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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗!~「赤き緒のたまゆら」事件
38/40

(4)敵の正体を突き止めよ~外堀をシッカリ埋め埋め重要ニャ・4終

夜明けが近づいているが、東の空は、いまだ闇の中。


応接室としているソファ周りは、急遽、ワラオー所長を交えての、緊急会議の間となっていた。


いつの間に出てきたのか、普通の銀灰シルバーネコの姿をした猫天狗ニャニャオが、目暮啓司メグレ・ケイジの足元に同席している。


「このまま薬剤過剰摂取オーバードーズを放置できないのは明らかじゃ。ネット転売ルートには麻薬だの致死性の毒物だのがあふれておる。このままだと命を落とす。可及的すみやかに薬絶ち……休養と治療が必要じゃよ」


香多湯出カタユデおうの、揺るぎの無い、厳しい指摘が響いた。


卓上には、乱雑な錠剤入りボトル。


いましがた、『ジライちゃん』こと少女・樹里ジュリの枕もとの引き出しから、女性ボディガード佐藤が没収したブツである。


――オカルト的に、中身が麦茶ティーバッグと同じくらい無害と知っていても。ギョッとするような古色のものになっているだけに、いっそう得体の知れない危険な錠剤に見える……


ワラオー芸能事務所を仕切る坊主頭スキンヘッド所長は、あからさまに気乗りのしない様子で、ボソボソとボヤいていた。


「バカ言え。事務所の命運かかってんだ。もう4月が目の前だ。4月には新しいライブハウス・ショー舞台の映像を仕上げなくちゃいけないんだぞ。回したカネが回収できなくなったら大損害だ」


男性ボディガード渡辺が、呆れたように突っ込む。


「カネの問題ですか」


「有名ライブハウスのスケジュール枠を取るのに、どれだけ金かかると思ってんだ! これを逃したら儲けがマイナスだ! ゴキブリ・マスコミ共が、ヨダレ垂らして、キャホって、アレコレ書き立てるのは目に見えてる!」


香多湯出カタユデおうがギッと眉を逆立てる。


「芸能界と言えど、身体が資本であることには変わらんじゃろう。健康を失えば得るものも得られんぞ。聞けば、修験道でも有名な荒行をやり遂げたそうじゃな。それだけの有り余る体力と健康があるゆえに、考えが及びもしないのじゃろうが」


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、震える手で、強烈な酒をあおった。


アルコールの力で少し平常心になったのか、再びワラオー所長のボヤキが始まる。ボヤキというよりは強烈な不満コミコミの愚痴。


「マネージャー堀井ホリーと、まったく同じことを言われるとは、配慮というものが無いですな香多湯出カタユデのご老体」


「横から済みませんが」


警備員スーツ姿の女性ボディガード佐藤が口を挟んだ。硬い声。


「わたくし佐藤としても同じ見立てです。『ジライちゃん』――樹里ジュリさんは、いますぐ治療を必要としています」


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、あからさまに不機嫌な眼差しで、ギロリとにらんだ。「女が生意気を言うな」と言わんばかりの、蔑視の目線。


だが、女性ボディガード佐藤は、ひるまなかった。


「過去、当ホテルが関与した案件で、似た状況の女性を警護したことがございます。彼女は我々が気づかぬ間に、利害関係者ステークホルダーとの関係で、大量誤飲で事故を起こしたと聞いています」


「死んだわけじゃ無いだろう!」


「死にはしませんでしたが。彼女は多くの利害関係者ステークホルダーとの間に難しい問題を抱えていたため、各方面に高額な損害賠償金が。あわせて高額な医療費も。事業者ふくめ利害関係者ステークホルダーの半分ほどは、失踪案件になったと聞いています。我々といたしましては、歴史が繰り返されることを望みません。クライアントの御意向は尊重いたしますが……」


――恐ろしいばかりの類似の状況が刺さったのか。


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、口の端をピクピクと震わせて、黙り込んだ。


ジリジリとした沈黙。そして。


「正直、参ってるんだぞ、こっちは。マネージャー堀井ホリーが、くどくど、早めの治療とか、うるさすぎる。イライラして来る。マネージャー堀井ホリーは、マスコミ対策も秘密保持も満点な医療機関リストまで作ってた。ライブハウス出演スケジュール調整も、商談スケジュール調整も、込みで! 指示してなかったのに勝手に! 余計な仕事だ!」


横で、流れてくる話に耳を傾けながらも。


目暮啓司メグレ・ケイジは、チラと感心していた。


(それだけの仕事をやってのけただと? 一瞬たりとも目を離せない、不安定な少女アイドルのマネージャーをしながら?)


(マネージャー堀井ホリー、すさまじく有能じゃねえか)


条件の合う医療機関リストを作成しつつ、それぞれの受診スケジュールと、各業界との『ジライちゃん』商談スケジュールを、同時に調整する。


マルチタスクだ。


どれだけの膨大な管理・手数を必要とするのか、想像するだけでも失神しそうな仕事。


かつて、短い間とはいえ会社員をやっていた目暮啓司メグレ・ケイジには、察するところ多々である。


マネージャー堀井ホリーは、カツオ氏が説明したとおり、ポストポリオの人だ。特別な補助杖を使わないと……使っていてさえも……立ったり座ったりするだけでも一苦労。


そういう状況にあることを、病院で見かけた。一緒に居合わせていた時に。


介助の必要な身体障害者ではあるが。それほどの明晰な頭脳と、バックオフィス管理をも兼ねたマルチタスク能力があるのなら、どこの会社でも欲しがる即戦力の人材だろう。


坊主頭スキンヘッドワラオー所長の愚痴は、いつしか大声になっていた。


「カネだ。カネ! 稼いで稼いで、ギリギリいっぱい稼がなければ! 止まったら何もかもオジャンになるところなんだ! 夏まで……秋になってから……冬、いや来年以降……」


「ボロボロの身体が見えんのか。その目は節穴じゃな」


「アレは無理がきく! もともと馬車馬なみの体力! これまで大丈夫だったのを見てもいない部外者の意見ですな、それは! マネージャー堀井ホリーも、機密保持どうなってんだか、この頃は無能をさらしてばかり! 先日など、カツオ氏と一緒に所長室のパソコン画面を見ていて、カツオ氏にファイルをさわらせたり! 勿論すぐ止めさせて、所長室から追い出したが! 事務所の電話機まるまる交換して、余計な予算を無駄にした!」


……


…………


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、不意に静かになった。


思いつくままに激高していたことに気づいたのか……アルコール副作用の興奮が鎮まったこともあるに違いない。


香多湯出カタユデおうが、静かな、だが年齢ゆえの重量感のある声音でもって論じる。


「マネージャー堀井ホリーは、私が見てきた中でも、とりわけ優秀な仕事人じゃぞ。会場手配からスケジュール調整、いずれも特殊警護サイドの要求に応じて見せてきた。カツオ氏の側も、ワラオー芸能事務所からの難しい要求に応じて、頑張っとった。半分はマネージャー堀井ホリーへの好意からじゃがの」


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、少しの間、ポカンとしていた。不自然なくらいには長い、沈黙の間だ。


「マネージャー堀井ホリーへの好意、とは……?」


「業務関係としては、いささかアレじゃろうが、カツオ氏は、マネージャー堀井ホリーに、ホレ込んでおるのじゃ。公的な面でも、私的な面でも」


男女チームのボディガード2人ともが、「おや」「あら」といった顔つきになる。うっすらと納得の気配。かねてから察するものはあったという風だ。


次の瞬間、気分の悪くなるような嘲笑が響きわたった。


嘲笑しているのは、坊主頭スキンヘッドガチムチ中年男ワラオー所長だ。


「終わってますな実に! 終わっとる! 香多湯出カタユデセンセ、あんなブス奇形女に惚れ込む男など居ないでしょう! ワハハ! こう、ギクシャクとしか動けない不細工オバハンですよ、アレは! 雇用すると、ちょいと報奨金があるってんで雇ってやってるだけです! カツオ氏こそ、映画俳優なみのイケメンなのに! 20歳そこそこの若い女も、よりどりみどりでしょうが! わざわざ、あのような奇形ゴブリン閉経オバハンとな! おっと奇形ゴブリンは言い過ぎでしたかな!」


全身が白髪な和装老人は、厳しい表情を、ピクリとも動かさなかったが。


目暮啓司メグレ・ケイジと、男女チームのボディガード2人は、そろって、固まるのみだ。


足元で、普通サイズの銀灰シルバーネコ姿をした猫天狗ニャニャオが「やんのか」ステップを踏みはじめた。全身の毛が、シャーッとばかりに逆立っている。


目暮啓司メグレ・ケイジ自身にしても、自分の顔色が青くなっている――と、自分で判ってしまう。


嘲笑が終わった後の……うすら寒いばかりの静けさ。


坊主頭スキンヘッドワラオー所長は、見る見るうちに不機嫌になった。


「職場の冗談じゃ、これくらい普通だ、フン! 世間知らずの、ぬるま湯ですな、てめ……いや、皆さん! 寝る!」


本人としては、本当に「職場の冗談(=潤滑油)」の延長のつもりだったらしい。


ワラオー所長の専用とする続き部屋の扉が、バタンと音を立てて、閉まった。


しばし間をおいて、銀灰シルバーネコが、「ニャー」と鳴く。


「やれやれ」


男性ボディガード渡辺が、そろそろと緊張を解き。大柄な体格を折り曲げて、フーッと、ため息をついた。


心理的な意味での息苦しさも覚えていたらしく、警備員スーツのネクタイを、ゆるめている。


「労働基準法その他、違反の疑い濃厚。以前にも類似事件に巻き込まれて散々だった当ホテルとしては、労働基準監督署へ話を上げるべきかどうか」


「本日付で、当ホテル出禁リストが1行、増えるかもね」


早くも、ホテル備え付けのロビー直通電話をとる、女性ボディガード佐藤であった。


静かではあるが、テキパキとした報告の内容がつづいた……


不意に、銀灰シルバーネコ姿の猫天狗ニャニャオが、ネコ尾を振り振り、トテトテと別の仕切り扉の方向へと駆け寄る。


仕切り扉が半分ほど開いている。


女子高生アイドル『ジライちゃん』こと小原樹里オハラ・ジュリが、そっと顔を出して、うかがっていたのだった。


スッピン。あっさりとした、トレーナー・パジャマ姿。そうしていると本当に普通の女子高生だ。割と可愛い顔立ちの。アイドル稼業をはじめる前は、こんな風だったかと思われるところ。


思わず声をかける目暮啓司メグレ・ケイジ


「いつから、そこに」


「えっと、ユデチャンが、『目が節穴』と言ってたところから。なんか目が冴えちゃって……」


「こいつは、お見それしたのう。数々のライブハウス・ショーをこなすだけあって、耳が良いのを失念しておったのう」


「あの、おクスリ、ある? 見つけちゃったんでしょ? アレが無いと落ち着かない。ダメ」


少女の顔色は、土気色だ。明らかに、薬物過剰摂取オーバードーズの副作用。


仕切り扉から出てきた――身体の全身が不自然に震えている。若干、体軸もフラフラしていて、足取りも不安定。各種の薬物の、禁断症状とも見え。


女性ボディガード佐藤が手際よく電話を置いて、振り返り……顔をしかめて見せた。


「マネージャー堀井ホリーから依頼されています。錠剤は、いっさいお渡しすることは出来ません。専門の医師の指示が無いと。ホットミルクなどは? 落ち着くかと思いますが」


「ミルクはお腹に入らない……食べられないし。おクスリじゃないと。1コ……2コだけ。3コとか」


猫天狗ニャニャオと、香多湯出カタユデおうとの間で、なにやら意味深な視線が行き交う。


「1錠のみじゃ。それ以上は、絶対にいかん。ちゃんと、ワシの目の前で、ホットミルクと一緒に服用するんじゃ。佐藤くん、ホットミルクを。ただし、……そう、体温ていどの温度で」


「かしこまりました、先生」


「1コだけなんて!」


「1コだけじゃ」


少女・樹里ジュリはプリプリしていたが、錠剤にすがるだけあって、錠剤を見ると落ち着くらしい。


香多湯出カタユデおうが卓上の錠剤ボトルを手に取って、1コ取り出すと……少女は、見る間にホッとした様子になった。それはそれで、深刻なのだが。


やがて女性ボディガード佐藤が、電子レンジから、ぬるい温度のミルクを取り出してきた……


そそくさと、少女は錠剤を飲み……老人の視線に気づいて、慌てた様子で、ホットミルクを流し込んだ。


文字どおり「流し込む」だ。味わうどころでは無い。


アイドル少女『ジライちゃん』にとっては、のどは大事な仕事道具の筈。のどを火傷する温度じゃなくて良かったというべきだ。


――香多湯出カタユデおうの先見の明に、感心させられるところ。


猫天狗ニャニャオが、訳知り顔で、少女の膝の上に乗った。不安定な「モフり」がはじまったが、神猫にして猫神は、気にしていない様子。


目暮啓司メグレ・ケイジが注意深くうかがっていると、毎度の霊界通信がやって来た。


『さっきの錠剤は、定番のビタミンC乳酸菌サプリニャ。ご老体が手品で、すり替えたニャ。催眠術をかけて、次第に眠らせとくニャデ、眠ったら、デカい渡辺クンに、ベッドへ運んでもらえば良いニャ』


猫天狗ニャニャオが宣言したとおり、やがて少女は、舟を漕ぎはじめた。


さすが神業かみわざだ。オカルトだろうが何だろうが、受け入れるのみである。


眠気がはじまると同時に、気分的にも楽になったのか、少女・樹里ジュリは、フニャフニャと語り出した。


「あのね、あたし、さっきの半分までは聞いてたよ……ユデチャン」


「うむ」


「マネージャー堀井ホリー……とても親切な人だよ。所長はまだ知らないみたいだけど、イイ年の恋人どうし、イイと思うよ。ええとね海賊版、色々調べて、ホリーとカッチャン……あの深夜ショーの前、マスタデータが何処から流出したか、知れたかもって……」


ある意味、重要な証言。


香多湯出カタユデおうの真っ白な眉毛が、ピシリと跳ね上がり。


男女チームのボディガード「渡辺」「佐藤」が、一気に緊張した表情になった。


「ほら、あたし頑張ってるのに、タダで、データ抜き取って転売……カネが入ってこない訳……、変な編集……誰が……なんか、パソコンの……ログ? 取って……あたしがショック受けるかもだから、まだハッキリしない段階、明かせない……こないだの深夜ショー映像データも海賊版になっちゃう、編集? おさえとく……」


眠気が深くなったらしく、少女のお喋りは、ほとんど寝言になっている。


猫天狗ニャニャオが、不意に……金色のネコ目を、カッと見開いた。


『まずいニャ……!』


「しまった! マネージャー堀井ホリーが……!」


カツオ氏を瀕死に至らしめた襲撃事件の――謎の真相が、一気にひらめく。


目暮啓司メグレ・ケイジのなかで、落雷のごとき衝撃が走っていた……

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