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異能という力

※2019/11/03 本文修正、表記ゆれの修正(出来ちゃう→できちゃう)

※2019/11/11 本文修正、単語の誤り(長耳→耳長)

 交差点の図書館のはしりは、とある大商人の道楽だったという。


 自分が流通させていた本を、古今東西、内容の如何問わず、その人は片っ端から写しまくった。

 後世、写本にかけた金が、図書館の土地と建物よりも高かった、という笑い話があるらしい。……笑い話なのか?


 そうしてコレクション欲を満たした商人は、今度は顕示欲に突き動かされた。

……こういうと生々しいが、どうということはない。本というコンテンツに狂ったオタクが、他者を沼に引きずり込もうとしたのだ。


 とはいえ、そこは商人。そのまま公開すれば、自分だけでなくさまざまな人達を飢えさせてしまう、ということはわかっている。

 商人は一考した。その結果、自分が知りうる限りの流通に、その本が見当たらなくなった時、写本を公開しようと考えたのだ。要は、絶版本の図書館である。


 俺たちは、そんな図書館の入口に居た。入場には、職員がかける魔術を受け入れる必要がある。


「防犯のためね。建物に組み込まれた布陣と連動しているの。本部でも使われているわ」


 セワが解説してくれた。ビルドインコンロならぬビルドイン防犯魔術だ。けっして一般的ではないだろうが、この世界は建築にすら魔術が関わるのか……。


 そうして中に入ると、そこには圧倒的な光景が広がっていた。


「すごいな」


 見渡す限りの本棚。自分の背丈より高い、というレベルではない。もはや建材の域に達する大きさのそれが、所狭しと並べられている。高いところの本を取るためなのか、はしごや階段、リフトみたいなものもある。

 ところどころに椅子や机、書見台などが点在しており、多くの人が本を楽しんでいる。現代の図書館と違って結構うるさい。大声で議論しあう人まで居る。……さすがにヒートアップしたところで、周りに文句を言われているようだが。


「どうする? それなりに居るなら、別行動にするか?」


「ソラ……、自分が本を読みたいだけでしょ?」


「良いんじゃない。集合時間さえ決めれば」


 というわけで、ソラとは別行動となった。セワはこれもお仕事なので、ということで俺についてきてくれる。そういえば付添だった。



 司書の人に協力してもらい、色々な言語の比較的平易な本を選んでもらった。

 揃ったのは、共通語。耳長語。小樽語。小人語。半獣語。竜言語。魔族語。


「ここまで並ぶことはそうないと思う。この世界の言語は、ほぼ網羅してるんじゃないかしら」


 セワが感心している。どうやら本当にすごいことらしい。……すごいといえば、俺の目の前の光景もすごい。

 文字が散乱している。まるで万華鏡を覗いているようだ。上手く"ピント"が合ってないな。


「読みづらい文字と読めない文字がある……」


「そう。どれがどう感じるか、聞いてみても良い?」


 セワの問いかけに、俺は並べられている本を手に取った。


「これと、これが読める。これとこれが頑張れば見えなくもない。これは……、よくわからない。これと、これはほぼ爪痕だ」


 順に、読めるのが共通語と小人語。読みづらいのが耳長語と小樽語。わからないのが魔族語。そして爪痕が半獣語と竜言語だ。


「なるほど。小人語は共通語とほとんど同じだから読めるのね。あとは……、言語として遠くなるほど読みづらくなっていくのかしら」


 とは、セワの推論である。確かにそうかもしれない。とくに半獣語と竜言語は、読み取れる情報が明らかに少ない。


「そういえば、元の文字の形? といえば良いのかしら。それも見えるのね。てっきり、あなたが知っている文字に変わるのだと思ってた」


 爪痕、といったからだろう。確かに、俺には両方が見えている。


「感覚の話だから、説明が難しいんだけど……」


 そう言って、1歩後ろに下がる。机の上、少し遠目に置かれた1冊の本に向かって手をかざす。


「こうやって何かに手をかざして、手の甲を見ながら向こう側を覗くと、向こう側がぼやける」


 セワが不思議そうにうなずく。


「逆に、向こう側を見ながら手の甲の方をうかがうと、手の甲がぼやける」


 いわゆる"ピント"の話である。多分、これが一番しっくりくる答えだ。


「多分、そんな感じだと思う。元の文字と、俺が知っている文字。慣れてない内はちらついたり、どちらかが強く見えるけど、慣れると両方感じ取れるようになる。……みたいだ」


 両方を安定して見るのは難しい。観の目、と言っていたのは五輪書だったか。遠くを近くに、近くを遠くに見るとかなんとか……。無心で全体を見ると得られるというのは、似ている感覚に思える。

 もちろん、普通ならそう見えても、頭で処理ができない。でもできちゃうのだ。恐ろしいことに。


「それは、読み書き両方?」


「ああ。書くときは意識したとおりに書けるみたい。それと多分、会話も」


 そう言って、少し考える。セワに向かって口を開く。


「"これ、耳長語。たぶん"」


「……驚いたわ。本当にそんなことできるのね」


 セワが目を見開き、息を呑む。


……良かった。片言ではあるが、一応伝わったらしい。窓口の職員を驚かせるのだから、それなりにすごいことなのだろう。

 まあもしかしたら、訪問者の誰もができたけどやってない、というだけなのかもしれないが。ならばそれはそれで良い。ニーズがあるなら開拓者だ。ブルーオーシャンというやつである。


 表音文字もないのに発音がわかるのは、自分でも驚きだ。無から有を生み出している。これが異能というなら、確かに凄まじい力だ。

 世界が仲介している、という説も納得できる。得られるものは直感に近いが、直感は経験則や知識の集積というブラックボックスから生まれるものだ。これはその箱を、世界が担っているのだろう。


「異能も伸びしろがあるって聞くし、本当に全部読めてしまう日が来るのかも……」


 セワのその一言で、スキルレベルっぽいものはあるのだなと確信する。

 彼女の言う通り、訓練を続ければそうなれるかもしれない。……どんな訓練をすれば良いのかはわからないが。


「あ、そうそう」


 話の終わりに、セワが教えてくれた。


「知らないとは思うけど、手のひらを人や物に向けるのは止めたほうが良いわ。放射系の魔術動作だから、失礼というか……、物騒なのよ」


 おおう、それは思いつかなかった。げんこつを振りかぶるようなものか。害意が見えないなら、勘違いや冗談で済むかもしれない。だが、あまり良いものでもないだろう。


「なるほど。ごめん、知らなかった。気をつける」



 しばらく後、入口近くにて。

 集合時間より少し早く、ソラは戻ってきた。


「どうだった、ここの図書館は」


 ソラは俺の姿を確かめると、そう問いかけてきた。


「すごかった。また来たいな」


 貸し出しという仕組みはまだないらしい。読みかけの本に後ろ髪を引かれるが、また来れば良いだろう。


「私はコトバの方がすごいと思うわ……」


「ん? 何かあったのか?」


 ソラの疑問に、セワが一連の出来事を説明する。実はあれから、本を読みつつ耳長語を少し習ったのだ。

 やはり正解を知っている人が居る、というのは、学びにおいてとても良い。最初に比べて、格段に読みやすくなった。正解を知れば、ピントも合いやすくなるようだ。発見である。


「はぁー……。すまん。すごいんだろうが、俺にはそのすごさが完全には理解できそうにない」


 とはいえ、皆が皆すごいと感じるか、というとそうでもない。

 まあ、無理もない。どちらかというとこの力はデスクワーカー向けだ。ソラは完全に肉体労働派である。

 ソラも割と頭の良いほうだとは思うが、肌感覚というのは経験によって磨かれることが多い。平たく言えば、ピンとこないのだ。


「そういえば、乗合馬車の時間は大丈夫?」


「大丈夫だろ。まあ、ちょっと早いが行くか。魔術も解いてもらわなきゃな」


 防犯魔術を解かずに出ると……、推して知るべし、である。

 受付で魔術を解いてもらい、問題なく乗合馬車に乗車した。


 外は、日がだいぶ傾いていた。気の早い者たちが店じまいをはじめている。とはいえ、まだまだ通りは盛況だ。


 すごい街だなぁ……。


 ぼんやりと、馬車が進むにつれ流れていく景色を眺めていた。

 東京にはじめて出てきたときのことを思い出す。とある駅から見下ろすと、横断歩道に人の群れが敷き詰められたように流れていて、何とも言えない感覚を覚えたものだ。すごい、というか。ほう、というか。

 ちょっと違うが、この街も似たようなものを感じる。あの1人1人が、生きているのだ。ここで。



 本部の受付で外出後報告をして、今日のお出かけは正式に終了となった。


「2人ともおつかれ。なんかずっと本見てたな、今日は」


「そうね。主賓が満足してるなら、それが一番だけれど」


「大満足だったよ。お昼も美味しかったし、馬車から国の雰囲気も伺えたしね」


 心からそう思う。もちろん、引きこもっていたい、という気持ちも嘘ではない。だが、やるなら楽しまなくては損だし、とても失礼だ。


「そっか、そりゃ良かった。少しはこの世界を気に入ってもらえると、俺も嬉しい」


 ソラは笑顔でそう返してくる。

 なんというか……。薄々感じてはいたが、ソラは根が真面目である。ちょっとチャラっぽく見えるが、彼も彼で、訪問者管理組合の職員なのだ。


「ん、なんだよ」


「いや、格好良いなって思って」


「……からかってんのか?」


「いやいや本当だって」


「そうか。ならいいや」


 俺たちのやり取りを見て、セワが笑っている。


「すっかり仲良しじゃない。ソラのそういうところ、羨ましい」


「セワもありがとう。色々準備してくれたり、教えてくれて。助かった」


「いいえ、私も色々と発見があったから、お互い様ね。……また図書館に行くなら声をかけて。できれば都合を付けるから。あれは記録を取っておいたほうが良さそう」


 おっと、彼女のお眼鏡に適ったのだろうか。北王が直々に推すほどの人材だ。割と朗報なのではなかろうか。

 幸先の良さに安心すると、お腹が空いてきた。


「そういえば、晩御飯はどうする?」


「私は仕事の後ね。ちょっと遅くなりそう」


「俺ももうちょっと後で食うわ。いったん部屋に戻る」


「……あ、そうそう。コトバは早めに食べて、早めに寝たほうが良いと思う。明日からの検査、大変だから」


 そうなのか。セワが言うのなら間違いないだろう。大変っていうのは量が多いのか、それともきつかったり、痛かったりするのだろうか……。

 まあ、ここで考えても仕方がない。


「そっか、じゃあ今日はさっさと寝ようかな」


「ああ、ならそれまでに、本、渡しとかないとな」


 さっき言ってた部屋に戻る理由はそれか。……ソラ、お前良いやつだな本当に。

 でもそれはそれでちょっと困るのだ。


「……寝られなくなるんだけど」


「おいおい、ゆっくり読めよ。別にすぐに返せとは言わないから。ひと月もあれば十分だろ?」


 ソラは笑って言う。……うん、そうは言うが、おもしろい本は危ないのだ。

 今日は強い意志を持って寝なければなるまい。


「じゃ、また後でな」


「おやすみ、コトバ。私はまた明日、ね」


「ああ。2人とも、本当にありがとう」


 そう言って、2人に手を振る。

 振り返るにはまだ早いが、とても満ち足りた休日だった。


# 布陣


 魔法を発動するために行う、三大要素のうちの1つ。

 地面などに描く図形や、足でなぞる軌跡を印とし、世界の理を改変する方法。

 その歴史は詠唱ほどではないが古く、発祥は竜の爪にある。

 竜は吐息を使用する際、足を踏み鳴らし大地に爪痕を刻む。その印こそ、太古の布陣の原型なのである。

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