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休日のお誘い

※2020/03/19 本文修正、単語の誤り(検討→見当)

 翌日。目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。それに現実を見たような気がして、少し気分が重くなる。


「夢じゃ、ないんだな」


 そも、夢であれば馬車で覚めているだろう。体を起こし、水場で顔を洗い、口をゆすぐ。


 そして戸棚を開く。今身に着けているのは、この部屋に置いてあった寝間着だ。ダボッとした、裾の長いポンチョのようなものである。

 それを脱ぎ、普段着に着替える。下着、シャツ、ズボンを身に着け、靴を履く。正直、あまり良い肌触りではないが、支給品だ。この世界では一般的なものだろうし、贅沢は言えない。


 昨日まで着ていたスーツ類は、通勤カバンと一緒にまとめてある。

 当分使うことはないだろう。洗濯して、しまっておくか、いっそ売り払ってお金にしても良いかもしれない。

 そう言えば、洗濯ってどうするんだろう……。普段着や寝間着はまとめて洗ってもらえるらしいが、これはちょっとデリケートなのだ。スーツやシャツはともかく、肌着と下着、靴下くらいまでならまとめてお願いできるだろうか。後で確認しよう。


 弁当の器と洗濯物を手に部屋を出て、食堂へ向かう。途中で洗濯物の集積場があるので、そこで依頼をしよう。

 錠前は普通のものだった。受付で見たカードキーではないのは残念だ。あれはちょっとやってみたい。

 セワから渡された鍵で施錠する。……気休め程度だろうし、無くなって困るものは持ち合わせていないが、現代人の習慣というやつだ。



 食堂は混んでいるかと思ったが、人はまばらだった。遅かったか、と思って恐る恐る器を返したら、まだ朝食は食べられるらしい。ありがたくいただくことにした。

 パンとスープ、飲み物はミルクかな? まだまだこの世界がよくわかっていないが、朝食のスープに具が入っているのは上等なのだろうか。肉は見えないな、根菜が多い。

 盆を持ち、適当な席につく。


「よっ、おはよう」


 すぐに、食べかけの盆を持って、男が向かいに腰を下ろした。


「あ、ソラさん。おはようございます」


 その男はソラだった。一番最初、この世界に落っこちた俺を助けてくれた人だ。


「なんだ、覚えててくれたのか」


 俺の返答に、ソラはちょっと驚いた顔をした。


「いや、それなりにお話したじゃないですか。馬車の中とかで」


「まあ、そうだな」


「ほとんど返事してくれませんでしたけど」


 笑って言う。ほんの冗談……、のつもりだ。それが伝わったのだろう。ソラもバツが悪そうに笑う。

 良いな。冗談が冗談として通じ、それがわかる。俺の察しが良い。


「いや、悪い。窓口応対まではあまり詳しいことは話せない決まりなんだよ」


「ああ、やっぱり」


 セワの態度でなんとなくわかったが、ソラの対応もマニュアルらしい。職員は辛いよ、といったところか。

 そんな会話を皮切りに、朝食を食べながらの雑談タイムだ。パンは……、微妙だ。が、スープはうまい。肉は見えないが肉の旨味はある。汁に浸して食べると、このパンもまだマシだ。


「この時間って、食事としては遅いんですか?」


「ん? まあな。……あ、そっか。この世界だと、大体の人間は日の出から動き始めるんだ」


 なるほど。やっぱり明かりは乏しいんだろうか。部屋にあった明かりの石を思い出す。アレって相当ハイテクなんだろうな、この世界だと。


「ちなみに俺は、今日は休みだから」


「えっ、休みなのに食堂に……?」


「ああ。俺、ここに住んでるんだよ」


 聞けば、独身に限り、敷地内の平屋に住み込みで働けるらしい。


「飯も楽だし、掃除や洗濯もやってもらえるからな。少し金はかかるけど」


 これは完全に社宅だな。訪問者用の設備もそちらに流用できるのだから、効率的といえば効率的だ。

 独身に限り、というのは……、まあ、あの狭い部屋で2人暮らしは辛い。それに、生活音は2人になると跳ね上がる。苦情も増えるのだろう。


「便利そうですね。……俺は職場と家が近すぎるのは苦手ですけど」


「ああ、いるいる。そういう奴は外に家を借りてるよ」


 借家という選択肢もあるらしい。どれくらいのお値段なんだろうか。結構、賑わっている国のようだし、住居は高かったりするのだろうか。


「しかし、コトバは口調が固いよな」


「……そう? 癖みたいなもんで」


「そうかい。崩してくれても構わんぜ?」


 そう言われて苦笑する。

 善処はするが、どうもそういうのは苦手というか……。崩すと結構つっけんどんになるんだよな。


「ところで、今日、空きだろ? なんか予定あるか?」


 そう言えば、昨日の時点で「検査は明後日から」と言われていた。後日の聞き取り、というのも今日ではないらしいし、完全に休日だ。


「とくに何も。ここの中は案内してもらったから、外に出てみようかなって思ってる」


「いいじゃん。どうせ付添が要るんだろ? セワと俺で案内するよ。どこ行きたい?」


「うーん……。正直、何があるのか想像もつかないな。……あ、本とか読める場所があると嬉しい」


「本か。"本屋通り"と、でかい図書館があるぜ。まあ、南方のには敵わないけどな」


 ほほう、南方の図書館はでかいらしい。でもここのも、それに次ぐくらいの規模はあるということか。

 本屋通り、というのも気になる。が、先立つものがないな。というか、そもそも貨幣について知らない。


「そう言えば、この世界のお金ってどんなもの?」


「あー……、金貨と銀貨が、大小2種類ある。大金貨と小金貨、大銀貨と小銀貨だ。10枚ずつで繰り上がる。って言えばわかるか?」


 つまり、大金貨1枚と小金貨10枚、大銀貨100枚と小銀貨1,000枚が同じ金額ということだ。


「基準はわかった。……この食事ってどれくらい?」


「外で食うなら、小銀貨3枚ってところじゃないか? この街だと普通かちょっと良い食事だよ。週の稼ぎは大体、小金貨2から3枚が相場だ。……金貨で受け取るやつはほとんど居ないけどな」


 そりゃ金貨で受け取ったら使いづらい。1万円札を握ってコンビニに行くようなものだ。この世界なら、両替だって商売だろう。手数料もかかるはずだ。


 ざっくり1日に食事で小銀貨10枚。宿泊費含めて15から20枚くらいは必要なのだろうか。それが1週間で……、100から150枚。つまり小金貨1から2枚か。

 計算が大雑把すぎて幅が大きすぎるのと、正確にはそれ以外にも必要なものがあるが、大きく的は外れていまい。

 けっして贅沢はできないだろう。けど……、一応プラスと言ったところか?

 定住して、宿泊費ではなく家賃にすれば少しは安くなったりするのかな。食事も倹約すれば……。でもそれにしたって、自転車操業という印象が強いが。


「なんか、怪我とか病気したら、あっさり終わりそうな感じのやりくりだな……」


「まあ、そう言われればな。知り合いが居ればまだ頼れるが、人によるから。各々の職場や教会で支え合って頑張ってはいるけど」


 ああ、やっぱり宗教とかもあるんだな。現代日本人の俺にはあまり馴染みがないものだが、こういう世界ならセーフティーネットを兼ねているはずだ。


「っと、悪い。脱線したな。見たいのは本だけで良いのか?」


「うーん、あとはまあ、国の雰囲気を知りたいかな」


「そうか。ひととおり、大通りを流してみるか。……よし、セワに話を通しておこう」


 いつの間にか、ソラの食事は無くなっていた。俺はというと、もう一息、といったところだ。


「先に行くぜ。食い終わったら受付に来てくれ」


「わかった。よろしくおねがいします」


「おう。んじゃまた後でな」


 ソラは食器を返すと、そのまま食堂を出ていった。後ろ姿を見送って、改めて食事に手を付ける。しかし、商業都市巡りか……。


 人の多いところは、実はあまり得意ではない。だが、背に腹はかえられない。できれば一般常識くらいは身に着けないと、のちのち単独行動すらできないだろう。俺は今、何も知らない赤子同然だ。

 それに、苦手ではあるが楽しみでもあるのだ。本屋や図書館はちょっと気になる。内容もそうだし、異能のこともある。


 その世界の常識を知るなら、本を読むのが良いと思う。寓話などがあるとちょうど良い。犬が水面に写った自分へ吠えて咥えた肉を無くす話とか、北風と太陽が勝負して太陽が上手いことやって勝つ話とか、そういうやつだ。

 その結末は大体、善性を尊ぶ。"そのお話が描く世界"で暮らすための、"良き振る舞い"が含まれている。


 異能の方は検査もあるから、待っていれば色々調べられるだろう。だが、個人的に気になっているのだ。異能で"読める"というのがどこまでなのか、少しは見当をつけておきたい。


 そんなことを考えながら、食べ終えた食器を前に、ミルクを飲み干した。


「ごちそうさまでした」


 呟いて、席を立つ。食器を返し、食堂を出る。

 いったん部屋に戻るか、とも考えたが、持っていくべき荷物もない。このまま受付に向かっても問題ないだろう。



 受付に置かれた椅子でぼんやりしていると、ソラとセワがやってきた。


「ごめんなさい、待たせちゃって」


「いえ、俺の準備が少ないってだけですから。こちらこそ急にすみません」


 謝罪するセワに、俺は手を振って答えた。というか、そもそも彼女は仕事中のはずだ。

 この付添も仕事とは言え、急に予定を入れてしまって申し訳ない気もする。


「いいえ、これも仕事ですから。むしろコトバさんの対応は楽な方よ? 大変な人はすごく大変だし……。それに、こういうのは書類の整理を押し付けられるから役得ってね。準備しておいて良かった」


 笑顔の返答は意外とたくましかった。色々と闇を感じる発言もある。

 まあ、いろいろな人が居るし、確かにそうなのかもしれないな、とだけ。……1点反論するとすれば、俺は断然、デスクワーク派だが。


 さて、そう言って差し出された彼女の手には、カバンのようなものが握られている。いわゆる革のショルダーバッグだ。


「これを。あなたへの支給品です。この街の地図や、移動方法の簡単な説明、ものの相場をまとめた小冊子が入っています」


「おお、ありがとうございます」


 俺がカバンを受け取ると、セワが声を潜めて、


「あと、お財布も入っています。週に小銀貨50枚が支給されますから、上手く使ってください。小袋に20枚2つと10枚で分けているので、大額をあまり見せびらかさないように。この国の治安は悪くありませんが、けっして良くもないので」


 なるほど、この手続きをしてくれていたのか。衣食住を保証してのもの、と考えれば、結構な金額だ。

 後半の注意は海外旅行みたいだな。俺の注意力でどれくらいの防犯になるのか、という疑問はあるが、気をつけておこう。

 ともあれ、今から商業都市をめぐるのだから、この支給品はとてもありがたい。俺はカバンを肩に下げると、強くうなずいた。


「よし、行こうか」


 ソラが先導するように先を歩く。俺とセワはそれに続いた。


# 仰天教


 天属性を信仰する宗教団体。

 古の時代後期からはじまる団体で、宗教団体としては比較的新しい。だが、現状では拝火教、大樹教を抑え、最大勢力であると言われている。

 その教えは全世界に広く流布されているが、とくに西方に強い基盤を持つ。

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