(4)敵の正体を突き止めよ~外堀をシッカリ埋め埋め重要ニャ・3
草木も眠る丑三つ時(深夜2時~3時)。
ひとならざる怪異が跳梁する頃合いである。
ラグジュアリー・ホテルの、特別ラグジュアリーな、複数の続き部屋を備える客室。
ボディガードを務める男女2人とともに、香多湯出翁と目暮啓司は、備え付けのソファや椅子で仮眠の真っ最中だ。
目暮啓司は、いつものように……予想どおり怪異を眺め、体験する羽目になった。
オカルトの中のオカルト――霊体離脱である。
「あ、やっちまった」
と思った瞬間に、スッと抜けるのだ。
猫天狗ニャニャオいわく、高位の神官は霊的現象が日常的にできたとのことだが、ハッキリ言って眉唾ものである。
先祖の功徳の影響なのか、本格的な神職――平安時代のような恰好。
オカルト・コスプレだ。
気恥ずかしいこと、このうえない。
――所作の基本すら知らないのだから。
普段着っぽい白い着物だから、Tシャツと思えば耐えられる……と思えるくらいだ。正直、正月のころの、黒だか紫だかの着物の時は、最高に黒歴史だった。いや紫歴史だったのか。
長大な袖の中をさぐると、やはり異世界「ハタキ状」の白いのが出てきた。ネット百科辞典によれば、古式ゆかしき「大幣」らしい。
毎度のように、空中浮遊している怪異、すなわち「ホラー悪玉菌」や「クリーチャー・ゴキブリ」のような気色悪い「ナニカ」を、ハタキで、シッシッとやる。
目暮啓司自身としては、この状況を理解できないし理解したくも無いが、こうすると、呼吸やら、なにやら……雰囲気がすっきりして、楽になるのは事実。
だれだって、陰湿な怪異が群れを成して浮遊しつつ、ひしめくような、気持ち悪くなるような空間には居たくないものだ。
ほどなくして、猫天狗からの霊界通信がやって来た。肉体の時よりも明瞭に。
『あ、タイミング良いニャ。「ジライちゃん」のベッドへ来てほしいニャ』
(オレは男だ。女性ボディガード佐藤が適任だろ、それは)
『緊急事態ニャ』
霊体・目暮啓司は、とりあえず駆けつけた。
少女に割り当てられている続き部屋の「閉じられたままの扉」を、スーッと抜ける。霊体ならではの怪異。
みっしりと、よろしくない怪異「ホラー悪玉菌」が詰まっていた。
異世界ハタキ――断じて「大幣」とかいうような、ビックリするような代物では無い、と思いたい――でもって、手早く「パパパ」と祓う。
『助かったニャ』
気色悪い群れが片付き、クリアになったベッド回り。
少女『ジライちゃん』は先ほどまで苦しそうな呼吸をしていたが、やがてウトウトと寝返りをうち、穏やかな呼吸に変わった。顔色は悪いけれども。
枕もとで、猫天狗ニャニャオが「フルル」と全身を震わせ、ネコの顔を片足で「コリコリ」やり出した。
『薬物過剰摂取は、色々と問題だニャ。目には見えない分だけ』
(神々とやら……から見て、なかなか忌まわしい行為では、あるんだな)
『まったくニャ。もう大丈夫そうだニャ、クスタマ君』
猫天狗ニャニャオが、ふいに空中へ目を向けると、そこに光球がフワリと浮かぶ。
見る間に、あの「ゆるキャラ」テルテル坊主な姿が現れた。
常に生真面目な無表情で、なおかつ非常に奥ゆかしい性質で言葉を発しないらしく……意図が読めない。
それでも、じっと観察してみると……テルテル坊主の頭頂部に「#」が複数、浮き出ているのが、見て取れる。
どうやら猫天狗ニャニャオの友神クスタマは、激怒状態らしい。「神の怒り」ボルテージは分かりにくいのだが、「#」の数々を見る限りでは、修羅の領域なのであろう。
ちっちゃなテルテル坊主はピョコピョコ移動して、ベッドサイドに半分隠れた形になっている引き出しを、ゲシゲシ蹴りはじめた。
(そこに何かあるってのか?)
霊体・目暮啓司は、その引き出しに手をかけてみた。猫天狗ニャニャオが訳知り顔で、ネコの手を重ねてくる。
――鍵が掛かっている。
超一流ホテルが、カネをかけたとあって、相当……手こずる型だが。
霊体・目暮啓司は、実体・猫天狗ニャニャオの「ネコの手」を借りて、慎重に解錠した。名人級に極めつくした特技に限っては、怪異(神?)の協力でもって、実物に干渉できるのだ。
――たまに「鍵が自然に外れていた」というような不可解な怪談があったりするが、謎が解けてみれば、何ということは無い。神々の奇跡に比べれば、なんらかの物理的トリックのほうが圧倒的に多いものの。
猫天狗ニャニャオが「ネコの手」で、引き出しをスッと開ける。
各種錠剤を詰め込んだボトルが現れた。
色とりどりの既存薬物を乱雑に詰め込んだものだ。
明らかに、反社会的勢力が次々に参入するような「セキュリティ皆無ネット」流通の……相当に物議をかもす商品の類と知れる。
『クスタマ君が指摘したとおりニャ。まだまだ錠剤を隠し持ってたニャネ「ジライちゃん」こと樹里ちゃんは』
テルテル坊主は、すでに臨戦態勢であった。
目をキラーンと光らせるや、双対ヒョウタンをマラカス楽器よろしく振り回しつつ……ボトルの周りを高速で盆踊りした。
マラカス楽器から聞こえてくるのは、神楽鈴の音である。
純白のふわもち・きらきら・ヌイグルミなテルテル坊主の、高速マラカス、ないし神楽鈴を振りまわす盆踊りは、なかなかの見ものであった。
明らかにヤバい錠剤の数々が、不吉な霊光をギラギラと発していたが。
そのことごとくが、見る見るうちに、双対ヒョウタンの中へと吸い込まれてゆく。
一段落して。
霊体の目で見る限り、不吉な気配ギラギラだった錠剤の霊光が、力を失ったと判る。不思議な双対ヒョウタンの中へ、永久的に封じられた形。
その不思議な双対ヒョウタンを抱えたまま……テルテル坊主な純白「ゆるキャラ」は、ドロンと姿を消してしまった。
ひたすら唖然とするのみの目暮啓司。
(もしかして、無害なブツに変えた? ヒョウタンの力で? どうやって? テルテル坊主は、どこへ消えたんだ?)
『あれは麦茶ティーバッグの中身と同じになったニャ。このスピード、さすが医薬神の神業ニャ。あの中身、本当にヤバい特定薬物が混入してたニャ。この子が特定薬物を口にする前に、ケイ君が間に合ってくれて、ホッとしたニャ。製造・転売元は、キッチリ調べ上げるニャ。クスタマ君が「きっと神罰を当ててやる」と宣言してるニャ』
(もしかして、グローバル麻薬ビジネスなんかの類が混入してたってのか)
『世の中には、真実ヤバイ呪術を発動する特定薬物も存在するのだニャ。人類には、詳細は明かせないがニャ。だから、薬物過剰摂取などは、もってのほか、なのニャ』
意外に重々しい口調だ。
人類である目暮啓司にはピンと来ないが、なにやら複雑な事情をはらんでいそうだ……
『フーッ。本来、素人が、聞きかじりで薬物に飛び込んではならんのニャ。お菓子の振りをした薬物に、ヘタに手を出してはいけないのも、それが理由ニャ。親しい友人が「友情と好意の証に」と、入手して来たブツであっても。ニャン』
猫天狗ニャニャオは、珍しく、本気で毛を逆立てていた。
『ともかく、例の特定薬物は神事あずかりニャン。今回の案件からは、クスタマ君の神業でもって弾き出したゆえ、この要素は無視して、ドンドン進めて大丈夫だニャ』
(それにしても、どうやって、この子は、ワラオー所長の目をごまかして錠剤を持ち込んで……あの坊主頭所長、錠剤は全部、没収したとか言ってたが)
『人類の男が「女の秘密」を見抜けないのと同じニャネ』
……
…………
いつしか『ジライちゃん』こと少女・樹里が、ボンヤリと、寝ぼけ眼をうすく開いた。
女子高生ならではの鋭い感覚で、なにやら気配を感じたらしい。
ギョッとする霊体・目暮啓司。
(アヤシイもんじゃねぇ! 変なこと、何もしねぇ!)
「……神サマ? もっと、おカネください。所長、ぜんぜん稼ぎ足りないって……税金……いっぱい払って、ろくに残ってないって……」
文字どおり寝言だった。
次の瞬間には、少女は熟睡に落ちていたのだった。
ほぼ、同時に。
定刻ごとの見回りタイムだったらしく、仕切り扉がスッと開き。
女性ボディガード佐藤が入ってきた……
(ゲッ)
さすがに慌てて、その辺の適当な物陰へ隠れる霊体・目暮啓司。
――「医者でも何でもない成人男性が、寝ている少女のベッドの傍に居る」という状況は、「何かする気だったんだろう」との指摘に対して、いっさい反論できない状況でもある。
――という社会常識は、ある。
霊体離脱は、生きてる人の目には見えない超常オカルト現象である――とは理解しているが……
……
…………
プロならではの鋭い目でもって、女性ボディガード佐藤は即座に、新しく開かれた引き出しと、その中身に気づいた……
「隠れて錠剤を! ……でも封は切られてない、飲んだ気配も無い……服用する前に、間に合ったってこと……!? ニャンコが引き出しを開けたの?」
「ニャーオ」
「ナイス・アシスト!」
それなりに不可解な状況ではあったが、女性ボディガード佐藤は任務に忠実だった。
少女を起こさないように素早く、錠剤ボトルを没収して……退室していった。
*****
「寝ぼけてないで、サッサと起きたまえ目暮くん。緊急会議だ。新しい『隠し錠剤』が見つかったんじゃ。薬物犯罪データベースでも上位に出てきた、ヤバいブツじゃよ……」
気が付くと目暮啓司は、霊体離脱を終了させていて、尋常に寝ぼけている状態であった。
香多湯出翁に、揺さぶられているところだ。
「待ってくださいっす。目ぇ覚めてるっす」




