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情報整理と北王の誘い

※2019/10/21 本文修正、一部表現変更(啖呵を切ったり→はったりをかけたり)

「いやあ、なかなかの寸劇だったよ。ついて行って正解だったね」


 俺とヒョウは、セワの居る部屋に戻っていた。ごきげんなヒョウと対象的に、深く深くため息をつくセワが痛々しい。

……ヒョウは自分を王と言っていた。上司だとは思っていたが、まさかそこまでとは。というか王様としては自由すぎやしないか?


 受付の人は調査のため引き渡され、取り調べを行うそうだ。

 ヒョウが言っていた通り、余罪もあるらしい。まあ、そうだろうなと思う。何しろ、あの中からモバイルバッテリーを選ぶのだから。


 他のものだって価値はある。たとえば筆記用具やノートは高値で売れるだろう。ネクタイだって、この世界からすれば上等な布のはずだ。

 だが、それはこの世界の価値の延長線上にあるためだ。要するに、そのまま使えるものである。無くなってしまえば困るし、問い合わせも来やすい……、と思う。

 社員証やIDカードは身分証明だと思ったのだろう。実用性はないが重要度が高い。盗むには適さない。


 その点、モバイルバッテリーはよくわからない物体だ。

 つまり、この世界において役に立たない可能性が高い、と想像できる。訪問者側からすれば「見つからないなら別に良いか」と思うかもしれない。

 実際、充電する対象がなければただの箱なのだ。たとえ現代人でも、ネットもなくバッテリーも限られたスマホに、強い未練は持ちにくい。


 そして、この街にはそういう"怪しいブツ"を扱う商人も居るらしい。


「交差点は商業都市でもある。割と何でも売り買いできるよ。ツテさえあればね」


 とはヒョウの談。そこら辺のルートの摘発も行うようだ。俺の想像以上に、大きな事件になってしまった。


「なんか……、すみません。おおごとになってしまって」


「はあ……。いえ、コトバさんのせいではありませんので」


 セワはため息をつきながらも、こちらに笑顔を向けてくれた。……考えてみれば、セワはここの職員だ。つまり同僚だったはずである。関係の有無はわからないが、複雑な心境だろう。


「まったくだよ。礼を言う道理こそあれ、謝罪を求めるような話ではない。むしろ、組織の闇を晒して恥ずかしいくらいだ」


 ヒョウの微笑が少しだけ変わる。呆れと、恥ずかしさと、ちょっと楽しさが混ざった笑みだ。


「きちんと締めていたつもりだったが……。西王は訪問者に興味が薄い。管理が甘くなるのも仕方がないのかな」


 そうぼやく。……何か、情報量が多くて混乱してきた。ちょっと整理しようか。



 俺は異世界へ転移した。星から落ち、ソラという男性に救助され、『訪問者管理組合』に保護された。ここは本部で、セワという女性に面接を受けている。


 この国は『四方国の交差点』という。商業都市で、恐らく『四方国』の真ん中にあるのだろう。だから交差点。わかりやすい。

 そして四方国とは、どうやら東西南北に存在する4つの国らしい。名前が出たのは『北の氷雪の国』と『西の天魔の国』。

 四方国の長は、それぞれの方位を冠した『王』の敬称を持っている。北なら『北王』、西なら『西王』。

 北王は目の前に居る。ヒョウと名乗る女性だ。

 西王は話に出てきた。ヒョウが『西の爺』というのだから、老年の男性なのだろう。


 訪問者管理組合は、どうやら四方国の合同で運営されているようだ。

 所属が違うから知らないとか、西の代表者だとはったりをかけたりとか、推測できる材料はあった。

 そして、西の王様は訪問者にあまり興味がないらしい。その温床に巣食ったのが、件の女性だったというわけだ。


 では、北の王様はなぜここに居るのだろう? 王というのなら、そうそう気軽に出かけられる身分ではあるまい。

 現に、受付の人が西王を盾に持ち出したのも、ヒョウが西王を呼ぶと返したら顔面蒼白になったのも、そういった前提があるはずなのだ。


「あの、北王。北王はなぜここに?」


「ふむ」


 俺の言葉を聞いて、ヒョウは不思議そうに首を傾げる。


「コトバ」


「はい」


「君、固いぞ。先ほどまでは、もう少し気楽だっただろう? 私のことも、親しみを込めて『ヒョウ』と呼びたまえ。私も君を『コトバ』と呼ぼう」


「……あの、良いんですか?」


 俺が問いかけた先はヒョウではない。セワだ。


「ご愁傷様です」


 会話になってない。が、ああ、この上なくわかりやすい返答である。

……俺も漫画やゲーム、小説なんかはそれなりに嗜むが、こういう気に入られ方をされて、ろくな目にあったやつは居ない。


「何だ君たち、仲が良いな。私も混ぜてはもらえないか」


「ええ、ええ。その前に、お仕事を済ませていただけますか」


 そう言って、セワは1枚の羊皮紙を取り出した。先ほど俺が記入した目録だ。


「コトバさん、内容について確認しました。問題ありません。数点、確認したいものがありますが、恐らく専門知識が必要なため記載しきれなかったものと思われます。これは後日、こちらで立ち会いを用意し聞き取りを行います」


「はい」


「今日、この後、施設の案内をします。コトバさんの部屋と、食堂等の簡単な紹介ですね。検査は明後日から実施します。それ以外の時間は自由となりますが、本部から外出する際は、付添が必要なのでご注意ください」


「わかりました」


「では、あとは北王からお願いします」


「うむ」


 北王、と呼ばれたヒョウがそううなずく。ゆったりと椅子に座ったまま、青い瞳がこちらを見据える。口元は変わらず微笑を湛えたままだ。

 サングラスの時とは、少し印象が違う。場が締まるというか、厳かな感じを受ける。人の上に立つ者の雰囲気なのだろうか。こういうのをカリスマというのかもしれない。

 それを感じるのは、彼女の目を見たせいだろうか。それとも、王という立場を明かされたからか。


「改めて、ヒョウという。北の氷雪の国の王だ。今回は『優先権』があるのでね。2人が話をしているところを、隣の部屋で覗いていたというわけだ」


 まあ、覗いているのはなんとなくわかった。通りすがりにしては事情を知りすぎていたし、そもそも部屋に入ってくるタイミングが良すぎたからな。

 しかしまた新しい単語が出たぞ。


「優先権、ってなんですか」


「ああ、そうか。処遇の話はしていたが、それは言ってないな。まあ、名前のままの権利さ。色々あるが、訪問者に早く交渉できたりする。うちに所属しないか、とね」


 そう言えば処遇の話も散らばっているな。これもまとめてみようか。



 訪問者は『確保』されてから、一定のプロセスで確認と配置を行うようだ。


 まず、訪問者の適性を調べる。

 基本的な能力もそうだが、目当ては2点。元の世界の知識やノウハウである『異界の術』と、転移に伴い発現する力である『異能』だ。

 諸々の検査に大体1か月くらいかかり、その間の生活は保証されるらしい。


 その後、もしくはそれと並行して、見どころがある。となれば、四方国からオファーが来る。

 何を見どころとするかは諸説あるのだろう。ただ、訪問者側はあまり気にしない方が良いようだ。価値観の違いもあるだろうし、できることをできるだけやれば問題はないそうだ。

 契約すれば宮仕えだ。待遇次第だが、かなり良い身分と言えるだろう。


 そういった誘いがなければ、組合のツテで就職する。

 この世界の一般的な仕事、というのが想像できないが、個人的に力仕事や接客は辛い。できれば避けたいところだ。

 とはいえ、セワが引く手あまただ、と言っていたし、俺にだって適した仕事はあるのだろう。


 そしてもうひとつ、全部を無視して、1人野に下ることもできる。

……だがまあ、これは本当に最終手段だろう。苦労も危険も伴うし、そもそも、組合や四方国がそれを良しとするだろうか?

 断言するが、絶対に監視される。うっかり反社会勢力なんかに接触したら、多分、殺される。

 そんな風には、まあ、すすんでなりたくはない。



 というわけで、検査を頑張って目指せ宮仕え! となるべきところに、


「うちに来たまえ。君には見どころがある」


 こうのたまう王様が居るのである。


「……あの、これって良いんですか?」


 とりあえずセワに確認を取る。ルール的な話なら、こちらに聞いたほうが確実だろう。


「優先権がありますので、問題ありません。ただ、コトバさんが即答する必要もありません」


 とまあ、こういう感じである。話の感じからしてセワはヒョウの部下、というか北の氷雪の国の所属だろうが、どちらかと言うと訪問者側に寄り添ってくれている。


「もちろん、今すぐ返事をしろとは言わんよ。確認はひと月ほどかかるだろう? その間に、他の三国とも話してみると良い。接触があればセワから打診があるだろう」


 セワを見ると、彼女はしっかりとこちらを見てうなずいた。


「安心したまえ。今のでわかっただろうが、彼女は北の出身だからといって、それを握り潰すようなことはしないよ。少々頭は固いが、優秀な職員だ。存分に頼ると良い」


 そう言って、ヒョウは微笑む。良い笑顔だ。誇りが見て取れる。

 割と信用はできる。……と思う。


「あの」


「ん、何だ?」


「とりあえず俺の扱いはわかりました。不満もないので、ひと月悩むことにします。ただちょっと気になることが」


 説明は受けていたが、根本的にひとつだけ、どうしても納得行かないことがあった。


「なぜそこまでして、訪問者を得ようとするんですか?」


 正直、ここが一番の認識の差異だと思う。


 落ちてきたときの記憶は、眠ったので一部しかない。ただそれでも、危険なものだったのは間違いない。そしてそれに並ぶように、ソラも……、確保要員も落ちていたのだ。

 それはつまり、飛び上がり、落っこちて、生還するという技術の存在を意味する。さらに言うなら、俺の出現位置やタイミングがずれていたら? そも、アレが1回目の試みだったのか?


――「良かった! 出現位置、割と正確だったな!」


 あのときのソラの言葉を信じるなら、"割と"正確だったらしい。つまり"正確ではないとき"もあるのだ。それならタイミングだって……。ソラ以外に複数人が居たのは、もしかしたら"予備"も含まれているのかもしれない。

 たかが人材1人を確保するのに、ここまでやるのか? ソラやセワだって、掃いて捨てるほど豊富な人材ではないはずだ。


「……ふむ。異界の術や異能を得るため、とは説明したが、少し生々しさが足りなかったかな?」


 いたずらっぽく笑うヒョウに、セワがすかさず忠告する。


「あの、あまり偏った知識を訪問者に与えないでくださいね」


「それを言うなら、今の教本の方が偏ってはいるだろう? まあ、私もすべてを見てきたわけではない。いくらか柔らかくもなるさ」


 そう前置きして、ヒョウは話しはじめた。


# 北の氷雪の国


 北の雪の大地に建てられた国。北方とも称される。四方国の長であり、最初の人の国。

 古の何かが封じられていると言われているが、定かではない。

 魔術の研究者が多く、その知識については四方国随一とされる。

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