今昔訪問者物語
※2019/11/10 本文修正、表記ゆれの修正(気づかい→気遣い)
訪問者は、はるか昔からこの世界に訪れているらしい。
「と言っても、詳細が明らかになったのは、今からほんの数百年の話だ。それまでは訪問者という呼び名も、異界の術や異能も、ましてや星が力の塊で、そこから人が落ちてくることすら知られていなかった」
星とは力の塊、そしてその門から来訪する訪問者は、強大な異能と不思議な異界の術を持つ。
その全貌が知られるにつれ、各国が理解した。……その価値を。
「昔はね、早い者勝ちだったんだよ。不味いことにね」
訪問者を確保して、自国に連れ帰る。帰れないことを説いて、それなりの立場をちらつかせる。
まあ大抵は食いつくし、上手く行かなければ野に放つか殺す。そういうざっくりした運用をしていた国がほとんどだったらしい。
「何が不味いって、知恵も知識も足りないんだ。我々は小さいのに、寄り合うことをしなかった」
そもそも、訪問者の発見率も確保率も低かったのだという。
星から落ちてくる瞬間を絞る知識も、確保するための設備も、異界の術や異能を見出す知恵も、各国が独自に研究していた。良し悪しもわからぬまま、当たり外れを繰り返す。
そうして数多の訪問者が、目の前で、もしくは存在も知られず死んでいった。
「それに、やがて無茶をするものが出てきた。訪問者が落ちる場所はさまざまだからね。領土問題にも発展するんだ。他国の土地に堂々と駐留する国まで現れた」
こうなるともう、不味いなんてレベルではない。周囲の人たちは気が気ではないだろう。
俺が確保されたときは、ソラたちも武装はそこまででもなかった。が、当時は……。有無にかかわらず、戦争も見越した用意をするだろう。
まるで天然資源だな。元の世界でも、石油なんかの取り合いは激しかったらしいし……。
「その他にも、質や数の不満もある。とくに質の問題は辛い。あっちの国では歯牙にもかけられなかった訪問者が、こっちの国では重宝されたりね。誰も幸せになれない話さ」
"見出されなかった"訪問者が、無為に死ぬ。今となってはもう、誰にもわからない損失。
もっとも、その訪問者にとっては損失どころの話ではない。落下して死ぬ。確保され「要らん」と言われ殺される。殺されなくても、右も左もわからない土地に投げ出される……。
それがどういうことなのか、俺には想像することしかできない。けど、ぞっとする。
「戦争、と呼ばれたことはあったかな? 小競り合いは度々あったが。……そんなことで国を削り合うのが馬鹿馬鹿しい、と思ってね。この組合を設立した。ちなみに発起人も、四方国すべてが関わり合う形にしたのも、私だ。君の待遇が良いと思ったら、感謝してくれたまえ」
にっこりと微笑むヒョウ。
もしそれが本当なら、かなり革新的な王と言えるだろう。
訪問者に対する交渉の自由化。それに伴う需要と供給のすり合わせ。四方国間の競争による待遇の向上。さっき言っていた『優先権』は、恐らく数的格差の是正のための、持ち回りの権利だろう。
それだけではない。"寄り合うことをした"結果、知恵と知識が集まった。そもそもの供給量……、というとあまり気分が良くないので、救出率と言おうか。それも上がっているはずだ。
彼女は"馬鹿馬鹿しい"と評した。
だが、現在をそう捉え、変えることができる人物は稀だ。大体の人間は、認識か力、もしくはその双方が足りない。
あまり詳しくない俺でも、組合設立の大変さと、その前後の違いはわかる。もちろん、それはすべてではないが。
逆に言えば、彼女はそれだけ、訪問者という存在に期待しているのだ。
「はあ……。でも、そんなにすごいんですか。訪問者って」
「まあね。たとえば我が国は、他の三国に比べて魔術に秀でている。それも過去の訪問者のおかげだ」
魔術。色々なところで話に出てきたが、訪問者と呼ばれる異世界人が魔術を得る、というのは、この世界の人より大変なのではなかろうか。
そんな感想も、次の一言で粉砕された。
「彼は魔術の異能持ちでね。我が国でさまざまな革新を行った魔術師だ。皆、そんな当たりくじを引きたいのさ」
回答は予想以上だった。魔術の異能。そんなものまであるのか。
もうなんでもありだな。そんな異能で革新を為せるなら、そりゃ誰だって引きたがるだろう。
……こりゃ、本当にくじだ。うっかり国が発展するかもしれないくじ。当たり、とやらを引いた経験があるのなら、決して無視はできまい。
「そんなもの、俺にあるんですかね」
とはいえ、相手に「お前が当たりくじだ」と言われると困る。俺にはそんな当てはないのだから。
だって落ちてきただけなんだもん、俺。光に包まれて召喚されたりとか、神様と対話したりとか、もっとわかりやすい瞬間があれば、少しは腑にも落ちるというのに。
「何だ、乗り気じゃないな。そのために検査があるんだが……、嫌いかな? 自分が何を持ち合わせているか、気になりはしないか?」
「……うーん」
「ならばなぜ、君は受付へ行ったのだろう。……彼女を問い詰めるため、か。それとも、罪を暴くため、か。もしくは何か、他に理由があった、か」
悩む俺を見つめながら、ヒョウは首を傾げ、言葉を続ける。俺を問い詰めているわけではない。ゆっくりと、柔らかく、1つ1つ何かを確認するような口ぶりだ。
俺も考える。……あれはただの思いつきで、深くは考えていなかった。そこに理由を求めるのは難しい。
人の心はブラックボックスだ。出てきた行動に対する処理内容が、はっきりとわかるわけでもない。
まだ、自分より他人のほうがわかりやすい。自分の顔は鏡でしか見えない。そして心の鏡は、なかなか見つかるものではない。
ただ、異能が気になる、というのは、筋の通った話ではある。
「……少し、気になっただけです。確かに、これが俺の異能なら、知っておきたいって気持ちもあったかも」
「だろう?」
ずいっ、と、ヒョウの顔が近づく。視線が重なる。
青空のような目だ。とても、遠くが見える。
「気になるはずだ。君の目はそういう目だよ。少なくとも私は、君をそう値踏みした」
なるほど。そう言われれば納得できる。彼女が見ているのは俺ではなく、彼女が見た俺だ。
そして理解できた。俺は異世界に転移して、少々不安になっているようだ。そんな当たり前のことすら見落としているとは。
「……君のそれは、何だろうね。ただの愉悦か。それとも正義か。もしくは、他の何かなのか」
「わからない」
ヒョウの問いにそう答える。
その答えを言葉にするのは、なかなかに難しい。
自分の解体は酷だ。
「わからない。俺は気になった。ただそれだけだよ」
「そうか。うん。そうか」
彼女は顔を離し、椅子に深く背を預ける。満足そうにうなずくと、深く一息ついた。
「良いね。話せば話すほど、ますます良い。でも、まあ……、何にせよ確認と選択だな。私がいくら思い煩っても、君の心が伴わなければ」
大仰な台詞と仕草だが、漂う気配は本気のそれだ。少し露悪的に見えるのは、彼女なりの気遣いなのかもしれない。
「何、肩肘を張る必要はないさ。私たちは、君の"当たり前"を利用しようとしているだけだ。君も、私たちをうまく利用したまえ」
「利用か……。そうだな。そうさせてもらおうかな」
そう思えば、少しは気が楽だ。当てが外れたとして、当てを見出したのはあっちなのだから。
その後、セワに本部の中を案内してもらい、いったん自室に戻った。
部屋にあるのはベッドと、机と椅子、クローゼット風の戸棚。椅子を引いたらベッドに当たる程度には狭い。まあでも個室で、しかも寝具があるだけ上等というものだろう。
明かりは足のついた台座に置かれた、石のような、宝石のような、不思議なものだった。タッチセンサーのベッドサイドランプのように、触れるたびに点灯と消灯を繰り返す。
不思議なのは、ユニットバスがあるところだ。実際には水が湧き続ける設備と、トイレと、水浴びできるスペースが合体した個室なのだが……。
これも訪問者の革新、とやらなのだろうか。無論お湯も出る。すごい。
とまあ、シンプルな部屋だ。一般的なビジネスホテル、といった感じだろうか。
出張の経験は数えるほどしかないが、こんな感じだった気がする。
机の上に、引き取った通勤カバンと弁当を置く。食堂はテイクアウトもできる、と聞いたのでもらってきた。器は食べ終わった後か、明日朝までに返せば良いらしい。
椅子に座る。思わずため息が出た。……疲れた。喋りすぎたな。
はじめてのことが多すぎて、考えなければならないこともまた、多かった。最後に実感したが、不安と恐怖も募っていたのだろう。
「異世界……。異世界……? 異世界……」
なんだかなぁ。今ですら実感がない。
寝て覚めたら夢で、夜勤をすっぽかしていたとか、そんな事態のほうがよっぽど普通だ。疲れてるんだな、で済む。
でも、疲れた頭ですらわかる。これは現実だ。
どうする。と考えたところで、今までどうしていたか。と思えばどうということはない。
人生の目的など、大して存在しない。ここに俺が居ると言うなら、ここで生きる他あるまい。帰った者も居ないと聞くし、もし帰れるというなら、そこでまた悩めば良い。
幸い、今のところ流れは悪くない。事態に流されて生きていっても、あまり損をしたことがない、というのが俺の人生である。
……まあもしかしたら、得られたものを逃しているのかもしれないが、そこはそれ。取らぬ狸の皮など、端から頭数には入っていない。
とりあえず、この世界を知ろう。身の危険さえなければ、なかなか面白そうではある。
そうすれば、自ずとこの世界の自分も見えるはずだ。
# 神
神代の時代に地上を治めた種族。
この世界の創世神であり、7柱の神々がそれぞれ、世界に何らかを与えた。
神々の呼気は魔力であったとされる。それ故、神代の時代の魔法は凄まじく、今では奇跡と見なされている。
すべての神は、神代の戦を経て地上を去った。今ではわずかに、生まれる赤子に加護を与えるとされるのみである。