間、体に激痛が走る。動くことが様にならず、その場で倒れこむ。激痛は治ることなく、全身へと広がっていく。

 それでも、視線だけは碧へと向けた。


 悲鳴をあげて悶えている碧に容赦なく、もう一匹のサソリが触肢を碧に突き刺した。そのサソリも前と同様、碧に取り込まれていく。


「嫌だ、嫌だああああーーーーーーーーーー!」


 碧の悲鳴はとどまることを知らなかった。そんな碧を助けにいきたいのに。体が全くいうことを聞かない。まるで自分の体ではないかのようにピクリとも動いてくれないのだ。


 あ、お、い!

 

 心の中で叫ぶが、本人に聞こえるわけもなくうずくまって悶えている彼女を見つめるこ

としかできなかった。


 碧の体に黒い影が覆うようにして発生する。まるで火に焼かれているよな光景だった。


「助け、て。龍くん……」


 碧の声に意識は反応するのに体は全く反応してくれない。

 なんなんだよ、これ……

 必死に脳は体に命令を送っているのに全く応答をしてくれない。何回も何回も送っているのに返事が返ってこない。


 やがて脳は疲れたのか視界が歪んでいく。

 何もできない自分が悔しかった。碧にあんな話をされたばかりなのに苦しんでいる彼女を前にして、何もできない自分が憎かった。


「龍くんと一緒にいたいな」


 不意に脳に碧の声が流れ始める。

 どういうことだ。考える間もなく、俺の意識はプツンと切れた。


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