(4)敵の正体を突き止めよ~外堀をシッカリ埋め埋め重要ニャ・2
雨のにおいが濃厚になってきた――三月下旬の、午後の後半。
空は夕方の色。
分厚い雲のもと、早い刻から、町明かりが煌々と輝いている。
目暮啓司の運転する車が、目下「避難用」と指定しているホテルの駐車場へ入った。
こんな場合ではあるが、一般庶民には縁の無いところじゃねえか――などと、お決まりの脳内コメントをしてしてみる。
政治家や、業界の筋のお偉方が、一時的に身を潜めるのに使うような、警備の行き届いたラグジュアリー・ホテルなのだ。しっかり、エリート区画の夜景の、とりわけ華やかな要素を構成しているホテルだ。
あらためて、このようなランクのホテルを手配できる香多湯出翁の人脈が、不可思議である。
くわえて、かねてからホテル警備の責任者と、香多湯出翁は、顔見知り。
あっという間にセキュリティ・ゲートが開かれ。
みるみるうちに、目暮啓司は和装老人の付き添いとして、当ホテルの誇りと思しき華麗ラグジュアリーなエレベーターホールへと、立ち入る状況になっていた。
エレベーターボタンに、ずらりと並んだ、目を疑うような数字の数々。その辺のアパートや団地では絶対に見ないだろう数字だ。
「27階じゃよ」
サラリと老人に告げられ、目暮啓司は慌てて、「27」の数字をプッシュである。
エレベーターが、ビックリするような快速で、なめらかに上昇しはじめた。頭上プレートに表示されている階層の数字の移り変わりが、小気味よいくらいである。
ふと、思い立って、足元を確認すると。
なんでもなさそうな顔をして、シッカリ、猫天狗ニャニャオが居た。相変わらず、見事なモフモフ毛皮。いったい、どうやって警備の厳しいラグジュアリー・ホテルへ侵入したのか、それもまた問題だ。
「目暮くんの相棒の忍者ネコ殿、なにやら、ひときわ怪異な状況が展開しそうじゃ。しっかりフォローを頼むぞよ」
「ニャー」
「なんか不安になって来たけど、こちらはどうすれば良いっすか」
「目暮くんは、そのままで大丈夫じゃよ。イザという時に、その天才的なまでのオカルト『空き巣』才能を発揮できるよう、準備を怠りなくしてくれたまえ」
「……どうにもこうにも……褒められているように聞こえないっすね……」
次の瞬間。
目的の階層に到着し、エレベーター扉がスーッと開いた。
団体割引パック旅行で泊まるような旅館ホテルの類を想定していただけに……目の前の廊下に並ぶ、宮殿のような大きな扉に、驚いてしまう。
香多湯出翁は、勝手知ったるという風に、特定の部屋番号の扉まで来ると。
普通に、呼び鈴を、サクッとプッシュした。
扉がうすく開き、大柄な人物の気配が動いた。ボディガードに違いない。
タダモノでは無さそうな和装老人の人相を確認して、仰天している様子が、うっすらと伝わって来る。
逡巡の数秒ほどの間をおいて、豪華な扉が、さらに開かれた。ただし、扉のチェーンは掛かったままだ。
立派な体格の男が、チラリと困惑顔を見せてくる。もと軍人かと思うような、キビキビしたところがある。
その定番の警備員スーツの下にはシッカリと、各種の防具。ホテル提供のセキュリティ名札「渡辺」。
「貴殿のことは存じてます、香多湯出先生。ただ、ワラオー所長からは、来訪予定をうかがっておらず」
「しかり、火急の訪問ゆえ当然じゃよ。ワラオー所長は了解済みじゃ」
――不意に。甲高い声が、かぶさって来た。
「来てくれたのね、ユデチャン! 分かってたもん! 入れてよ、お願い! あたし話したいの!」
扉のチェーンが外された。
香多湯出翁が、すべり込むように入室した。そのまま扉を押さえ、目暮啓司にも、つづいて入室するよう目配せする。
もと「空き巣」ならではの身のこなしでもって、目暮啓司も入り込む……
…………
……
青白くゲッソリとした印象の少女が、涙ながらに香多湯出翁にしがみついていた。
――この少女が、あの、有名な『ジライちゃん』なのか?
目の前に居る少女は、仰天するほどに弱々しく、ガリガリとやせ細っていて、小さい。
その、愕然とするほどの落差。
特殊メイクや舞台照明による演出カバーの威力に、恐怖すら感じる目暮啓司であった。
――数々のネット広告の映像には、なおさら、生成AIを縦横に駆使しての、画像編集テクニックが盛られている筈だ……
そして、広い部屋の奥へ、目をやると。
窓際の円卓の傍に、困惑顔をした警備員スーツ姿の女性が居た。
ホテル提供のセキュリティ名札が見える。もうひとりのボディガードに違いない。
円卓のうえに、4人分の茶器セット。
目下、この部屋の滞在人数――4人分の茶を淹れているところだった様子。
「おいこら、なんで、ジジイを入れた!」
ガラガラとした不機嫌な怒鳴り声が、広い部屋じゅうに響く。
ラグジュアリー扉で仕切られた続き部屋から、坊主頭ワラオー所長が、シャツ姿で飛び出して来ていた。
その手には、アルコール度の高そうな酒瓶を持っている。
ヤケ酒の真っ最中だったようだ。
昨夜の襲撃からの大騒動……特に胃痛になること確実な、マスコミ対応などを考えると、同情するところはあるが。
坊主頭ワラオー所長は、そのまま、ギロリと、少女をにらみつけた。ガチムチ大柄な体格の悪僧――鉄砲撃ちの僧兵にも見え。
「フン、これだからガキの、ワガママってヤツは!」
少女はビクリとして、香多湯出翁の和装の袖に隠れる格好だ。
「このガキを、此処までにするのに、どれだけ苦労したと思ってんだ! そもそも最初にスカウトした時は、もっさりとした、垢抜けない、ブスだったんだぞ。それを、化粧を仕込み、衣装の選び方を仕込んで、ファンサービスの立ち居振る舞いまでレッスンした。『ジライちゃん』は、ワシが育てた。これからブレークする才能なんだぞ!」
「ユデちゃんに居てくれないと、怖くて出来ないよ」
「しょうがない。今夜はジジイに加わってもらうから、ちゃんと仕事しろ。次のショーはもう2週間後だ、レッスンのスケジュールも、ギチギチ詰め込まないと間に合わん」
ワラオー所長は苛立たし気に口を切り、ゴバァとばかりに、酒瓶の酒をラッパ飲みした。
「時は金だ。くだらん薬物過剰摂取やら脱糞やらで、迷惑かけやがって! どれだけ関係者に平身低頭したと思ってんだ! 錠剤はすべて取り上げた! 襲撃だろうが海賊版だろうが、なんだ! 世界のビッグスターは、お前なんかよりも大量の血反吐を吐きながら、のし上がって来たんだぞ! 甘ったれんな!」
今までの鬱憤もあったのだろうが、パワハラ暴言そのものと聞こえる言い草だ。
不穏な空気をまき散らした末に。
ワラオー所長は、ほかの面々を見まわして、あらためて「フン!」と憤慨して……
身を返し、ドスドスと足を踏み鳴らしながら、もとの続き部屋へ引きこもっていった。
しばらくの間――にがい沈黙。
目暮啓司は、そっと少女を観察した。
少女の顔色は真っ白を通り越して蒼白になっていた。
その表情からは、感情すべてが抜け落ちたかのように見える。
直感的に「ヤバい」――と感じはしたが、成人男性の身では先行誤解も起きやすい。
手をこまねくまま、沈黙していると……
いつからそこにいたのか、銀灰ネコが、ニャゴニャゴと、少女の脚に身をこすりつけていた。
やがて。
ボンヤリと、少女はネコに気づき……しゃがみ込んで、モフり出し。次に、ネコを抱きしめて、シクシク泣きはじめたのだった。
何故だか理由は判らないが――感情崩壊か、人格崩壊か――目に見えない面での危機は、脱したように思える。
唖然とした顔で、女性ボディガードが慎重に近づき……ネコをしげしげと眺めた。
「ネコを、連れてきてたんですか? このホテルは厳しいのに、どうやって?」
「予定外のメンバーじゃが、結構じゃろう。さて、樹里さんをベッドに連れて行ってくれたまえ。今後の対策について話し合わなければならん」
「承知いたしました、先生……あ、申し遅れましたが、わたくし『佐藤』と申します」
そう言って、女性ボディガードは、テキパキとした所作で、ホテル提供のセキュリティ名札「佐藤」を示して見せたのだった。
*****
ホテルの夕食サービスの刻。
空は、すっかり暗くなっていたが。
周辺は一等地とあって、華やかなイルミネーションで明るい。
ほどなくして女性ボディガード佐藤が、ホッとした様子で、応接間へ戻ってきた。
「彼女は、なんとか寝付きました。ニャンコのお蔭ですね」
チームを組む大柄な男性ボディガード渡辺が、フーッと息をつく。
「あの年頃の女の子は判らないな。とりあえず落ち着いて良かった」
そして夕食をつつきながら、お互いに情報交換が始まった。
男女チーム「渡辺」「佐藤」のボディガードは、このホテルのセキュリティサービスから派遣されて来ていた。坊主頭ワラオー所長は、カネの話に神経質なところがあり、やはり、負担をケチったものと見える。
通常は男・男チームだが、今回、『未成年女子』という要素がホテルのセキュリティサービス責任者の警戒心を刺激した。ゆえに数少ない女性メンバー「佐藤」を当ててきたという訳なのだった。
さすが超一流ホテルというだけのことはある、と目暮啓司は感心するのみである……
…………
……
襲撃事件が発生した夜、ワラオー所長は、その夜も明けないうちから病院を去っていた。その後の時間、現在まで、どうしていたのか――と思っていたのだが。
男女チームのボディガード「渡辺」「佐藤」によれば、特におかしな動きはしていなかったとの事だ。
マネージャー堀井が、今日の朝食の頃に一人でホテルへ来て、『ジライちゃん』こと樹里の様子を確認した。その際、30分ほど話をして、目につく錠剤という錠剤を没収して、自宅へ帰っていった。
応対をしたホテルスタッフによれば、マネージャー堀井は、集中治療室にいるカツオ氏を心配して、病院で徹夜していたこともあって……さすがにゲッソリと疲れている様子に見えたという。
昼食を少し過ぎた頃に、ワラオー所長が荒れた様子でホテルへ来て、『ジライちゃん』こと樹里のボディガードを注文した。
かくしてボディガード「渡辺」「佐藤」が入室した。ちょうど機嫌の悪かった少女は、見知らぬ2人に対して、良くない印象を持ったようだ。キツイ言い方をするワラオー所長が引き連れてきた――という状況もあったのかも知れないが。
…………
……
「なるほどのう」
概要を聞き終えて。香多湯出翁は和装の袖を組んで、思案しはじめた。
「まだ未確定の情報やら疑惑やらがある。再検討の必要があるかも知れん」




