いざ、交差点観光!(なお本しか見ていない)
※2019/11/11 本文修正、単語の誤り(長耳→耳長)
※2019/11/14 本文修正、表記ゆれの修正(色々と面倒臭そうだ→色々と面倒くさそうだ)
※2019/11/17 本文修正、表記ゆれの修正(めったに使わない→滅多に使わない)
乗合馬車に揺られ、俺たちは大通りを東へ進んでいた。
交差点はとても広い。東西南北を結ぶ大通りから、碁盤目状にその他の通りが張り巡らされている。そしてその1本1本が、何らかのテーマを掲げたものになっているという。ソラが言っていた本屋通りもその1つだ。
この国は、自然発生したわけではないのかもしれないな。地図を見ると、とてもきれいに造られている。日本だと京都が有名だが、それよりももっとカクカクだ。
「また酔ったらどうしようかと思ったが、大丈夫そうか?」
隣に座っているソラのボソボソ声が届く。他のお客も居るから、小声で話しているのだろう。
そう言えば、昨日の馬車ではひどい目にあったのだった。まあ、あれは道が悪かったのだろう。ここは舗装されていて、そう激しい揺れはない。座席もあるし。
とはいえ、これでも現代人のお尻には少々厳しい。
「ああ、気分は平気みたいだ。あのときは……、なんか色々重なったのかも」
「確かに。道も悪かったし、来たばかりだったしな」
「うちの馬車が古いのよ。滅多に使わないって言ってケチるから」
セワが横槍を入れる。……そう言えば、あっちはガタガタ感が強かったような。
「そうなの?」
「馬車がボロくても、走れりゃ滅多に死ぬまでは行かんからな。他に金がかかってるんだとさ」
そんな雑談をしていると、本屋通りに到着した。
本屋通りは、見渡す限りの本屋だった。狭く短い通りではあるが、看板を見る限り、コンビニより間隔が狭い。
そんなに需要があるのか? と思ったが、
「各々、得意分野が違うのよ」
とはセワの談だ。
恐らく、大量生産する術がないのだろう。本が一点物だった時代。せいぜい写本が出回るくらいか。そんな世界であれば、嗅覚と好みで良い本を仕入れる店ははやるのだろう。
……でも、印刷技術がなくとも、魔法とかで複製できないのだろうか?
もしかしたら、コスト的な問題とか、あるのかもしれないな。訪問者がそれなりに来ているなら、活版印刷くらい知ってる人は居ただろう。
本を大量生産する、という発想さえ出れば、技術はこちらの世界に合わせれば良い。それでも広まらないのなら、それなりに理由があるはずだ。
まあ、考えても仕方がない。それよりも、目の前の本を気にしよう。
結論から言えば、本屋通りのラインナップは想像以上だった。
知識系の書物も多々あるが、娯楽の書物も多い。詩や歌なんかもあるが、やはり小説だろう。
そこには、ノンフィクション(ところにより脚色あり)の剣と魔法の世界が繰り広げられていた。
もちろん、創作としての物語も多く存在する。だが、ドキュメンタリー形式の勇者軍従軍記なんて、現代ではお目にかかれない代物だろう。いやしかしすごいなこれ。基本的に生々しくも時にゆるく、時に暖かく、とても興味深くまとめられている。とくに勇者との日常会話は……、すごい。人だ。
フィクションも、ベースとなる現実や常識が違うのでおもしろい。「実は神は地上を去っていなかった!」という煽りではじまるお話なんかもあって、俺としては「いや神って実在したのかよこの世界!」というところからツッコミを入れざるを得ない。現代ならオカルト扱いだな。
現代でも人気のジャンルは、こちらでも人気らしい。世界が変わっても、人の本質は変わらないと言ったところか。立身出世ものなんかはちらほら見える。田舎者の剣士が都会で大立ち回りを繰り広げ……、って、まるで三銃士におけるダルタニアンだ。
……ちょっと興奮しすぎたな。ネットもないし、娯楽に飢えているのか。
しかし、すべてたやすく読める文字だったのは収穫だ。そのことを話すと、
「共通語の本がほとんどだからな、今の本は。……あれ、セワは耳長語、使えるんだっけ?」
「ええ。祖父の親戚に高齢の耳長族が多くて、少しね。魔法関係で本も読めるし」
共通語以外の言語もあるらしいが、今は珍しいという。そういう言語も異能で読めれば、多少は使い道があるのかもしれない。専門分野に入ると特定言語が必要とか、ありえそうだ。
あと耳長族ってのも初耳だな。耳だけに。
……セワは親戚に多いと言っていたが、彼女の耳は普通というか、俺と同じ感じだ。そう言えば、ヒョウの耳はエルフ耳だったが、あれが耳長なのだろうか。
「耳長って、ヒョウの耳みたいな?」
「おっ、何だよお会いしたのか? 羨ましい。美人なんだろ?」
「そうよ。北王の直系は耳長族なの」
ソラは驚いていた。セワと違い、彼は接点があまりないらしい。まあ、美人といえば美人だろうが……、曖昧に笑っておく。
セワは俺の疑問に答えてくれた。が、そこまで言うとセワは声を潜めて、
「……ただ、あんまり外で口に出す話題じゃないわ。四方国の王は、名前が売れてるから」
なるほど。有名人の知り合いと取られれば、色々と面倒くさそうだ。ほら、治安も良くはないらしいし。
「わかった」
「ふーん。気にはなるが、しょうがないか」
ソラはちょっと不服そうだが、セワが話を切り替えた。
「で、なにか買うの?」
「うーん、とりあえず2冊」
「……お前、それ手持ちほとんど使うんじゃ」
「そうなんだけど……。見る限りだと、これでもかなり安い方みたいだ。まあ、昼食分くらいは残るから」
「元々、本って高価なのよね……。こっちの本、写しは違うけど、私が持ってるから貸してあげる。またにしなさいな」
セワが俺の手の内の1冊を取る。その申し出はとてもありがたい。
1週間とはいえ、手持ちがほとんど無くなる事態は避けたかった。……ただ、1冊だとすぐ読み終わっちゃうだろうし。と思っていたのだ。
「ありがとう、そうする」
「おっ、その人の本か。読み終わったら見せてくれよ」
ソラが表紙を覗く。どうやら著者を知っているらしい。
「知ってるの?」
「ああ。だいぶ昔の人だけどな、いろんな戦士について回って紀行を書きまくってた。時代だよなぁ。俺も何冊か持ってるから、あとで持ってってやるよ。西の勇者とか良いぞ。西方を開拓した男の話だ」
ソラが読書する、というのは少し意外だった。だが文字が読めるのなら、一般的な趣味なのかもしれない。冒険モノとかを読んでワクワクするのは、この世界も同じか。
「お願い。こっちも読み終わったら渡すよ」
「ゆっくりでいいぜ。楽しみな。……よーし、買い終わったら飯にしよう。せっかく東区に来たんだし、魚を食おうぜ」
ソラの声を背に、会計に向かう。昼食は外でとるらしい。せっかく、というのだから、目当ての店があったりするのだろうか。
そもそも交差点の名物も知らない。商業都市としか聞いていないし、それなら何でもありそうな気もするが……。
やってきたのは、いわゆる大衆食堂であった。とても大きな魚の看板が目を引く。
そして人が多い。昼飯時に行って入れるのか? とも思ったが、ギリギリ潜り込めたようだ。
「定食3つ、頼む!」
ソラが注文する。定食以外にもメニューはあるようだが、
「昼飯時なら定食以外ありえない」
とはソラの談。旨い魚を上手く調理して安く提供してくれるらしい。
交差点は四方国に囲まれた立地上、海には面していない。だが、北と東から流れる川が存在するそうだ。
門の内側に川が流れているわけではないが、近くの漁村から新鮮な魚が流通するのだという。
「おまちどおさま」
やってきた定食のメインは……、ムニエルかな? 衣のついた魚がこんがりと焼かれている。付け合せの根菜も一緒に炒めたものだろう。
他にパンとスープ、水。透き通ったスープには具が入っていない、油は浮いているが。
3人それぞれ食べ始める。
人が同席するときは、いただきますとごちそうさまは心の中で言うようにしている。神が実在した世界の人に、日本人のふわっとした信仰心を説明するのは、なかなか難しいと思う。
俺は早速、魚に手を付けた。
「うまい」
「だろ?」
思わず漏れた感想に、ソラが応える。
シンプルな味付けなのかと思いきや、かなり複雑でスパイシーなガッツリ系だ。川魚は泥臭い、などと聞くが、そんな気配はみじんもない。
しっかりとした味付けも、淡白な白身とよく合う。衣がついているのも良い。衣の味も、白身の味も、噛み締めてそれらが入り混じった味も、どれもたまらない。
パンも良いけど、これ白い飯が欲しいな……。
「ここ、東方の香辛料を使ってるんだ。独特だけどめちゃくちゃうまいんだよ」
「珍しいわよね。東からの輸入は数が少ないらしいから」
なるほど、この味は交易の中心ならでは、ということか。
一息つこうとスープを口にする。……あ、これ潮汁だわ。みつばじゃないが、ほのかに優しいハーブの香りがする。
魚の旨味たっぷりで、パンチの効いたメインに負けない強さだ。とてもバランスが良い。
「午後は図書館に行くか? 多分この調子だと、その後は帰りの馬車で風景見るだけになりそうだが」
1人で食事に感動していると、ソラが話しかけてくる。今後の予定の話だ。
どうやら、予定よりだいぶ押していたらしい。本屋通りではしゃぎすぎたな。午前中をまるまる使ってしまった。
「できれば、図書館は見ておきたいかな」
「そうか。ならいいさ」
「本、好きなの? 元の世界でも読んでたとか」
「まあ、それなりには。……えっと。元の世界は、本が比較的安価だったから」
セワの問いに、曖昧に答える。
文庫本や漫画、電子書籍という概念をどう説明したものか……。まあ、詳細を答える必要はあるまい。
もしかしたら、彼女のお仕事の際に説明する、という羽目になるかもしれないが。
「そういう違いは色々あるわな。そういや、魔術も知らなかったみたいだし」
「ああ、うん。それはちょっと気になってる。俺にも使えたりするかなって」
「そうなの? 検査の過程で魔法適性も調べるから、楽しみにしてて」
魔法適性。そんなのもあるのか。でも考えてみれば、調べるのは当たり前だ。役に立つ人材を採る気なら、この世界の力も持ち合わせているか、確認するのは当然だろう。
あと地味に気になっている点が。魔法、とか魔術、とか、表記ゆれなのだろうか。それとも別の言葉なのか。……職業病だな。
そんな事を考えたり、喋ったりしていたら、いつの間にか食べ終わっていた。
うまかった。距離的にそう来られないのが残念だ。
腹ごしらえを済ませた俺たちは、目的地である図書館に向かう。
# 人・人間・人類・人族
古の時代を終わらせた種族たち。複数の種族の総称。
手長族、耳長族、小人族、小樽族、半獣族、半竜族の6種からなり、それぞれに得手不得手を持ち合わせている。
元は分かれていたが、歴史とともに交流が進み、"人"という概念が進んだ。今となっては、単一種族の国はごくわずかである。
それに伴い混血も多く、種族の特徴的な外見を持たない者も多い。
とはいえ純血主義者も存在し、それらは自らの種族に強い誇りを持っている。