(1)電信柱の後ろから…金色の目ピッカピカ
目暮啓司は天才プロフェッショナルな空き巣だ。今日のターゲットに定めたのは、閑静な住宅街。いつものように人通りが少なくなる時間帯、目暮啓司はサラリーマンに変装し、住宅街に乗り込んだ。ふとしたことで、ある会話をこっそりと見聞きする目暮啓司。その後ろでは、奇怪な灰色ネコが金色の目をピッカピカと光らせていた!次々起こる想定外の出来事の末に、何故か目暮啓司はカレーをご馳走になったが…その時、近所の家から叫び声がした。「人殺しだ!」殺人事件発生か?!■
――さて、どうしたものかニャ。
爽やかな初秋の或る日の――とうに晩い昼下がり。
野良猫に混ざって、その閑静な住宅街を通過しているところだった『六尾の猫天狗』は、大いに困惑し、思案していた。
お忍びのため、目下、猫天狗は身をやつしている。
本来の尻尾の数は六本だし、本当の身体サイズも人類並みに大きいのだが――今現在の姿は、その辺のネコと全く変わらない。一本の尻尾に、腕ひとかかえ程度の可愛らしい体格。
ただし、神々しくきらめくピッカピカの金色の目と、銀に近い灰色をした不思議な色合いのモフモフ毛皮は、そのままだ。ゆえに、トチ狂った猫マニアに狙われやすい――と言うのが、玉にキズである。
この間など、ネコを捕獲するための巨大な虫取り網、いや、『ネコ取り網』を構えた猫マニアに延々と追いかけられ、散々な思いをしたばかりなのだ。今でも、あの猫マニアの目が放っていた『¥』妄執ビームを思い出すと、全身の毛が逆立ってしまう。
猫天狗は、フツウのネコらしからぬ深い溜息をついた。この思慮深い溜息は、神にも匹敵するであろう、高い格式の発露でもある。
実際、この灰色ネコ――『六尾の猫天狗』は、近いうち、七七七年に及ぶ長き修行を完遂し、『七本の尾を持つ偉大なる神猫にして猫神・七尾』になる見込みなのだ。
そうすると、その神威の前に、猫も犬も人類も関係なく、お偉方の面々すらも全員ひれ伏す。神託でもって希望すれば、ひとつの立派な神社(持ち家)を持つ事も出来る。神々の中には多数の分社(別荘)を誇るものも居る。
だがしかし、ネコは、元来つつましい性質だ。日当たりの良い屋根と縁側、それに美味なネコ飯と愉快な散歩コース、おまけに時々引っかくものがあれば、基本的には大満足なのである。
ふと、猫天狗の超感覚のヒゲ・センサーが、シッカリとした気配を捉えた。ヒゲがピクピクと、ダイナミックに震える。
ちゃんとした会話ができる程の、高精細なテレパシー霊感を持つ、うってつけの人類が存在する――
――これは、イケるかも知れないニャ……!
心の内で、あっと言う間に思案を固めた猫天狗は、『神速』の技を発揮した。
ほんの一瞬――その後。
その住宅街の家々の塀の上では、時ならぬ『謎の突風』を受けた庭木の葉群が、いつまでも踊っていたのであった。
*****
――俺は空き巣だ。それも、天才プロフェッショナルな空き巣だ。
これまで、警察に捕まった事は一度も無いというのが自慢だ。フフン!
今日の狙いは、空き家が目立つ、或る地区の住宅街だ。こういう所に、意外に金目のものを溜め込んでるジジババが居るもんなんだ。『タンス預金』とかいって、何処かの隠し棚に札束を押し込んでたりしてな。
そして、孤独死したジジババの残した空き家を重機なんかで解体した時に、思わぬ大金が『ポポポーン』と出て来たりする訳だ――
目暮啓司は髪をチャッチャと七三に分けた。白髪が出始めている事に内心ショックを受ける。とりあえず、手早くグレーの背広を着込む。これで、マジメ百点なサラリーマンの完成だ。
目暮啓司は、気を引き締め、目星を付けた閑静な住宅街へと乗り込んで行った。
あと数分で、午後四時になるところ。この住宅街で、最も人通りが少なくなる時間帯だ。
サラリーマン姿の目暮啓司は早速、今日のターゲットと定めた通りを、颯爽とうろつき始めた。程よくボロくなった家がゾロゾロとあって、ナニゲに埋蔵金が転がってそうな気配もある。
前もって下見しておいたから、住民の動きは、ひととおり把握している。住宅街の真ん中辺りに住んでいる婆さんが、小型犬を連れてヨタヨタと散歩に出かけるのを見届けたら、ミッション『空き巣』開始だ。
――おっと。婆さんに近づいて来る中年男がいる。
感激する程に貧相なヤツだ。ヨレヨレの、怪しいまでにボロい水色の、トレーナーの上下。パジャマ代わりのトレーナーを、そのままズルズルと着用しているに違いない。全身くたびれた格好で、無精ひげを生やしていて、おまけに、パチンコの袋を持っている。
――何となく顔が似ているが……婆さんとこの中年男、親子だろうか。ちっと電信柱の後ろに隠れて、様子を見てみるとしよう。
その時。
目暮啓司の後ろに続いている住宅街の塀の上を、一匹の灰色ネコがやって来たのであった。
その灰色ネコは、電信柱の陰に潜んだサラリーマン姿の目暮啓司を、頭のてっぺんから足の爪先まで眺めた。そして、金色の目をピッカピカと光らせ、まさに化け猫さながらの妖気漂う――イヤ、神猫にして猫神さながらの、神気漂う――『会心の笑み』を浮かべた。
明らかに、普通のネコでは無い。そのネコは、余りにもブンブンと素早く尾を振り回しているので、六本の尾を持っているように見える――
まさか、そんな奇怪なネコに目を付けられているとは知らぬ、サラリーマンに変装中の空き巣、目暮啓司である。
その目暮啓司の目の前で、小さな犬を連れて今から散歩に出掛けようとしている婆さんと、ヨレヨレの水色トレーナー中年男の、日常の会話が続いていた。
「ママ、カレェ、煮といてよ。そんで、先に食べてて。帰り遅くなるから」
「ほぁ」
目暮啓司は、電信柱の陰で、思わず顔をしかめた。
――婆さん、何とも気が抜けた返事だな。大丈夫か。
婆さんにリードをつながれている小型犬が、水色トレーナー中年男に向かって、キャンキャン吠えたてている。見てみると、立派な眉毛の目立つ、フッサフサのテリア種だ。
犬の方は間違いなく、あの水色トレーナー中年男に好意を持っていないのだ。