第07話 ◇彼女が剣を握った理由
今話は一人称パートです。
この1話のみ。
マルテ(マルチェラート・ヴィヴァーチェ)視点です。
◇彼女が剣を握った理由
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……なぜ。
その『剣』が地に落ち、悪党が血の一滴も残さず消え去った後。
わたくしの胸中はたった一つの思いに囚われていました。
なぜ。
どうして。
思考が三度も空転した頃になって、『慈雨』の反動で血を吐いて。
駆け寄ってくる団員たちを見て、わたくしはようやく正気に戻りました。
ええ。本当は分かっていました。
そこに思考の余地などなかったのでしょう。
考えるより先に身体を動かしていたのでしょう。
だから今際の際に、あなたはそうやって満足した表情で逝けたのでしょう。
けれど、ヴァネッサ。
あなたがそうして安堵の表情を浮かべて逝ってしまったこと。
それがあの言葉を思い起こさせるのです。
『お嬢様の命は、かけがえのないものです』
――その言葉は、呪いのようでした。
『聖女の代わりはいないんですから』
『騎士団長の代わりにはなれませんから』
『将軍の代わりなんて誰もできないのですから』
誰かが。誰もが。そして誰よりも、あなたが。
幾度となく繰り返した言葉。それは。
自らに首輪を課す呪詛のように聞こえていました。
けれど、ヴァネッサ。
わたくしにとって何よりも代えがたいのは、あなただったんです。
わたくしにとってかけがえのないものは、あなたとの時間だったんです。
そうして涙が溢れ落ちようとしたとき、足元に落ちていた『剣』が目に映りました。
わたくしは"無剣の"マルテ。
身を守るためにも、敵を討つためにも、剣を持ちません。
そんなわたくしの『名』のためだけに、騎士団の皆は剣を使いませんでした。
だからそれは――忌まわしきキース・ブライトの『剣』。
『唯一有二の剣』。
わたくしの『慈雨』をもってしても――いいえ、この世にあるどんな手段をもってしても破壊できないという至高の剣。
あらゆる剣であり。
同時に無二の剣でもある。
神に愛された一振り。
その剣身が、妖しく光を帯びていました。
ごくり、と。
喉を鳴らしたのは、きっとわたくしだったのでしょう。
思い出したのは一つの伝説。
教会の聖史鏡裏宮に秘された一冊。
世界のどこかにあると記された禁忌の剣。
不滅を模したというその剣が、もしも本当にあったとしたら。
――あったとしたら。
私はどうするのでしょう。
気付けばわたくしは、その『剣』を握っていました。
『剣』が応えたのは一瞬のこと。
そして知りました。
「――――」
禁忌の剣が確かにあったということを。
「――ッ」
それが確かに禁忌の剣だったということを。
少し考えれば分かることでした。
分かるはずだったのです。
死者の蘇生。
そんなものが本当に、真っ当に、神への信敬を集める聖十字を、模した剣を通じて行なえるのなら。
教会上教の方々が手を伸ばさぬはずはないと。
その剣――黄泉孵りの剣は、斬りつけた死体をアンデッドとして使役するというものでした。
呪いの武器と呼ぶに相応しい、制限や代償の数々が課せられていましたが。
それでも望む者には、安く映ることでしょう。
悍ましい力です。
恐ろしい代償です。
けれどわたくしの目には、そんな代償など安く思えたのでした。
きっと普通の人間が持てば、その力に呑まれてしまうことでしょう。
でも、大丈夫。
鮮やかな希望が、わたくしの脳裏を――いえ、胸中すべてを占めていました。
そして"無剣の"マルテは、『剣』を振り上げました。
神に愛されし女が"聖女"なら、神に愛されたこの『剣』はきっと、"聖剣"だ。
だから、大丈夫。
わたくしは"聖女"マルチェラート・ヴィヴァーチェ。
聖剣を以て奇跡を行なう者。
わたくしは一度だけ、祈るように目を瞑じて。
鼓動を止めたヴァネッサの身体に、『剣』を振り下ろしました。
初めて誰かを斬るという感覚を。
わたくしの掌が覚えることは――ありませんでした。