第三話「魔物が見詰める前で」
今年も後1日!
いつものと違った時間帯に投稿してみたり。
「こほん。色々ありましたが、助けていただきありがとうございました。自己紹介がまだでしたね。私は、アリーシャ・ウェルバーナといいます。冒険者なり立ての新米魔法使いです」
「新米のうえに魔法使い。なぜ、一人で魔物に挑んだ?」
「ら、ライバルに馬鹿にされて……」
「なるほど、カッとなり一人で挑んだ、というわけか」
水色の生地と白いフリルが多いメイド服を着用した白髪の少女アリーシャ。
どうやら、新人冒険者らしく、魔法使いという職業にも関わらず一人で挑んだのは、ライバルという存在に馬鹿にされたせいのようだ。
「ところで、杖が見えないが、どうした?」
「あ、私。杖を使わない魔法使いなんです」
「ほうほう。最近の魔法使いにしては、魔石によるブーストなしで、魔法を使うのか?」
「……か、買うお金がないんですよ」
なるほど、とアリーシャの言葉に無言になる剣児。
やはり、どんな時代でも、どんな世界でも金は重要ということか。
「というよりも! 私には武器なんて必要ないんですよ! お父さんは言っていました! 私達の武器はこの体だって!!」
「つまり、お前はその発育のいい体で」
「ち、違います! なんでそっちの方向で考えるんですか!?」
「男だからだ」
女の体に興味がなければ男ではない。
そうでなければ、子孫など残せない。
女が苦手? 女に興味がない? そんなことは絶対ありえない。それは、ただ女を知らないだけだ。剣児は常に女に興味を持っている。
いや、この世の全てに興味を持っていると言ってもいい。
自分の知らないものを知りたい。
「お?」
「な、なんですか?」
微妙な空気になったところで、剣児が立ち止まる。
その視線の先には、砂煙が待っていた。
どうやら、何かがこっちに接近してきているようだ。ガーデジオは、すでに目に見えている。巨大で強固な壁で囲まれている王都。
しかし、それを邪魔するように。
「……え!? な、なんでこんなところに!?」
「あれはなんという魔物なんだ?」
こちらへと接近してくるのは、鬼のような顔つきの二メートルは超える魔物。右手には大降りの棍棒を持っており、肌の色は黄緑。
剣児の知っている限りでは、ゴブリンという魔物に似ているが、あれほど大きいとは聞いていない。ゴブリンは大きいものでも、百五十センチメートルぐらいだ。
「あ、あれは【オルゴブリン】と言って最近現れるようになったゴブリンの上位種なんです! で、でもこの辺りに現れることはないはずなのに」
「おそらく、他の場所で誰かにやられ、ここまで逃げてきたのだろう」
「どうしてわかるんですか?」
「見ろ。奴の体を。傷だらけだろ? それに、かなり目が血走っている。あれは、相当興奮しているな。このままだと、確実に俺達が標的として狙われるだろうな」
まだかなりの距離が離れているというのに、剣児はオルゴブリンの体の状態などを一瞬のうちに確認し、どうしてここにいるのかを予測した。
その視力のよさと観察力の高さにアリーシャは本気で驚いている。
「た、ただの変態さんじゃなかったんですね!」
「俺は、変態ではない。そういえば、俺の名を教えていなかったな」
「あ、いや、知りたいですけど。今はそんなことをしている場合じゃ!」
そう、今はオルゴブリンが急接近している。
この場から逃げるか戦闘体勢に入らなければならない。が、剣児はそんなものは関係ないとばかりに、アリーシャの前に立ちふっと笑う。
「俺は、光でもあり闇でもある! そう、決して交わることのない力を俺は操る! それはなぜか? 簡単だ! この俺がゆ」
「あっ」
「ぐはぁっ!?」
当然の結果だった。
興奮している魔物を目の前にして、背を向けていれば……容赦のない攻撃が襲う。棍棒で思いっきり殴られた剣児は綺麗な弧を描き宙を舞う。
「え、えっと……メイド服の人!!」
「誰がメイド服の人だ!!」
「だ、大丈夫なんですか?」
普通ならば、体に多大なダメージを受け、骨が砕かれていてもおかしくない打撃を受けたのにも関わらず剣児は空中でくるっと体勢を立て直し、着地する。
「大丈夫に決まっているだろ。いいか、アリーシャ」
「は、はい」
随分と吹き飛ばされたが、剣児は再びアリーシャの目の前に立ち、ポーズをとる。
「俺は、光でもあり闇でもある!」
「やり直すんですか!?」
「当たり前だ! 自己紹介は大事だと教わらなかったのか!!」
「お、教わりましたけど! う、後ろ!!」
そう、まだオルゴブリンはその場に居る。
ひどく興奮しているオルゴブリンは、辺りの地面や岩などへと攻撃し、それは剣児へと再び向けられる。
「邪魔をするな!!」
「グオッ!?」
一喝。
興奮していたオルゴブリンは、何かに縛られているかのように硬直した。目の前で見ていたアリーシャもいったい何が起こっているのか理解できていない。
当然といえば当然だ。
剣児が、使ったのは左目の力。
右目が魔眼ならば、左目は神眼。その神眼の力は、言葉に乗せ力を発動することで魔なる者の動きを封じることができる。
「さて、これで心置きなく自己紹介ができるな」
「あ、はい。そう、ですね」
「さあ、聞くがいい! 俺は光でもあり闇でもある! そう、決して交わることのない力を俺は操る! それはなぜか? 簡単だ! この俺が勇者の息子であるからだ!」
「え? ゆ、勇者の息子?」
「我が名は、威田剣児!! ヴィスターラを救い、神に愛された勇者。威田刃太郎の実の息子である!!」
気持ちよく自己紹介を終えた剣児は、どうだ? と言わんばかりにアリーシャの反応を確認する。
当然のように唖然。
開いた口が塞がらない状態だ。
そんなアリーシャにゆっくりと近づき、剣児はその場でしゃがむ。
そして。
「なにするんですか!?」
スカートを捲ろうとした。
「お前が反応しないからだ」
「だからってスカートを捲ろうとするなんて、ありえませんよ!! え? というか、ほ、本当に勇者の。あの刃太郎様の息子、なんですか?」
「嘘をついてどうする。俺は、嘘は嫌いだ」
曇りなき綺麗な眼と真っ直ぐな言葉。
それを聞いたアリーシャは、魔力空間に手を突っ込みとあるものを取り出した。それは、一枚の肖像画。そこには、若き頃の刃太郎の姿が描かれていた。
「こ、この人ですよね!」
「ああ」
「この人の息子なんですよね!?」
「そうだ」
「な、なにか証拠となるものとかは!?」
「我が父と一緒に撮った写真だ」
ポケットから取り出した携帯。そこからアルバムを開き、大人になった刃太郎と剣児が一緒に写っている写真をアリーシャに見せ付けた。
それを奪い取り、アリーシャはマジマジと写真と剣児を交互に見る。
「……ほ、本物なんですよね?」
「もちろんだ」
「えーっと……握手、いいですか?」
「いいだろう」
決して弱くない魔物オルゴブリンが見詰める中、のん気に握手を交わす二人であった。