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1話:異世界

 その日の晩。

 俺はまた夢の続きを見ていた。

 扉を開けると大きな空間が広がっていた。


 空間内は温かく心地がいい。だが、地面や宙に漂う黒い不気味な影がその心地よさを妨げるものとなっていた。

 不気味な影に混ざって、いくつかの透明なシャボン玉が空中を彷徨っている。黒い影はその彷徨っているシャボン玉を一つずつ侵食するような形で割っていっていた。


 視界を広げて奥の方を覗き込むと大きな建物が映る。

 神々しく輝くお城のようなその建物はこの空間には異質であった。


 いや、本当は異質ではないのかもしれない。この空間に漂う黒い影に侵食されたことによって、そう錯覚させられているだけなのだろう。


 お城とそれを囲うように漂っている泡だけを考えれば、しっくりいく世界だ。

 ひとまず、その建物のある方へと歩いていく。心なしか、この黒い影たちもそのお城へと向かっているような気がする。


 一体この空間はなんなのだろうか? 皆目見当がつかない。

 刹那、目の前にある地面を這いついていた黒い影が浮き上がってくる。それは一箇所ではなく、数カ所に及ぶ場所で同じ現象を起こしていた。


 影たちは浮きがると密集していき、何かを形作っているような行動をとる。

 形作られた黒い影はある動物に似ていた。

 カンガルー。黒いカンガルーたちが、数カ所で作られていく。


 なぜカンガルーが。そう思った矢先、目の前にいたカンガルーがこちらへと体当たりをしようとした。

 反応瞬時、慌てて横にずれることで避けるが、バランスを崩しその場に転んでしまう。

 カンガルーたちは俺を襲ってくるのか。


 またすぐに今度は別のカンガルーがこちらへと攻めてくる。

 すぐに立ち上がり、今度はバランスを崩さないようにして避けていく。

 その反動を生かして、足に力を入れることによって、走り出す。


 目標は大きなお城。あそこに行けば、なんとかなるかもしれない。

 何もないこの空間では、隠れることができない。今はひとまず、避け続けて隠れる場所まで逃げるしかない。


 必死に走る。その間も、地面を這う黒い影たちはカンガルーを形作っており、数を増や

していっている。


 作られたカンガルー全員が俺に襲いかかってきており、必死にその攻撃を避けていった。

 この空間にきて、早々嵐のような出来事になるなんて思ってもみなかった。

 一匹、また一匹と目の前に現れるカンガルーたちを避けていく。


 お城まであと少し。全力疾走のため足がもたつき始める。

 俺の状況など御構い無しにカンガルーは勢いを増して増えていく。

 一匹、二匹とどんどん避け続ける。


 だが、限界がきてしまった。

 もたついた足同士が絡み合い、その場で大きくこけてしまった。

 待った無しのカンガルーは四方八方から取り囲むようにしてこちらへとやってくる。


 完全に詰みの状態だった。今更どうにもならない。

 誰か、助けてくれ!

 そう願った時、俺の周りから光のようなものがカンガルーに向けて、丸の字に広がっていく。


 光を受けたカンガルーたちは一匹、また一匹と数を減らしていく。

 彼らは知能が乏しいのか、俺を攻める以外に脳がないらしく、光に自らがあたりに行くような形でどんどん自害していく。


 結果、ほんの数秒の間に、形作られた無数のカンガルーたちは全て消えてしまった。

 どうやら、誰かが俺を助けてくれたようだ。


「よかった……」


 ひとりでに安堵の声を漏らす。もたついた足の影響で立つ動作が様にならなく、立ち上がることができなかった。


「でも、一体誰が」

「私ですよ」


 刹那、横から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 そちらの方へと顔を向ける。赤髪ロングヘアのおっとりとした目の少女がそこにはいた。


「碧……」


 いつものようにポニーテール、真ん丸い目ではなかったが、俺には一瞬で気づくことが

できた。さすがに長い間一緒にいれば、少し変わっただけでもすぐに気づける。

 碧は一瞬、ハッとした表情を見せながらもすぐに表情を戻した。


「よく気づいてくれましたね。はい、碧です」


 ニッコリと微笑ましい表情を見せる。少しだけ、いつもの碧よりも大人びた雰囲気をかもしだしていた。


「なんで碧はこんなところにいるんだ?」


 先ほどまでもたついていたはずの足はすっかり治り、すぐに立ち上がることができた。


「それはこちらのセリフですよ。龍くんの方こそなぜここにいるんですか?」

「いや、俺は彷徨っていたらここにたどり着いたんだ」

「彷徨っていたら、ですか」

「ちょうど開いている扉があって、中に入ったらここにたどり着いたんだ」

「……そうでしたか。では、一度お城の方へと来てください。話はそこでいたしますね」


 碧に誘われ、二人で目の前のお城へと足を運んでいく。

 それにしても、雰囲気がいつもの碧と違うのはなんだか落ち着かないな。

 お城の周辺までくると先ほどまで地面を這いついていたはずの影がすっかり消えてしまっていた。


 反比例する形で泡の量は先ほどよりも多くなっている。その場所は以下にも聖域とでも言うように、神々しい雰囲気を醸し出している。

 そこに住む碧はまるでお姫様のようだった。


「この場所は先ほどのような影は現れませんので安心してください」


 お城に入ると開口一番に碧がそう言った。


「碧はいつからこの場所に居たんだ?」

「ずっと、このお城にいましたよ。私が自我を覚えてからずっと。この空間はですね。私の世界なんです」

「碧の世界? この空間すべてがってことか?」

「はい。そして、このお城は私の生命の象徴であり、ここに漂っている泡たちは私の記憶を形作っているものになるんです。試しに一つ触ってみてください」


 碧に言われるがままに近くにあった、泡に手を触れる。

 泡は割れることなく、俺の手を包み込むような形をして顕在する。

 ふと俺脳裏に映像が映し出される。


 俺に唐揚げを食べさせようとしているのを碧の視点から見る形となっていた。これを見させられると自分で自分に食べされている感じがして、照れ臭かった。

 泡から手をどかすと映像が脳裏から離れていった。


「わかりましたか?」

「すごいな。この世界って。これらの泡全部が碧の記憶なんだな」

「はい。私の大切な記憶です」


 大切な、か。碧からそう言って貰えるとなんだか嬉しくなってしまった。


「それでですが、龍くんは自分の世界をどうしたんですか?」

「俺の世界? いや、わからない。記憶にないんだ。気づいたら迷宮を彷徨い歩いててさ、ここにたどり着いたんだ」

「迷宮。もしかすると、それが龍くんの世界なのかもしれませんね。それで、なんらかの形で私の世界とつながったと言うことでしょうか」

「そうなのかもしれないな。と言っても、自分の世界なんてどうやったらわかるのかはわからないけど」

「そうですね。私も、この世界が私の世界であると言う根拠はこの泡くらいですね。龍くんの世界にはこう言ったものはなかったんですか?」

「いや、ない。強いて言えば、シンボルとなるのは階段と無数の扉ってところだ」

「階段と無数の扉。龍くんの心情とかに関係しているのでしょうか? 何か最近悩んでいることとかあったりしましたか?」

「悩んでいること。いや、特にはないな」


 さすがに本人を前にして病気のことを言うのはおかしいだろう。それに病気を気にすることと扉の接点がわからない。


「そうでしたか。ひとまずは龍くんを自分の世界に帰らせるヒントとなるものを探しましょう。龍くんがこの世界にいるのは多分あまり好まれない状態だと思うんです」

「さっきのカンガルーか。奴らは俺を部外者だと思っているのか」

「そうだと思います。私に対して、あのカンガルーたちは攻撃してきませんでしたから」

「なるほど。それは確かに歓迎されていない様子だな」

「はい。ここにいては、龍くんは危険な目に遭ってしまうかもしれないです。そういえば、無数の扉があるって言っていましたよね。もしかすると私の世界にある一つの扉からそちらにつながっているんではないですか?」

「だと思う。俺は最初そこから入って来た」

「なら、その場所がヒントになりそうですね。行ってみましょう」


 俺たちは城を出て、再び来た道を戻るようにたどっていった。

 城を出て、少し歩くと地面を這う黒い影が数多いる空間へと入っていった。

 するとすぐにまた、目の前の黒い影がカンガルーを形作っていく。いつ見ても不気味の悪い光景だった。


「私の後ろについていてください」


 碧の指示に従い、後ろへと着く。ほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。

 碧は片方の腕を前へとさしのばす。すると手から光が湧いてくるのが見えた。

 正確に言うと碧の指につけられた指輪のようなものから光が発せられている。


 光は黒い影を侵食し、カンガルーが形作られる前に影を消してしまった。

 俺たちは光を発しながら前へ、前へと進んでいった。

 扉にはすぐにたどり着くことができた。


「ダメですね。少し隙間が空いているのですが、びくともしません」


 力強く大きな扉を押す碧だが、扉の方は隙間を広げることなくその場に佇む。

 俺も試しに開けてみるが、先ほどよりも扉は重くなっており、動く気配はなかった。


「これ以上は無駄のようですね。他の方法を考えましょう」

「そうだな」


 二人揃って、再びお城へと戻ることにした。この空間だと危険な目に遭ってしまうと思い、碧はいち早く行動してくれたんだろう。心の優しさは相変わらずだった。


 正直、扉が開かないことに安堵した。もし扉が開いてしまえば、俺はもうこの世界にいられなくなるかもしれなかったから。


 きっと俺がこの世界に来たのは、碧に何かをしなければいけないからなのだろう。

 それを見つけるまでは帰るわけにいかない。

 刹那、不意に視界が歪んだ。思わず、その場に立ち止まってしまう。


「龍くん……」


 不思議に思った碧がこちらへと近づいてくる。

 かすかに意識が遠のいていくのを感じる。それはみるみるうちにひどくなっていく。

 汗が止まらず、ひたいからほおに伝わり、地面へと落ちる。


「きっと、迎えが来たんですね。大丈夫です。すぐに良くなりますから」


 最後に碧が何かを言ったが、その意味がよくわからず、視界とともに意識も閉ざされた。


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