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2話:現世界

「学校終わりー!」


 放課後、後ろにいた碧が開口一番に大きな声をあげた。朝と昼でのテンションの違いはいつものことだ。


「相変わらず、碧ちゃんはこの時間から元気になるね」

「今日も二人でどこかへ出かけるのか?」


 教科書類をカバンにしまっていると可奈と充がこちらへとやってきた。


「うん! 今日は駅前の商店街回ろうと思うんだ。二人も来る」

「ごめん、碧ちゃん。今日私部活なんだ」

「俺も今日は早く家に帰って夕飯作らなくちゃいけないからな。二人で楽しんできてよ。あ、あと新店の『唐揚げ屋』の感想を聞かせてくれや」

「わかった。碧と一緒にそこに行くことになっているから、どんな味だったかメールで教えるよ」

「サンキュー、龍。それじゃ」


 充と可奈の振る手に合わせて俺たちも手を振った。


「じゃあ、俺たちも行くか」

「うん、そうだね!」


 二人の姿が消えたのと同時に俺たちも席を立ち、商店街へと向かうことにした。

 商店街は学校を出て、十分ほど歩くとたどり着くことができる。そのため多くの生徒たちが利用するスポットになっている。テスト週間は商店街にあるファミリーレストランで勉強する生徒たちが多々いる。


「よーし、商店街で食べまくるぞ! 今日のテストの結果なんて忘れてやる! 何食べよっかな。何食べよっかな」

「そういえば、世界史のテスト結局何点だったんだ? 返してもらった時は見せてもらえなかったけど」

「………31点」

「赤点よりギリギリ上ってところか」

「うん。何とか、赤点は回避だったんだよ。でも、帰ったらお母さんに怒られそうだなー。はあ、憂鬱。いいな、龍くんは。満点でしょ」

「世界史はな。でも、数学とかは碧の方が上だっただろう」

「数学は私の得意分野だからね。さすがに負けられないよ! あとは、龍くんの長期記憶能力さえあれば無敵なんだけどなー」


 碧の言う通り、俺には一つの特技的なものがある。それは見たものを頭の中で映像として残すことで長期的に記憶することができると言うものだ。


 これは多分、中学時代の事故が原因となったものだと思う。事故を起こしてからの記憶は未だに鮮明に覚えているにもかかわらず、それ以前の記憶は消失されていたり、あやふやだったりとかなり断片的なものであるから。


「とりあえず、この話はこれで終わり。いまは食べることのみを考えよう」


 碧はポケットからスマートフォンを取り出し、商店街のグルメレポートを見始める。俺

の持っている携帯電話はメールや電話と言った機能しか備わっていないため調べることができない。これも金銭面を考えてのものだ。


 だから俺は碧の調べている内容を覗くようにして見る事にした。


 ****


 商店街に着いた俺たちは最初に新店の『唐揚げ屋さん』へと足を運んだ。


「おーー。デリシャース」


 唐揚げを食べた碧は開口一番、目を光らせるようにしてそう言った。

 碧の美味しそうな顔に免じて、俺も期待を乗せて一口いただいた。


「うまい!」


 口に入れた時のパリッと言う食感。それとは正反対に中の肉の柔らかさに中に入った肉汁の量。全てが文句なしだった。これはこの商店街が荒れるかもしれないな。


「でしょでしょ! これなら毎日食べられるよ。私、もう一個買ってこよ」


 碧は中毒になってしまったらしくものすごいスピードでまた唐揚げ屋さんの行列に並び始めた。

 それにしても、五個入りのパックを二人とも買ったのに俺が一個食べる間に完食なんて早すぎやしないだろうか。

 スピードから碧の今日の食への意気込みを理解できた気がした。テストの結果に相当不満があったんだな。


「お待たせー!」


 戻ってきた碧は再び五個入りのパックを買っていた。まだ一番目のお店だが、そんなに食べて大丈夫なのだろうか。


「龍くん、もう食べちゃった?」

「うん。ゆっくり食べていたんだけどな」

「そっか。結構並んでたもんね。じゃあ、はい」


 碧はパックの中に入った唐揚げを一つ爪楊枝で刺し、俺の元へと持ってくる。


「待っててくれたお礼。二人で食べた方が美味しいから」


 微笑みながら口元へと差し伸べてくれる。碧の厚意にしたがって、丸ごと一ついただいた。先ほどの唐揚げも美味しかったが、碧からもらった唐揚げはさらに美味しく思えた。これが二人で食べると言う意味なのだろうか。


「私も。いただきます」


 そうして、二人で仲良く新店の唐揚げの味を嗜んだ。その味を可奈や充にも共有しておいた。


 ****


 食べ歩きをしていると、ある店の前で碧が不意に立ち止まった。


「ねえ、龍くん。ちょっとここに寄っていかない?」


 そう言って、指をさした碧の指先を確認すると『ペットショップ』と書かれた看板が目に止まった。

 ペットショップの扉の右側にはガラス越しに小さな空間で過ごしている犬や猫たちがいた。おそらくこれにつられたんだろう。


「少しお腹の調子を整えるがてらに行ってみるか」

「うんっ!」


 俺の承諾を得ると元気よく声を出し、またもや猛スピードで店の中へと入っていく。それはまるでここから見える猫や犬と言った可愛らしい小動物の姿のようだった。


 碧よりもワンテンポ遅れてお店へと足を踏み入れる。

 大まかにお店の中を見る。先ほど外から見えた犬や猫たちのいる小さい空間は向かって右側。奥の方には爬虫類や水魚のコーナーがあった。


 そして、向かって左側に碧の姿を発見した。そこは数個の柵があり、その柵の中に犬が一匹いる。その犬を上から触れる事ができるようなコーナーとなっていた。要するに『触れ合いの場』と言ったところだ。

 近くへ寄ると碧は癒されている表情をしながら一匹の犬を撫でていた。


「かわいいね。龍くん」

「そうだな。確かに癒されるな」


 この光景は。と言う言葉は隠しておいた。俺からしてみれば、犬を撫でながら幸せそうな表情をしている碧と言う光景そのものが癒しの対象になっていた。


「だよねー。犬さんいいな。かわいいなー」


 碧はただただ夢中で犬を撫でていた。犬の肌触りが気に入ったんだろうな。


「お客様。他の動物とも触れ合ってみますか?」


 犬とじゃれあっていると店員さんの一人がこちらへと声をかけてきた。


「いいんですか!?」

「はい。こちらへどうぞ」


 店員さんの指示に従って、碧は別の場所へと歩き始めていった。

 ふと、犬の方に顔を向けると寂しそうな顔をして見ていた。さすがにその姿が可愛そうだったので、犬の頭に手を置き、「また来るからな」と言う言葉と一緒に少しの間だけ撫でることにした。


 その後、俺も案内された場所へ足を運んでいった。後ろから「クー」と犬が悲しそうな声を上げたが心を鬼にして去ることにした。心なしか胃が痛い思いに駆られたが、食べ過ぎという理由にしておいた。


 碧の行った元へと足を運ぶと、今度は猫を抱いている碧の姿が見えた。先ほどとは違い、

今度は少し広めな柵の中に入り、店員さんがついたもとで猫と戯れあうという形になっていた。


「にゃにゃにゃー」


 碧は抱いた猫と意思疎通を図るような形をとりながら猫にほおずりしていた。

 猫の方は嫌がるかと思えば、無抵抗で身をまかせる形で碧のほおずりを受けていた。心

なしか心地よさそうにして今にも寝そうな状態だ。


 店員さんはそれを微笑ましそうに見ている。碧は昔から何か魅力的な力を持っているような気はあったが、まさか人以外にもそれを及ぼしているとは初めてペットショップに行った時思いもしていなかった。


「ねえ、龍くん! 今度の日曜みんなで猫カフェ行こう!」


 すると咄嗟に浮かんだ妙案をこちらへと伝えてきた。


「可奈と充が了承したらな」

「あの二人なら大丈夫だよ。よっし、日曜日も楽しみだなー」


 再び猫に頬ずりをかます碧。先ほどよりも力強そうだが、猫は全く気にしていない様子だった。

 やっぱり、碧には未知なる魅力があるような気がした。


 ****


「じゃあ、今日はありがとうね」


 ペットショップを終えた俺たちは再び、食べ歩きを始めたが、すぐに碧が帰らなければいけない時刻になってしまったため解散する形となった。


 碧は幼い頃から病を持っており、小学生の頃はよく病院に通っていた。たまに入院を強いられることもあった。

 今は症状が軽くなったらしく、定期的な検査をするだけで大丈夫らしいと本人は言っている。俺も付き添いをしようとしたが、「検査だけだから大丈夫だよ」と断られてしまった。


 心配な気持ちはあるが、碧にあんなことを言われてしまっては受け入れるしかないだろう。

 家までの帰路を淡々と歩いていた。

 誰とも話さないとふと考え事をしてしまう。


 メディアなどに疎い俺が考えられることといえば、今日の朝の記憶くらいだった。

 開かれた謎の扉。あの扉の中には一体何があるのだろうか。


 何かが変わろうとしているのは間違いない。今まで変わるはずのなかったものが変わるというのはきっとそういうものなのだろう。


 それが良いものなのか悪いものなのかはわからない。

 でも、一つだけ心に引っかかるものはある。


『碧の病気は本当に良くなったのだろうか?』ということ。


 なぜ本人は検査への同行を断るのかそれがずっと気になっていた。

 なぜ金銭面に厳しい母親が碧と遊ぶため用のお金を送ってくれるのか気になっていた。

 俺としてはそれが意味することは一つしかないと思う。


 俺には記憶がないのだ。

 彼女の『病名』がなんなのかという記憶が。

 


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