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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗が走る!~ご近所様の殺人事件
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(6)事件の全容を解明せよ

パイプ椅子の上にお座り中の猫天狗は、自慢のヒゲを素早くお手入れすると、再び口を開いた。


「話を戻そうじゃニャいか、ケイ君。元々、あの住宅街に、強い殺意を持った人物が出現した事は、ミーは既に察知していたのだニャ。だがニャ、たいていの人類は、ミーの警告など脳みそに入らない。違うかニャ?」

「違わない」


目暮啓司めぐれ・けいじはゲッソリとしながらも、猫天狗を眺めた。


最初に、『フツウのネコじゃ無い』と感じたのは正解だった。首筋のジワジワと来る本能的な感覚は、間違いじゃ無かった。ドンピシャだった所で、嬉しくも何とも無いが。


――そもそも、ネコが喋るだなんて思うものか。しかも六本の尾に黒い羽、いよいよ天然記念物レベルの珍物だ。人類サイズ並みのデカさだと流石に扱いにくいだろうが、何とか普通のネコサイズに押し込めたまま、ペットショップに上手く売りつければ、どれくらいのカネに……


猫天狗が金色の目をキラッとさせた。


「今、ミーを捕まえて、ペットショップに高く売りつける事を考えてたニャネ?」


まさに図星。


目暮啓司めぐれ・けいじは、『何で分かるんだ』と、ギョッとするのみだ。


「感覚シンクロ調整をやっておいてあるからニャ、全部テレパシーで筒抜けだニャ。まぁプライバシーってモノがあるしニャ、ミーは基本的に、ケイ君の脳みそを盗聴する事は無いニャ。ただし、さっきのように、不穏な思考ビームが出てる時は例外ニャネ。ケイ君が『ジジ眉毛』と呼んだあのテリア種が、ケイ君を捕まえたのは、ミーの依頼に応じての事ニャン」


目暮啓司めぐれ・けいじは、あの『ジジ眉毛のテリア種』が、犬にしては不自然な行動を取っていた事を思い出した。


日暮ひぐれの婆さんが言っていたように、普段は大人しい犬に違いない。そして、そういう気質の犬が、いきなり獰猛になって見知らぬ人物に飛び掛かるという事は、犬自身が身の危険を本気で悟らない限り、有り得ない事なのだ。まして、危険を感じた所で、逃走よりも闘争を選ぶという事自体が、有り得ない事である。


猫天狗は、愉快そうにピクピクとヒゲを揺らした。


「生きてる人類と話すのは数百年ぶりニャ。人類は、死んでからでないと、大抵は直通の精神感応はしないからニャ」

「最近、死んだ人と話したことは、ある訳だな」

「勿論ニャ。この前の冬、日本海側から来た緊急の召喚に応じて、死人の――というよりも、その霊体の――依り代を務めた事があるニャ。彼は実に興味深い人だったニャ。今頃は、彼は黄泉国よみのくにで楽しくやっている筈だニャ」

「誰なんだ、そいつは?」

古代こだいすすむ博士だニャ」


目暮啓司めぐれ・けいじは、アングリと口を開けた。


「有名人じゃねぇか! 日本古代史を志す学生なら、一度はあの人の講義を聞きたいと思うもんだ! 確か、『夜島』の研究をしてる時に、心臓ショックか何かで急死した……ってニュースが、全国版の新聞に載ってたような……」

「彼の武勇伝は後で話すニャ。今は、あの住宅街で起きた毒殺事件を解き明かす事が先ニャ」

「てめぇ、あの鈴木ババは、毒殺されたと見てる訳だな?」

「ニャー」


猫天狗は、金色の目をキラッときらめかせて、シッカリとうなづいた。


完全に会話が成り立っているせいか、いつの間にか目暮啓司めぐれ・けいじは、『話し相手は人類では無い』という事実を失念し始めていた。勿論、神霊レベルの存在との驚くべき言語的感応をやってのけている――という事実など、すっかり意識していない。


「ミーも、事件の全容を見ていた訳じゃ無いニャ。ケイ君と同じくらいの事実しか承知してないのニャ。だがニャ、これだけはハッキリしてるニャ。この事件、早急に解決しないと、第二の犠牲者が出るニャ」

「何で分かる」

「強い殺意を持つ思念ビームの存在を相変わらず感じるのだニャ。夜明けまでに完全犯罪が二つも重なると、千引ちびき大岩おおいわの頭痛の種が増えてしまうニャ。地獄だって、最近はアップアップだしニャ」


目暮啓司めぐれ・けいじは、戸惑いを感じながらも思案を再開した。ふと、窓の方に目を巡らすと――日は既に暮れていた。各所で街灯が灯っている。


――明らかな殺意をもって、毒を盛ったのだ。今夜の夕食のおかずを利用した……毒殺。


その事実を検討していると、目暮啓司めぐれ・けいじの背中がゾワゾワして来るのであった。


――俺が日暮ひぐれの婆さんのカレーを堪能している間に、あの鈴木のババは、どうやってか、台所から、天に召されちまったんだろう。煮魚料理を作っている間に。味見してチェックしている間に。


あのボヤ。あの焦げ臭い空気は、コンロの火が掛かり続けていた煮魚料理が、遂に焦げてしまったからだ――と考えられる。


「全く、近所一帯が大火事にならなくて幸いだったな。火事ってのは寝覚めがわりぃしよ」

「ニャー」


猫天狗は、目暮啓司めぐれ・けいじの思考を、テレパシーであらかた読み取っている様子である。


「鈴木ババの、あのハワイアンな甥っ子の帰宅タイミングが、非常に良かったという事もあるんだろうな」


思案を口に出して呟いていた目暮啓司めぐれ・けいじは、不意に眉根を寄せ、息を止めた。


――帰宅タイミングが、非常に良かった……


――非常に良かった……?


目暮啓司めぐれ・けいじの脳みそをつつきまくる、違和感がある。


猫天狗のピッカピカの金色の目が、クワッと見開かれた。ヒゲがピピンと波打った。


「イイ所を突いたかも知れないニャ。ミーは、ちょっと偵察して来るニャ」


そう言い残すと、猫天狗は、煙の如くドロンと消え失せた。目暮啓司めぐれ・けいじは、目の前で起きた怪異現象に、ポカンとするのみだった。



――猫天狗は、時間を操作するすべすら、心得ているのだろうか。


目暮啓司めぐれ・けいじがそう思わざるを得ない程、次に続くタイミングで、あの二人の刑事が聴取室に戻って来た。坊ちゃんの印象がまだ抜けていない新人刑事と、セレブ風のベテラン中年刑事である。


新人刑事は戸惑いの表情を浮かべながら、聴取室の隅にある助手用のパイプ椅子に腰を下ろした。ベテラン中年刑事が目暮啓司めぐれ・けいじの向かい側の席に着くなり、口火を切った。


目暮啓司めぐれ・けいじくん。日暮ひぐれ夫人に本名を名乗っていたんだな。我が地区の住民リストを照会したら、すぐに見つかった。現在住所は、そこの二つの幹線道路を挟んだ先の、中古アパート。それで堂々と空き巣をやろうというのが、驚きだよ」


現代のパソコンの処理能力は、偉大なのである。


ベテラン中年刑事は、長年の勘で、目暮啓司めぐれ・けいじがポカンとしている状況である事に気付いたらしい。もっとも、目暮啓司めぐれ・けいじがポカンとしていたのは、猫天狗が巻き起こして行った怪異現象のせいなのだが。


ベテラン中年刑事は、真の原因について少し誤解した状態のまま、言葉を続けた。


「まぁ、そう驚くで無い、目暮めぐれ君。さっき、日暮ひぐれ夫人が、わざわざ息子と一緒に警察署にやって来て、『あの人は何も盗んで行かなかったし、悪い人じゃ無い』と言って来たんだよ。息子の方は180度、正反対の意見だったがな」


目暮啓司めぐれ・けいじは、ようやく『猫天狗ショック』から立ち直って来た。頭をハッキリさせるため、髪をガシガシとやる。いっそう髪型が乱れたが、目暮啓司めぐれ・けいじは、ベテラン中年刑事の言葉を考慮するくらいの余裕が出て来たのであった。


――そうだった。日暮ひぐれの婆さんには、『だらしねぇ』息子が居るんだった。昼間っから、パチンコ三昧しているような。


目暮啓司めぐれ・けいじが詳細を思い出している間にも、ベテラン中年刑事の話が続いていた。


いわく。


日暮ひぐれの婆さんにとっては、目暮啓司めぐれ・けいじは、まさしく腹を空かせた中高生男子さながらだった。大盛りのカレーをとっても幸せそうに食べていたし、あんなイイ顔で食べる人に悪人は居ないだろう。空き巣をやろうとしているのは、空きっ腹に耐えかねての事じゃ無いのか――というのが、日暮ひぐれの婆さんの見立て、と言う訳だ。


「まぁ実際、目暮めぐれ君は、数年前の連続放火事件に関して、疑いを掛けられて、勤め先を解雇されている。もっとも目暮めぐれ君が居なくなった後、真犯人が現行犯で捕まったから、その疑いは晴れてる訳だが」

「真犯人?」

目暮めぐれ君の元・勤め先の上役の、不良息子がな。精神鑑定の結果、親離れと混同した末の傍迷惑な独走に、遅れた反抗期ストレスが重なっていたという診断が下っている」


――全く下らねぇ冤罪だ。俺の諸々のタイミングが悪かったせいもあるんだろうが。


目暮啓司めぐれ・けいじは、『フン』と鼻を鳴らした。


「だから会社や警察ってのは、信用ならねぇってんだ」

「それは反省する。だが、目暮めぐれ君が空き巣を20件以上も繰り返していたのは、事実だ」

「幸いに、そっち方面で才能を授かってたんでね。あの『ジジ眉毛のテリア種』が、余計なことしなきゃ……」

日暮ひぐれ夫人の飼い犬には、後で感謝状を贈らなければな」

「勝手にしやがれ」


後ろで、新人刑事が、何やら吹き出した様子である。


それが幸いにも、目暮啓司めぐれ・けいじの思考に、スパークを呼び起こしたのであった。


「そうだ! あの鈴木ババ、毒殺だったんだろう?!」

「調査中だ。だが、何で毒殺されたと分かる?」


ベテラン中年刑事の促しに応えて、目暮啓司めぐれ・けいじは、鈴木家で目撃していた内容を、まくしたてた。


「俺は野次馬のジジババどもの後ろから、あの現場の台所を見てたんだ。争いの痕跡は無かった。知り合い同士であっても、殺される勢いで襲われたりすりゃあ、本気で抵抗するもんだろ。目の前にナベがあって、それで抵抗しなかった、と言うのは不自然すぎる」


目暮啓司めぐれ・けいじは息継ぎもせずに、言葉を続けた。


「それに、あのボヤは、煮魚料理を作ってる間に発生した筈だ。って事は、あの鈴木ババは、煮魚料理を作ってる間に、自分でも知らないうちに――ボヤが出る前のタイミングで――急に死んだって事だ」

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