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発覚、異世界転移

「書きながら、質問しても良いですか?」


 セワにそう声をかけると、少し驚いたように顔を上げた。

 俺がこの記入をはじめてしばらくすると、彼女は彼女で何かを書きはじめたのだ。膝の上にのせているのか、机にさえぎられて内容は見えない。


「ええ、私に答えられることなら」


「ここ、どこですか?」


「……ええっと。建物のことなら『訪問者管理組合本部』です。国の名前で言えば『四方国の交差点』。世界ということで言えば……、とくに名前はないです」


「それは、いわゆる"異世界"ってことで良いんですか?」


「はい。コトバさんが元々居た世界ではありません」


 ちらっとセワの表情を伺ったが、嘘をついているわけではなさそうだ。思わず、小さくため息が出た。想像はしていたものの、こうも真顔で言われると辛い。


「帰れませんか?」


「少なくとも、今までに"帰った"とされた人はいません」


「今まで、ってことは、俺のような存在は珍しくないと?」


「珍しいですよ。ただ、『訪問者』という呼称がつくくらいには頻度があります」


 対応の"こなれている感"はそのためだろうか。

 大体、訪問者って何なんだ?


「訪問者って、何なんです?」


「詳しくはわかっていません。私たちにわかっていることは、星から落ちてくる異世界の住人、ということだけです」


 何だそりゃ……。願ったわけでも、願われたわけでもない。ただ落とし穴に落ちたみたいに、意味もなく空から落っこちたとでもいうのだろうか。


……言うんだろうなぁ、多分。


 はた迷惑な異世界転移だ。神隠しにしても性悪が過ぎる。こういうのは望まれ召喚されるというのが一般的、という気がするが、ここではそうでもないらしい。

……というか、星から落ちてくるって何だよ。危ないにもほどがある。


 しかし、意外と情報が少ないな……。訪問者について、本当に詳しくわかっていないのだろうか。

 いや、でもソラは俺のことを『確保』したと言っていた。セワもそうだが、喜んでいるように見えた。

 わからないものを、少なくない人と物資を使って、しかもわざわざ危険を犯してまで『確保』したがる理由ってなんだ?


「詳しくわからないものを『確保』するんですか? ……この国って裕福なんですね」


「……」


 そこで黙らないで欲しい。扱われ方からして悪い想像はしていないが、ちょっと不安になる。


「うーん……。あまり先入観を持ってほしくないので、それを書いていただいたあとで説明することになっているんですが……。まあ、良いでしょう」


 そう言って、セワは小冊子を取り出した。はじめの方のページを開き、読み上げる。


「我々、訪問者管理組合は、訪問者の保護を目的とした組織です。訪問に伴うあなたたちの安全確保と、その後の検査、就学や就職の提案、斡旋等を行っています」


 どうやらテンプレ説明らしい。こういうのは大抵、品質を均一化するために用意するものだが……。窓口、と言っていたし、担当者が複数いるのだろうか。

 しかし、何なんだこの組合。いたれりつくせりか。ソシャゲのスタートダッシュボーナス並みの充実度だ。


「……それ、訪問者側にメリットしかないんですけど」


「ええ。もちろん、こちらから求めるものもあります」


 その「当然ですよね」みたいな笑顔やめて欲しい。「よくわかりましたね」みたいなニュアンスも入ってる気がする。何だろうこれ、面接みたいだな。


「我々の目的は大きく分けて2つです。1つ目は、訪問者から学ぶこと。異世界の知識や手法、いわゆる『異界の術』を得ることです。そしてもう1点が、訪問者が世界を渡る時に得られる、という『異能』を確認し、その利用をさせていただくことです」


 また新しい単語が……。でも比較的、話はわかりやすい。

 異界の術、というのは、さまざまな知識やノウハウだろう。俺の世界なら科学技術とか。この世界にない知見、といえば通りが良さそうだ。

 異能、というのは……、正直よくわからないが、多分アレだ。異世界もの特有のチート能力とか目覚めた力なんかの、ああいうやつ。

 要約すれば、どちらかを差し出せば、対価として快適に暮らせる。というふうに聞こえる。問題があるとすれば……、


「その、異界の術も、異能も、持っていない訪問者だったら?」


「……ええと。勘違いしていただきたくないのですが、必ずしも本人がその"希少性"を判断できる、とは思っていません。その訪問者目録も、隠れた希少性を見つけるためのものです」


 さっき言っていた"先入観"というのはこのあたりのことだろうか。

 確かに、役に立とうと張り切るあまり、欠点を隠そうとする者も居るだろう。それがこの世界で利点になりうるかもしれない、と思えば、自然体で居てほしいというのもわかる。

 面接みたい、じゃなくて面接だったんだな。これ。


「さらに難しいのが異能です。我々で見当がつくものであれば発見もしやすいのですが、そうとも限らないので……。もちろん、こちらも検査があります。なので『何もない』としても、その検査期間中……、少なくとも1か月は生活が保証されます」


 うーん、いわゆるステータス表示的なやつはないんだな。それはまあ、利点とも欠点とも言えそうだ。

 俺に異能があるのなら、さっさと知ることができないのは欠点だ。ただ、異能がないと仮定すれば、時間の猶予を稼げる利点がある。現に、検査をすれば1か月はニート生活だ。


「1か月……。そのあとは」


「異界の術や異能があれば、四方国のいずれかに割り振られます。……四方国、というのは、簡単に言えばこの世界を治める4つの国です。そして、もし本当に何も見つからなければ、市井の人として生活していただくことになります。こちらでも、適性にあわせた斡旋は行います」


 一応、どんなルートを選ぶにしろ、最後まで面倒は見てもらえるようだ。これも力がはっきりしない利点かな。

 異能を探したけれど、ないとは言えない訪問者。コストを払わず監視下に置けるなら、そうしておいて損はない。


「あとは……、異界の術や異能の有無にかかわらず、個人として就職し生きていく道もあります」


「……そんなことができるんですか?」


「いえ、とても難しいと思いますが……。過去の訪問者の中には、そういう方もいらっしゃるそうで」


 そりゃあ大変だろうな、と思う。

 どういう判断だろう。この組織や国を怪しんだのか。もしくは、とてつもない異界の術や異能を手に入れて、なんでもできちゃう心持ちになったのか。


「あまり、こういうことを先に言うのは良くないんですが……。今の時点で見出だせるものだけでも、コトバさんなら引く手あまたですよ」


「会話と読み書きができれば、それなりの職があると。……これも異能なんですか?」


「ええ。我々は『翻訳』と呼んでいます。コトバさんは受け答えも流暢ですし、今見る限りでは読み書きも問題なさそうです。活かせると思います」


 なるほど。日本語に見える文章、日本語に聞こえる会話のからくりはそれか。

 話を聞く限り、スキルレベル的なものもありそうだ。俺が流暢、ということは、そうじゃない訪問者も居たということだろう。

 しかし、穴の多そうな異能だ。言葉がわかるといっても、コミュニケーションがそんなに手軽にできるものなのか?


「……それって、どれくらいの精度なんでしょう? ちょっと考えただけでも、意味の取り違えとか、問題が起きそうなんですけど」


「私も詳しくは知りませんが……。ええっと、とある訪問者の残した証言によると、『世界が彼我の意図を見出す。それを訪問者に伝え、それが相手に伝える異能』。だそうですよ」


 パラパラと、小冊子の別のページを開き、セワがそれを読み上げた。


……んん? それが本当なら、思ったよりすごい力だぞ。


 俺は最初、翻訳は"翻訳する力"だと思っていた。自分が思っている言葉を、相手がわかるような言葉に翻訳する。相手が思っている言葉を、自分がわかるような言葉に翻訳する。そんな力。

 でも、証言から受ける印象は違う。


 世界が自分と相手の意図を見出して、それを理解できるように伝えてくれる。ということらしい。


 何が違うって、視点が"主観"ではなく"俯瞰"している。どちらかと言うと"世界が翻訳してくれる権利"だ。わかりやすく言うと"勘違い"がない。

 どこまで通るのかわからないが、今までで確認できたものもいくつかある。


――「詳しくわからないものを『確保』するんですか? ……この国って裕福なんですね」


 たとえば皮肉。


――「……それ、訪問者側にメリットしかないんですけど」


 たとえば外来語。

 駄洒落なんかも行けるかもしれない。

 固有名詞はどうなるのだろう。

 もしかしたら、簡単な嘘を暴くことだってできるかもしれない。



――なら、あの違和感は?



「書き終わりました。……あの、ちょっと受付で確認したいことがあるんですけど、良いですか?」


「え、ええ。あ、でも付添が居ないので……」


 羊皮紙を受け取ったセワは少し慌てていた。多分、段取り通りならまだ確認すべきことがあるのだろう。

 ちょっと性急すぎたかもしれない。ただ、急がないと確認できなくなる可能性もある。そう思っていると、背後で扉の開く音がする。


「私が、ついて行こうか」


 唐突に現れたそれは、部屋に入るなりそう言った。


# 四方国の交差点


 大陸の真ん中に位置する商業都市であり、国のひとつ。単に交差点とも称される。大陸の交易の中心。

 四方国の中央に位置することから、王様のへそとも呼ばれている。

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