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4話:現世界


 複数のアトラクションを楽しんだ後、俺たちはランチタイムに入ることにした。


「じゃあ、私が買ってきます。お兄ちゃんたちは何がいい?」


 席を確保すると千尋が俺たちに注文内容を訪ねて来る。


「別にいいのに。自分の分は自分で買って来るよ」

「いえいえ、いいんですよ。今日誘ってもらったんですからこれくらいはさせてください」

「でも……」

「いいんです! 私が買ってきます。だから二人はここで楽しい話でもしててください」

「千尋の意志は堅そうだ。俺はホットドッグを頼む」

「じゃあ、私もそれをお願いしようかな」

「わかりました。では、買ってきますので二人は楽しい話で盛り上がっていてください」


 千尋はそそくさとこの場を立ち去るようにして離れていった。きっと千尋のことだから二人で話す機会を作ってくれたのだろう。だからって「楽しい話で盛り上がっていてください」なんてハードルを上げなくてもいいとは思うんだけどな。

 せっかく妹が与えてくれた機会なのだ。ここで少しでも動き出さないといけないな。


「いやー、それにしてもまだ春になったばかりなのに暑いね」


 天気は快晴。空からは高熱を携えた光たちが降り注いでいた。


「そうだな。それで次はどのアトラクションに乗ろうと思うんだ?」

「次か……こんなに暑かったら涼しくなりたいよね。ということで『お化け屋敷』に行こうと思ってる」

「お化け屋敷か。千尋が怖くて逃げ出さないのを祈るばかりだな。あいつ、そういうの苦手そうだから」

「大丈夫だよ! いざとなったらは私がなんとかしてみせるから」

「碧はオバケが大丈夫な方なんだっけ?」

「うんうん、全く大丈夫じゃないよ」

「はっ? じゃあ、なんでそんな台詞を言えたんだ?」

「こう強がることでもしかするとオバケも克服できたりしてって思って」


 碧は片手を後頭部に置いて、「てへへ」と言いながら搔き始める。碧と千尋の二人を相手にするなんて今回は大変なことになりそうだな。


「それでも、お化け屋敷に入れるようになったことは進歩だよな」

「ははは、それは病気の話になっちゃうからね。『ジェットコースター』とか『お化け屋敷』に入れるようになって良かったな。人生の半分くらい損するところだったよ」

「良かったな。中学校の頃もこうして三人で遊園地行ったりしたのか?」

「うん、行ったよ。でも、その時はまだ私の病気は良くなかったから龍くんと千尋ちゃんで『ジェットコースター』とか『お化け屋敷』に行ってたんだけどね」

「なんか悪かったな。碧をおいて何かしちゃって」

「うんうん。私はただ二人といるだけで楽しかったから、あんまり気にしてなかったよ」

「そうか。でも、今はこうして三人で乗れてるわけだからより一層楽しめそうだな」

「そうだね。私もこれからはたくさん楽しみたいと思っている。これからはたくさん!」


 碧はカバンにから遊園地の地図を広げて机の上へとおいた。「どこに行こうかな」と楽しげに眺めていた。

 話通りだとやはり碧の病気は軽くなっているようには思う。もしかすると俺の不安はただの思い込みに過ぎないのかもしれない。


「お待たせしました〜」


 少し経った頃、千尋が手におぼんを持ってこちらへと歩んできていた。

 お盆を机に置き、本人は椅子へと座る。


「では、召し上がってくだい」


 おぼんには頼んでいたホットドッッグが二つとドリンクが二つ置かれていた。


「千尋の分はどうしたんだ?」

「えっ? 私の分……あっー! 買うの忘れてた!」


 絶叫する妹に思わず渋い顔をしてしまう。こういうところを見ると普段ちゃんとしてそうな妹に可奈のようなものを感じる。やっぱり、洗浄するしかないかな。


「私の半分あげるから一緒に食べよ!」

「いいんですか。ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。二人で食べた方が美味しくなるし」


 碧は自身のホットドッグを半分にちぎると千尋の方へと渡した。


「じゃあ、俺はドリンクだな。千尋、好きなだけ飲んで構わないから。余ったのをもらうよ」

「ド、ドリンク。でも、ストロー一本しかないよ」

「それが何か問題でもあるのか?」

「あー、いや。うんうん。何も問題ないよ」


 千尋はホットドッグを置いて、俺のドリンクを取る。そのまま勢いよく吸って飲んでい

った。二人で共有して何が問題だろうか。思春期特有の悩みでもあるのだろうか。


「はい、ありがとう……」


 ドリンクを飲み終えると俺の方へと差し出す。受け取ると中からの氷の音が凄まじかった。


「おい、千尋。これ中身ないんだが」

「ははは。何のことかな……」


 問題っていうのはこういうことか。千尋のやつどれだけ喉渇いているんだよ。


「千尋ちゃんは相変わらず、面白いな。龍くんは私の飲んで」


 碧は自身のドリンクを俺の元へと差し出す。言葉に甘えて俺はドリンクをとった。


「碧さん、このホットドッグおいしいですね」


 千尋は先ほどの悪戯をなかったことにするかのように美味しくホットドッグを食べ始める。千尋にはこの後の『お化け屋敷』で痛い目にあってもらおうと心なしか彼女の不幸を願ってしまった。


 ****


「ほ、本当に入るんですか? 入っちゃうんですか?」


 碧の腕につかまりながら、千尋は許しを乞うような形で話しかけている。


「うん! せっかく入れるようになったんだもん。入らないわけにはいかないよ」


 千尋の拒否の意は碧には全く届いている様子もなく、碧は意思を固める。理由が理由なだけに千尋はうまく言葉を出せないでいる。


「もしもの時は俺が腕を貸してやるよ」

「だ、大丈夫。お兄ちゃんなんかに貸してもらわなくてもなんとかするよ」


 強がっているのか、俺には頼る様子を見せない。


「で、でも……もしもの時はお願いします」


 少し間をおいて、強がりはすぐに崩れていった。「わかったよ」と優しく声をかけて応じる。


「では、次の方どうぞ」


 目の前にいたスタッフさんに声をかけられ、俺たちの番が来たことを告げられる。


「じゃあ、行くよ!」


 碧は克服できていないにもかかわらず、果敢に入り口へと入っていった。それに引っ張られる形で千尋も一緒に入っていく。俺は二人について行くような形で中へと入っていった。

 先ほどまで明るかった視界はすぐに薄暗い空間へとシフトしていく。肌にはほんわかした涼しさが触れた。


「暗いね。前があまり見えないよ」

「碧ちゃん、あんまり早く行かないでください」

「お化けはどこにいるのか?」

「碧ちゃーん、だからあんまり早く動かないで。私に腕を貸してください」


 前の二人は全く噛み合わない会話を重ねながら進んでいく。あんな調子で千尋の精神が持つのであろうか。ちょっとばかり不安になってしまう。


 にしても、明るかった空間から急に暗い空間へと入って来たからだろうか視界が全く見えない。だからだろうか、今はお化けが出る気配を全く見せない。


「ゔおおおおああああああああアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 刹那、前の方から奇妙な声が聞こえて来た。同時に、肩から重圧をかけられる。

 あまりにも急だった出来事に俺の体制は絶えることができず、その場で尻餅をついてしまった。


「痛ってえー」

「いやー、ごめんね。龍くん」


 目の前から碧の声が聞こえてくる。思いもよらないお化けの登場に驚愕してこちらに飛びついて来たのだろう。


「あははは、すごい驚いちゃった」


 怖がっているという様子は声音からは見られなかったが、俺の身体に触れていた碧の身体ははっきりと震えていた。


「次からは俺が前にいた方が良さそうだな」

「うん、宜しくお願いします」


 碧を持ち上げるように力を入れながら立ち上がる。碧も自分自身を起き上がらせようとしたのか力を入れているような気配を見せるが、効果は逆に及んでおり、俺が立つことの妨げとなってしまっていた。


 立ち上がると碧は「安心、安心」と言いながら俺の手を握る。そこでふとあることに気づいた。

 一度碧の方に視線を向ける。ある程度くらい場所にいたからだろうか、視界は周りの情景をうっすらと捉えられるようになっていた。


 碧に視線を向けて確認した後、前の方を覗く。

 すると目の前には、膝を地面につけながら体をお化けのいる方に向けた千尋の姿があった。


「ち、千尋……」


 そっと、千尋に聞こえるような声量で声をかける。千尋は意識を取り戻すかのように体をピクリと動かした後、顔をこちらへと向けた。


「お兄ちゃん、私……腰が……」


 泣きじゃくるような涙声でこちらへと話しかけてくる。腰がというワードが出て来たあたりで、千尋に何が起きたのかはおおよそ把握できた。


 手を握りしめた碧は相変わらず、「安心、安心」と呪文のような形で唱えている。

 ため息をつきつつ、千尋のところまで歩いていき、しゃがみこむ。


「おんぶはできないけど、肩くらいは貸すよ」

「お兄ちゃん……」


 千尋は俺の肩に腕を乗せる。それを見計らって立とうとするが、千尋は腕しか力を入れることができないため数十キロの物を持ち上げるような形で立つこととなった。


「二人ともしっかり捕まっててくれよ」


 二人からの返事はない。強いて言えば、碧からの「安心」があったくらいだった。

 再度ため息を俺は二人を抱えて道を歩いていった。

 どうやらお化け屋敷で痛い目を見たのは俺だったかもしれない。体に加わった重圧にそう感じさせられた。


 ****


 地獄のような体験だった。確かにあそこは恐怖の館だったのかもしれない。

 体に何十キロもの重りを抱えて迫りくるお化けを対応するのは至難の技だった。


 なんとかお化け屋敷を出たところで俺の体は限界を迎え、今はこうしてベンチで休んでいる。

 屋根のあるベンチでダラっとしながら他の家族や恋人たちが楽しんでいるアトラクションを見るのもなんだか楽しいものだった。


 碧と千尋はお化け屋敷を抜けるとすぐに元気になり、他のアトラクションへと行ってしまった。最初は俺のことを気にしてくれて「もう帰ろうか」と言ってくれたが、せっかく遊園地にタダでくることができたのだ。時間の許す限りは遊びたいだろう。


 だからと言って体の痛い俺が何をできるわけではなく、ここでじっとしているしかないのだが。

 ふと、近くにあった時計に目を向ける。

 時刻は5時を回っていた。もうそろそろ二人が帰ってくる時間だろう。


 ダラっとした体を戻すように上体を起こしていく。

 体をほぐすように回し、痛みを和らげるように手で揉んでいく。


「龍くん、お待たせー」


 ほぐしていると碧の声が遠くから聞こえて来た。ベンチから立ち上がり、声の方へと歩いていった。


「十分に楽しめたか?」

「うん。でもごめんね。私たちのせいで龍くんが休むことになっちゃって」

「別にいいさ。またいつでもこれるしさ」

「あの、お兄ちゃん。これ、待っててくれたお礼」


 千尋は手に持っていた、チュロスを俺へと渡す。「ありがとう」と言い、受け取る。何もしていなくても小腹はすくものである。早速いただくことにした。


「おいしいな」

「ほんと! よかった」


 千尋は安堵から胸をなでおろす。俺が起こっていると思っていたのだろうか。


「ふふふ。よかったね、千尋ちゃん。じゃあ、行こうか」


 俺たちは出口に向かって歩き出した。


「ミラー迷路すごかったんだよ。ちょっと気を抜いたらおでこを鏡にすぐぶつけちゃうくらい。精巧に作られてて、千尋ちゃん、たくさんぶつけていたの」

「ち、ちがっ! 碧ちゃんだってたくさんぶつけてたじゃないですか」

「ははは、バレたか。でも、私の方が先に抜け出せたんだよ」

「そ、そこは否定しませんけど。でも、その次のシューティングは私の方が、点数が上だったんだよ」


 碧と千尋は自分たちが乗ったアトラクションについて話してくれた。

 二人の話し方からして十分に楽しんだように思えてなんだかホッとした。俺のことを気遣って、あんまり楽しんでくれないかもしれないと不安だったが、取り越し苦労だったらしい。


 俺は楽しく話す二人を見て、また三人で来たいと思った。


 ****


「じゃあ、私はここで」


 碧は俺たちより二つ前の駅で降りた。

 手を振る彼女に俺も千尋も手を振り返す。碧は電車が出発すまでの間手を振り続けていた。


「今日は楽しかったね」


 千尋は思い出に浸るような形で俺へと語りかけてくる。


「お化け屋敷も楽しかったか?」

「えっと、とても怖かったけど、うん。楽しかったよ」

「そっか。俺はあまり楽しくなかったけどな」

「えっ! やっぱり、私があんなことしちゃったから。その……ごめんなさい」

「うそうそ。楽しかったよ。千尋の普段は見せない姿が見られたからな」

「うっ! 楽しんでくれたのは良かったけど。その言い方はないよ。お兄ちゃんにあんな姿見られた私は恥ずかしかったんだよ」


 千尋はため息をつきながら、前の景色を見る。目の前には街の風景が広がっていた。


「中学校の頃も三人でこうやって楽しく遊園地行ってたんだよな」

「えっ。うん、そうだよ。でも、碧ちゃんは昔『ジェットコースター』に乗れなかったん

だ」

「知ってる。『お化け屋敷』もダメだったんだってな」

「うん。だから、今こうしてその二つを楽しんでいる碧ちゃん見るとすごい嬉しいんだ」


 ふと千尋の声が少しだけ掠れているように思えた。思わず、そちら向いてしまう。


「千尋、涙が……」


 思わず、呆気にとられてしまう。


「え、私今泣いてた。嫌だな、もう……」

「お前、碧のこと大好きなんだな」

「そりゃ、だってもう十数年も一緒にいるから。なんか涙が止まらなくなっちゃった」


 周りの乗客が訝しげにこちらを覗いているのがわかる。特に何をしたわけではないが、なぜか罪悪感にかられるのはなぜだろう。


 気持ちを抑えつつ、ポケットにあったハンカチを千尋に差し出した。

 千尋はそれを受け取ると目にかぶせて涙が止まるのを待っていた。

 友達思いの妹の姿に思わず、ほおが緩んでしまった。


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