(4)敵の正体を突き止めよ~外堀をシッカリ埋め埋め重要ニャ・1
探偵というもの、いったん事件が発生すれば、夜も昼も無いものだ。
目下、目暮啓司には、別の急ぎの……警察署へ足を向けるべき案件がある。
――例の、間抜けにも、ドラッグで泥酔して自動車事故を起こした、転売屋のさらなる調査だ。特定方面の、闇落ちした外国顔。
香多湯出翁のほうでも、探偵事務所で担当している案件とあって、目暮啓司に付き添う形である……
……
セレブ風の中年刑事・伊織、若き探偵・目暮啓司、探偵事務所の所長・香多湯出翁。
互いに異なる年齢層の男3人、連れ立って、警察署へ到着してみると。
伊織の部下の若手たちが、夜を徹して、後続の事情聴取を済ませているところであった。
不法ピンク海賊版の転売ルートを聞き取っているうちに、非常に気になる名前が捜査線上に浮かんできたとのことで……裏取り調査へづつく構えである。
転売屋がしゃべっている言語は、複数の外国語ちゃんぽん・スラング混合で骨が折れたが、最近の人工知能――生成AIを駆使した通訳技術の進歩は素晴らしく、大いに活用したとのことであった。
*****
夜はいつしか終わり、東の空に朝の色が広がった。
みるみるうちに、各種業界の勤め人たちが動きまわる時間帯になる。
別途、用意された来客用の会議室にて、セレブ風の中年刑事・伊織の立ち合いのもと。
目暮啓司が、香多湯出翁と共に、不法ピンク海賊版の転売屋の証言レポートを読み込んでいると。
若手刑事がドアをノックして、用件を告げてきた。
「あの、伊織先輩。落とし物を拾ったという届け出があったのですが、拾ったという場所が、昨夜の襲撃現場から非常に近い位置なんで。来ていただけますか」
目暮啓司の足元で、いつの間にか顕現していた猫天狗ニャニャオ、すなわち銀灰ネコが、「ニャッ」と鋭く鳴いた。
『この猫のヒゲに、ビンビン来るものがあるニャ。これは重要かも知れないニャネ、ケイ君』
かくして。
好奇心のままに遺失物の引き取り手続きのコーナーを訪問した、目暮啓司と香多湯出翁。
不特定多数が出入りするスペース。出入口は、よくある「全面ガラス張り扉」形式だ。
警察署の敷地の一角に広がっている一般向けの駐車場が、よく見える。
早朝ということもあるのか、駐車している車両は、1台のみだった。
見慣れない白い車。
車両の上にはパトカーに似たサイレンが設置されているから、一見してパトカーなのだが。
定番の黒塗りがされていない。ツートンカラーでは無い。全体が真っ白だ。
本来の後部座席に相当する部分には人が乗ることを想定していないらしく、白い保護プレートで完全に封鎖されている状態。ちょっと見には、割と胡散くさい。
「ありゃ何の車両すかね」
少し立ち位置が離れていた香多湯出翁には、要所が一目瞭然だったらしく、「ああ」と納得の声が返って来る。
「赤十字マークがついとる。以前タウンニュース版で紹介されていたのをチラ見したぞい。血液輸送車じゃな。血液センターから、方々の医療機関へ、輸血パック色々を運搬する役割と書いてあった」
「昨夜の、О型マイナス輸血パックを運んで来た車っすかね」
「そうかも知れんし、そうではないかも知れんのう。おや、あれは修験の装備じゃな。珍しいものを見るぞよ」
「修験の装備?」
香多湯出翁の視線は、遺失物の届け出コーナーの、卓上に置かれたブツにあった。
目暮啓司も、老人の視線の先を追う。
それは、赤い色をしたロープ類。
古典イラストで見るような複雑な編み込み。ロープの端は、古典イラストで見るような、大きめの房になっていた。
届け出を処理する担当と、謎の赤いロープを届けた人物ふたり――青い作業服姿――との間で、困惑混ざりの問答がつづいている。
「つまり、表通りに道路封鎖バリケードがあって使えなかったので、それを回避するための最短ルート、つまり『ジライちゃん』出演ライブハウスの横の通りを緊急走行していたら、なにかに乗り上げたように車が跳ねた。いったん車を止めて、事故や異常が無いか調べていたら、この赤いロープに乗り上げたためだと判明した……そういう事ですか」
青い作業服姿ふたりは、順番にうなづいて応答していた。
「それに相違ありません」
「輸血パック緊急輸送が最優先でしたので、こちらの届け出が遅延しましたが。なにやら文化財のように見えましたし。神社仏閣の盗難事件は、この頃よく聞くなぁと思ったので、念のため」
届け出の処理担当者は興味深そうに、フンフンと相槌を打っていた。
「そりゃそうですね。ご協力ありがとうございました」
尋常に、書類がまとまったところで。
青い作業服姿ふたりは一礼して、あの白い車に乗り込んで……去っていった。
処理担当が戸惑い気味に、新しく来たセレブ風の中年刑事・伊織のほうを窺う。
「神社仏閣からの盗難物だったりしますかね?」
「私としては、あのカツオ氏が襲撃された現場と、やたら近いというのが気になるな。そもそも、その表通りの道路封鎖バリケードは、今回の『ジライちゃん』襲撃事件の現場保存のため、我々警察の同僚どのが設置していたものだ。鑑識に回しておこう。なにか出てきたら連絡を入れてくれ」
「了解です……おッ、こいつは食い物じゃ無いぞ、ニャンコ」
銀灰ネコ――猫天狗ニャニャオが、いつの間にか卓上に飛び上がって、謎の赤い古典的なロープにネコの鼻を近づけ、「フンフン」においを嗅いでいたのだった。
さすがに「ゲッ」となる目暮啓司。
慌てて、妖怪じみた銀灰ネコを抱き上げて、確保する。
――こいつは飼い猫じゃ無いんだけどなあ。トホホ。
*****
いったん情報を整理するため、香多湯出探偵事務所へ戻った。
目暮啓司の手元で、このたびの事件メモがまとまってゆく。
こうしてまとめてみると、転売屋メンバー確保は意外にターニングポイントだったらしい、と気づくものがあった。
――そして、『ジライちゃん』案件だ。
いったい誰が、カツオ氏を襲撃したのだろう? そして、そいつは、どうやって現場から、瞬時に姿を消したのだろう?
まだ、この目で確認していないブツが――あった。
さっそく目暮啓司は、香多湯出翁へ伺いを立てた。
「地下アイドル女子高生『ジライちゃん』は、脅迫状を送り付けられてたっすね?」
「うむ」
香多湯出翁は、深く思案する時、いつもお気に入りの日本刀を手入れしている。
今回も、事務所の所長デスク隣に設置された畳タイプの台のうえに鎮座して、伝統作法どおりに日本刀を手入れしながら応じてきたのだった。
「その脅迫状、どこかに保管してたりするっすか」
「初期のものは、マネージャー堀井が『イタズラ』と判断して、『ジライちゃん』の目に触れる前に破棄処分したそうじゃ。おお、カツオ君がマネージャー堀井から預かって保管していたのが、幾つかある筈じゃ。カツオ君のデスクのどこかに」
目暮啓司は、カツオ氏のデスクを探し回った。
カツオ氏の端正な性格を反映しているかのように、カツオ氏のデスクは、整理整頓が行き届いている。
脅迫状は、すぐに見つかった。
当然ながら、差出人不明。
新聞雑誌の誌面を使用文字ごとに切り取って、貼り付けるやり方だ。
随分と、古典的で、几帳面な犯人である。
『死ね死ね死ね』
『クソヤミアイドルが芸術を汚す レッドカード 退場しろ』
『やる気のない地下アイドル 身体売れ ピチピチ身体を欲しがる変態プレイ金持ちエリート 幾らでも居る 5歳や6歳の幼女の頃のほうが高く売れたな』
『若い女の臓器は売れる いまから体をバラすから覚悟しろ』
『海外へ売ってやろうか みだら ビッチ』
…………
……
つくづく。
ストレス重圧と薬物過剰摂取でボロボロの10代女子高生に、こういった脅迫状を送り付ける人物の気が知れない。
目暮啓司は首を振り振り、脅迫状を片付けた。
「指紋なんかは見つからなかったすか?」
「うむ、残念なことに」
資料作成と整理にかかりきりになって、午後の後半。
カツオ氏のデスク上に置いてあったままの、カツオ氏の携帯電話がコール音を発した。
ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン♪
香多湯出翁が受信ボタンをプッシュする。
目暮啓司が唖然とするほどの素早さでもって。
そこへ、銀灰ネコが――猫天狗ニャニャオが――「無邪気なネコ」のイタズラという風で、さらに香多湯出探偵事務所のなかで特別に連携するスピーカーボタンをプッシュした。
「ニャン」
「へ……?」
あまりにも一瞬の、対応。
香多湯出翁が、受話口で、しゃべり出したところだ。
「こちら香多湯出探偵事務所じゃよ」
電話の向こうで、あっけにとられたような沈黙が続いた。
「カッちゃんじゃないの?」
まさに10代女子高生の声。
「おお『ジライちゃん』じゃな。変わりないかの」
「あたし、その通称、好きじゃない……」
「では戸籍の本名のほうの小原樹里さん。ワラオー所長が怒りそうじゃが、なに、ワシのほうで上手に言いくるめて進ぜよう」
しばらくの間、むせび泣きがつづいた。色々と精神的に参っている様子が伝わって来る。
猫天狗ニャニャオの不意のイタズラのせいで、目暮啓司も傍聴の形となった状態だが……香多湯出翁のほうでも、元からそのつもりだったらしく、目暮啓司へ『通話内容を録音しろ』と目配せしてくる。
目暮啓司はサッと所定のボタンを押し、通話録音をスタートさせた。
やがて、女子高生アイドル『ジライちゃん』こと小原樹里の呟きの声が、再開した。
「あたし、ワラオー所長のこと好きじゃない。嫌い。新しいボディガードって2人が入って来たけど、知らない人だもん。カッチャンがいい。カッチャン居る? すぐに来て、ってお願いしてよ」
「残念ながら、カツオ氏は動ける状況では無いのじゃよ。ふむ。ワラオー所長も、新しいボディガード2人も、詳しい説明はしなかったようじゃな。マネージャー堀井は……」
「ホリーさんは自宅待機してるって聞いた。恐ろしい襲撃があったって。子供が知る必要は無いんだって。あたし大人だよ。知る権利あるじゃないの」
……その声は、薬物過剰摂取の影響で爆速老化したかのように、かすれてしまってはいるものの。その幼い言い草や、合間に漏れるシクシク嗚咽を聞いていると、どう考えても子供――未成年の範疇だ。
「じゃあ、いい。カッチャンが来れないなら、ユデチャンが来て。新しいショー出演の仕事があるから、ちゃんと寝て起きて仕事しろってんだけど、寝れないんだもの。あたし、ユデチャンが来ないと寝ない。練習もしない。何も食べたくない……食べられないんだもん」
「ふむ。すぐに馳せ参じて進ぜようぞ。もっとも、ワラオー所長の許可しだいじゃが」
「あたしが頼めば、ワラオー所長は許可するよ。大丈夫だよ。すぐ来てね。頼んでたホテルにいるよ。おねがいだよ」
最後の声は弾んではいたが、それでも懇願の響きを帯びていたのだった。
そして電話が切られた。
香多湯出翁は、早くも紋付き袴をそろえ、出陣態勢であった。
「聞いておったな、目暮啓司くん。3分で支度したまえ。急行するぞよ。例の避難用ホテルは、そもそも、マネージャー堀井を通じて私が手配したところじゃ。万が一の押し入りルートは熟知しておる」
「了解」
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春の陽気は激変するものだ。
いつだったかの三月中旬をつつんでいた暖かな空気は、下旬のあたまを襲った寒気の力で吹き飛ばされてしまっていた。
その寒気は、そのまま居座り、三月末へ向かって分厚い曇り空を広げている。
天候は不順に移り変わり、あらたに吹き込んだ暖気にかき混ぜられて不安定を増し。
いまや全国的に荒れるような雨天、すなわち春の嵐の予報が出るようになっているところだ……




