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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗!~「赤き緒のたまゆら」事件
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(5)赤き緒のたまゆらを~なかなか深い結びだニャン・後篇

ぎこちない補助杖つきの足音が、せかせかと近づいてきた。


シニア女性マネージャー堀井ホリー


ワラオー所長を認識して、いっそう緊張して青ざめた顔になっていた。


「あの人を襲撃したのは所長ですね」


質問では無く、確認だった。


目暮啓司メグレ・ケイジの足元で、すでに怪異では無い銀灰シルバーネコ、すなわち猫天狗ニャニャオが、普通のネコの鳴き声でもって合いの手を入れる。


「ニャー(その通りニャデ)」


緊張しながらも目暮啓司メグレ・ケイジは、記憶に引っ掛かっていた内容を述べた。


「ワラオー所長自身が、そう言ったのを聞いてる。カツオ氏とマネージャー堀井ホリーが、所長室のパソコンを……ファイルを、さわってたとか。ワラオー所長は、2人を、すぐに所長室から追い出した、と……」


幾つかの疑問点が、見る見るうちに、回答となって結びついてゆく……



少女アイドル『ジライちゃん』こと樹里ジュリが、証言していた。


深夜ショーの前に。カツオ氏とマネージャー堀井ホリーの2人が話していた、と。『マスタデータが何処から流出したか、知れたかも』――と。



パソコンのログ。


マスタデータの流出。


編集――押さえる。証拠。


――『ジライちゃん』こと樹里ジュリが、大きなショックを受けること確実な……



マネージャー堀井ホリーもカツオ氏も、極秘レベルの慎重な追跡をしようとしたほどの――その人物に当てはまるのは……



「カツオ氏は、情報技術者の資格を幾つか持ってる。マネージャー堀井ホリーと協力して、ワラオー芸能事務所の所長パソコンの中に、『ジライちゃん』シリーズ海賊版の、違法編集ログを見つけた筈だ。非公開データ流出アカウントとか、違法映像の生成AIアカウントのログとか……バレたと直感して、カツオ氏を始末しようと……電話機の交換の件は、よく分からないけど」


香多湯出カタユデおうが、口を挟んでくる。


「電話の件は、わが香多湯出カタユデ探偵事務所が仕掛けた盗聴器があったからの。非公開の映像データ転売屋との、なんらかの連絡があるのではとにらんでおったゆえ」


「貴様か、クソジジイ! お蔭で事務所の電話機を全部、交換する羽目になった! いくら金かかったと思ってる!」


ワラオー所長はジタバタと、わめき散らした。若手の刑事と、男性ボディガード渡辺に、がっちり両脇を固められながらも。


目暮啓司メグレ・ケイジのなかで、次々に、確信がひらめく。


「あれだけ『ジライちゃん』にブラック労働させてたら……医療保険とかの福利厚生も完全ブッチのうえで……、儲けは大きい筈だ。事務所の稼ぎがしらの、アイドルの稼ぎが少ないってのは、あり得ない。本来『ジライちゃん』が受け取る筈だった報酬を、中抜き……横取りしてたんじゃないか? 税金を払ったから少なくなったんだとか、なんとか言って」


ワラオー所長は、グッと詰まった。図星だったらしい。


そして。


「私が受け取るカネだ、何が悪い! あのアイドル少女『ジライちゃん』は私が育てた! だのに、あっという間に燃え尽きた! これからブレークして、ビッグスターになろうって時に! 地下アイドルのまま、プッツンした! レッドカード退場モノだ! ピチピチ身体を欲しがる変態プレイ金持ちエリート向けの、ビッチ海賊版のほうが、はるかに儲かった! 所有主たる私の当然の権利だ! 海外からの高額売春の商談ドカドカ来てるんだ、ゴタゴタ言うな!」



――あまりにも、嫌な一致だ。



「それ、そっくり、あの脅迫状の文句と一緒じゃねえか。あの脅迫状も、ワラオー所長が送り付けてたってことか。几帳面に」


「カツオ野郎が、それくらい、やらかすべきなんだ! へッ、一皮むけば色ボケジジイだからな老害野郎は、ハニートラップの弱みとか……堀井ホリーのような奇形の閉経ババアと恋愛するか、普通! だが念には念をだ! 親密な関係になってるのなら……堀井ホリーも機密情報を知りすぎてるからな!」


セレブ風の中年刑事・伊織イオリが、呆れたようにフーッと息をついた。


「よろしくない方向に知能が回るのは、ワラオー所長だけじゃ無い。例の海賊版の転売屋が『ワラオー所長からデータをもらっていた』と証言した。仲間のハッキング業者を使って、発信元のメールアドレスを分析して、ワラオー所長ということを突き止めていた。弱みを握ったので、近々、脅迫ビジネスを追加する予定だったとか」


しばしの沈黙。


因果は巡るというべきか。自業自得というべきか。


身の破滅を悟ったワラオー所長の顔面に、恐怖が浮かび。脂汗が流れはじめた……


やがて。


男性ボディガード渡辺が、ボソッと指摘した。


「カツオ氏は、襲撃者がワラオー所長と知っている筈。カツオ氏が意識を取り戻したら、どうするつもりだったんだ?」


ワラオー所長が、ビクリと飛び上がる。


「ヤツは、確実に死亡する筈だ! 致命傷だからな、意識を取り戻しなどしない筈だ!」


人体の急所を熟知したうえで、みずからの殺傷技術に自信をもって襲った――襲撃者・本人で無ければ、あり得ない言葉。


「奴はО型マイナス。その血液型の輸血パックは、もはや枯渇したと、病院で聞いた! 回復することは絶対に無い!」


マネージャー堀井ホリーが厳しい眼差しになって、ワラオー所長を見据える。


「カツオさんは、回復します。病院に、О型マイナスの輸血用血液が追加配送されているそうです。知り合いの当直の看護師が、ついさっき電話で教えてくれたの。峠を越えた、と」


目暮啓司メグレ・ケイジは、さすがに息を吞んで……足元に居る猫天狗ニャニャオを、素早くチラ見した。


訳知り顔な銀灰シルバーネコの傍で、ふたつばかり光球オーブが揺らめいている。


うっすらと映し出されているのは、猫天狗ニャニャオの友神ゆうじんクスタマと……何故か同席している、あの献血バスの「ゆるキャラ」。マネージャー堀井ホリーあての電波に乗って、特別に、やって来たのだろうか。そんな感じがする。


ワラオー所長は、もはや自暴自棄なのか、無駄にあがいていた。


「ヤツが意識を取り戻したとしても、襲撃者の顔は見なかった筈だ! そうとも、そうに違いない!」


セレブ風な中年刑事・伊織イオリが、スッと、ビニール袋を取り出した。


ビニール袋の中には、見覚えのあるブツ。


あの赤いロープだ。


血液輸送車が、たまたま通りかかった事件現場の近くで、拾って、届けて来たという――


ギョッとして目をく、ワラオー所長。


伊織イオリ・ド・ボルジア・権堂ゴンドウは、冷静に言葉を継いだ。


「自己流とはいえ修験道に打ち込み、戒名かいみょうまで名乗っている貴殿には、一目で判るようだ。修験道の装束の一種『貝の緒』。山岳修行の際の、登山ロープなどとして活用される。警察の鑑識の能力をめてはいけない」


香多湯出カタユデおうあごに手を当てて、ピンと来た顔になる。


「ふむ。その『貝の緒』、左右一対に装着するものじゃ。いま、ワラオー所長の腰にもあるが、片方しか装着しとらんな、しかも自己流の、パッと外しやすいやり方で。それでは、どこかに、もう片方があった筈じゃ……事件現場の近くに、犯人遺留物として」


ワラオー所長は足をジタバタさせて、がなり立てた。


「冗談を言うな!」


「鑑識に回したところ、襲撃事件が起きた後、現場近くの横の道路を通過した――例の血液輸送車が拾ったという『貝の緒』には、カツオ氏の血液が付着していた。房を留める金具にも、ワラオー所長の指紋が」


「……ッ!」


「そして、現場の非常階段を緊急で再調査した。完全一致する『貝の緒』繊維と、強くこすれた痕跡が、流血の階層の取っ掛かりに見つかった。ゆえに、次のような推測が成り立った」


セレブ風な中年刑事・伊織イオリは、そこで上品に「オホン」と咳払いをした。集中しているうちに自然に出てきたものだ。イヤミなどでは無く、本物の上流階級の仕草。


「襲撃された際、カツオ氏は瀕死の状態で『貝の緒』を確保していた。襲撃者の側は、ことを急ぐあまり『貝の緒』を奪われたことに気づかず、残った『貝の緒』を非常階段の取っ掛かりにつないで、登山ロープの手法で、高速で地上まで伝い降り。そして『貝の緒』を回収しつつ、逃走した……」


「そこから先は、私にも読めるぞよ」


香多湯出カタユデおうの静かな断言は、ほとんど、誇りと……驚嘆に満ちていた。


「カツオ氏は、残った体力気力の限りを尽くして、確保した『貝の緒』を思いっきり遠くへ投げたんじゃな。気づいた襲撃者が戻ってきても証拠隠滅できないようにするために。そして『貝の緒』は、事件現場の横を通る道路へ落ちた。緊急バリケード対象外の区域だったところじゃ。そこを緊急配送の血液輸送車が通りかかって、ビンゴ! 善良な担当者たちが、つないだ訳じゃな。これほど予想外のプロセスをたどるとは思わなかったがの」


大柄な男性ボディガード渡辺が、なんどもうなづいている。


「情報連携で承知していますが……不可解なまでの事件現場の状況も、瞬間ドロンも、納得ですね」


坊主頭スキンヘッド中年男ワラオー所長は、もはや、ブルブル震えていた。


「あの、『貝の緒』は……山の中で、足元が崩れたりとか、血に飢えた熊に遭遇したりとか、思わぬ危機の時に……いつも頼りになった。命をつないでくれた。強運の証の! 人生の御守りのようなもんだったんだ! チクショウ!」


…………


……


いつしか。


雨は上がっていた。


そしてなお春の嵐の名残が残っている、東の空。


夜明けの刻が来ていた。


日の出の瞬間は、まだ到来していないけれども。


たたなわる雲の波が、金色と真紅とに輝きはじめていた……


*****


「あの後、マンションじゅうに、騒ぎが伝わってて。ワラオー所長がパトカーに詰め込まれるところを、大勢の人が鈴なりになって見物してたり、撮影してたり、ちょっと大変だったけど」


「今頃、ペラッター(SNS)の『ジライちゃん』界隈を、騒がせているんだろうね……」


病院の一室。


カツオ氏がベッドに居て、お見舞いに来たマネージャー堀井ホリーの報告に耳を傾けていた。苦笑いしつつ。


晴れて、集中治療室から一般病棟へ移ったところである。記憶も意識も、筋が通っていて明瞭。とりいそぎ、『ジライちゃん』襲撃犯――ワラオー所長の凶行を目撃したことを、警察へ証言済み。


小原樹里オハラ・ジュリさんも大変だっただろうな。これからどうするのか、話し合う必要があるのでは?」


「今はまだ、将来のことまでは……しっかり休養して、治療して、それから後になるけど。彼女は、我々大人が思っている以上に、いろいろ考えてたみたい」


「ふむ」


「アイドル活動はつづけたい。でも今のような形では無く。ちゃんと勉強して、ちゃんとやりたいって。大学へ行って、映像技術とか、人工知能工学やデータ分析技術とか、メディア・コミュニケーション方面とかも学んで」


「頼もしいね。危なっかしい気はするけど」


「私のほうでも、できるところまではサポートするつもりでいるから。彼女、頭は良いほうだし」


業務上の話題が尽きた後は、ぎこちない流れになった。おたがいに、奥手なこともあって。


――


だが、しばらく後。


香多湯出カタユデおうからの新しい連絡内容を持ち運んで、お見舞いがてら、カツオ氏を訪ねていた目暮啓司メグレ・ケイジ


あまりにも静かなので、カツオ氏が大事を取って眠っている可能性も考え、病室の扉をそっと開いて……


相応にドギマギした気持ちになり。


「また後にしよう」


――そそくさと立ち去ったのは事実である。


*****


あたりは、すっかり春景色。


昼どきの青空のもと、満開の桜がまぶしい。


気の早い桜の花びらが、季節の小鳥たちと共に、暖かな風に舞っている。


『この近くに、友神ゆうじんクスタマ君がよく来るほこらがあるニャ。今回の事件では、いっぱい協力いただいたゆえ、御礼参りせよ。ニャン』


猫天狗ニャニャオにせっつかれ、目暮啓司メグレ・ケイジは、病院の近く――薬局の隣にある無人のほこらへ、足を向けることになったのだった。


――病院の近くには複数の薬局があったりするものだが。


(その薬局の、さらに隣のほこらに、医薬神の系統とかいう謎の怪異テルテル坊主が出没するというのは、できすぎじゃねえか!?)


なんということもなく、隣に見えてきた、薬局の看板に目をやる。



――『ヨモギ薬局』。



(いつだったかの、献血に来てた女子高生「ヨモギ・シオリ」……近所の『クスタマ珈琲屋』でも給仕アルバイト『地雷系タヌキ』をしていた……あの子は、ここの関係者で、テルテル坊主クスタマの氏子だったりして?)


薬局のガラス窓には、定番の、健康情報や薬剤関連の広報ポスターやら何やらが並んでいた。


その中に、新しい献血ポスターがある。


新年度からの献血バス巡回スケジュール案内や、献血キャンペーン案内。


ポップな雰囲気のポスターの中で、赤い装飾がトレードマークの「ゆるキャラ」が、複数、飛び回っていた。


献血バスにも描かれていた新顔「ゆるキャラ」だ。最近の献血イベント広報の顔になっているらしい……



つらつらと思案を巡らせつつ、ほこらに近づき。「○○天然水」系ペットボトルの水を捧げ、二礼二拍一礼をする。



いつしか、ほこらのうえで、光球オーブが空中浮遊していた。


予想したとおり、ふわもち・きらきら・ヌイグルミな純白「ゆるキャラ」医薬神テルテル坊主が居たのだった。生真面目な顔をして、「うむ、重畳ちょうじょう」と言わんばかりに、クルリンと一回転して返して来る。



あらためて、ほこらのあたりを眺めてみると。


樹高は低いものの、意外に長い年数を経ていると見える常緑樹が取り巻いている。


鎮座するほこらの周りは清掃がゆきとどいていて、スッキリと落ち着くような、くつろぎ空間になっていた。隣の『ヨモギ薬局』のだれかが、管理しているのかも知れない。



ほこらの定位置には、定番の、御札の置かれるスペースがあり……


御札に浮かび上がっている文字は、ルール不詳の当て字となっている漢字だらけだが、「クスリのキキメのミコトヌシ」と読める。


「神の名前っぽいが、マジで神なのか? こいつの簡易名称が『クスタマ』だったりして?」


猫天狗ニャニャオが全身で「ネコ笑い」をしている。神猫にして猫神――ネコの尾が7本、神聖なる純白の後光のように広がっていた。


『最初から、そう言ってるではニャイかニャン、ケイ君』


そして、猫天狗ニャニャオは、不意に新しく気づいたといった風に、そこに置いてあった折敷おしきにネコの鼻を近づけた。ネコのヒゲが、ピピンと揺れる。


神棚などで見かける、定番の木製の……両手あわせた程度のサイズ感。


数体ほどの、おみくじ。数片ほどの短冊。短冊のひとつに、短歌が書きつけられていた。


『近所の誰かが、短歌の作品をお供えしてたのニャネ、クスタマ君』


毎度の生真面目な顔で、うむ……とうなづく、テルテル坊主。


『偶然と必然が重なった結果ではあるが、なかなか深い結びだニャン』


目暮啓司メグレ・ケイジは、その「読み人知らず」の作品をチラリと眺め……「それも、そうだな」という気持ちになったのだった……


***************


――創作短歌テーマ「血」


時さやる境の命の赤き緒のつなぐ玉響かなしと思えば

(ときさやる かいのいのちの あかきおの つなぐたまゆら かなしとおもえば)


***************


時は春。


見上げてみれば、蒼穹の境界。


――なによりもとおく、


――どの星よりも明るく、


――熱くかがやき燃えたに違いない、


――星くずのにつらなるもの。


春や春。


桜の花びらが舞っていた。


―《終》―

「赤き緒のたまゆら」最終話までお読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけましたら幸いでございます。

なお、血液や医療関係の知識につきましては、筆者は専門ではございませんので、赤十字社ホームページ等を閲覧いただければと思います。

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