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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗!~「赤き緒のたまゆら」事件
33/40

(2)代行業務の予定は未定~ドタキャンはするモノされるモノ

花粉対策マスク姿サラリーマンと、電車が、ひっきりなしに行き交う――とある町の中核、朝の通勤ラッシュ真っ最中の、駅前。


この間とはうって変わって、薄日ただよう曇り空。


一陣の風が吹きわたり、盛大なクシャミが飛び出した。


「チクショウ、温暖化だか異常気象だか、天候不順で凍えるほど寒いってのに、これで三月下旬かよ、おまけに黄砂スギ花粉かよ」


駅前ロータリーの自販機の前。


鼻をすすったのは、ハーフ丈の黒トレンチコート姿の若き探偵・目暮啓司メグレ・ケイジ


「遂に花粉症なのかケイジ君も」


「ニャー」


かたわらで目をパチクリさせたのは、初老の花粉マスク男と……金色の目ピッカピカ銀灰シルバーネコである。


初老男のほうは、マスクの間からでも、すこぶる目鼻立ちが整っているのが判る。往年の映画俳優を思わせる雰囲気。「街を歩いていてスカウトされることは、もしかしたら、ありそうだな」という風だ。


「この時間しか空きが無くてね、急に呼び出して悪かったな。近くの早朝営業のコーヒー屋で朝食をおごるよ」


「食い物にありつけるなら、いつでも嬉しいっす。カツオさんの選んだ店なら間違いないって、所長、香多湯出カタユデジイサンも言ってたすから」


そして。


男2名と猫1匹。


かねてから駐車場に停めていたカツオ氏の車に相乗りして、近くの早朝営業のコーヒー屋へと繰り出したのだった。


『毎度、食い意地が張ってるニャネ、ケイ君』


「夜明けまで、飲まず食わずで、ブラック労働精神あふれる違法ピンク転売ビジネス野郎を尾行して走り回ってたんだぞ、ゴチャゴチャ言うな妖怪猫」


「聞きしにまさる怪異だな、本当にその猫が言葉をしゃべってるみたいだ」


――実は、本当の怪異であり奇跡であった。


何を隠そう不思議な銀灰シルバーネコは、本物の神猫にして猫神、七尾ナナオの猫天狗ニャニャオ様なのであるから。


*****


閑静な住宅街を過ぎ、よい感じに自然あふれる商店街の区画へ入った。坂の多い区画である。


戦前戦後の頃のレトロ風味が残っていて、相応に歴史を感じるところだ。


「この辺は初めてっすね。ナントカ神社の方は、いつだったかチラリと鳥居があるのを見たけど、ええと、前の夏の、オレオレ詐欺……化け猫と焼肉の、怪異の時だったかな」


薬玉クスタマ神社がある。この辺は、昔は門前町と宿場町だったところだよ」


「……クスタマ?」


『これぞ神縁ニャ。クスタマ君がケイ君を招いたのニャネ』


「神が居る?」


「そりゃ神社には神様が居られるだろうね、ケイジ君」


「ニャー(勿論)」


そうしているうちに町角のコインパーキングに落ち着く。


シニア男カツオ氏の車から降りて……


さっそく、目暮啓司メグレ・ケイジは、違和感なブツを発見した。


かつての「天才プロフェッショナル空き巣」ならではの眼力でもって。


コインパーキング設備の隙間に、目下、追跡中の海賊版パッケージ(不正ピンク挿入改造版)が詰め込まれている。しかも、50人分ほど。


「チクショウ、やけに意欲過剰な転売ヤロウ、この辺まで出張ってたのか」


「これは驚いた。ケイジ君が追っている、例の案件がらみのブツじゃないか」


同じ香多湯出カタユデ探偵事務所の所員どうし、即座に認識を共有した。


――警察の立ち入り捜査などを前もって知り、警戒して、ブツの隠し場所を移動した。その結果に違いない。


「でも、なんで此処に」


違法な商品を確保しながらも、ふたりして首をかしげてしまう。


その足元で、銀灰シルバーネコが、金色のネコ目を意味深にスーッと細めて、ニャムニャムと呟いていた。


『クスタマ君の思し召しニャネ。ここで、例の転売屋はゾンビタバコ麻薬フェンタニル作用で、想定外タイミングで、ボンヤリして……ドングリの隠し場所を失念した栗鼠リスよろしく、ブツの隠し場所を失念した筈ニャ。気合満々ニャネ、クスタマ君』


*****


いささかの中断をはさんで、到着したのは『クスタマ珈琲屋』である。


レトロ風アットホームな軽食屋だ。


「おはようございます、いらっしゃいませ」


接客に出てきたアルバイト少女。


――「変な客よけ」のためか、「真紅コスプレ髪」+「山姥メイク」=「地雷系タヌキ」。


コーヒー色の飲食店キャップをかぶっている。


そして仕上げに、「ゆるキャラ」と思しき半透明ヌイグルミを、空中に飛ばしている……


少し変わったテルテル坊主にも見える。純白の、ふわもち・きらきら・ヌイグルミ。


最近どこかで見たような……


――ハッ! とする目暮啓司メグレ・ケイジ


こいつはヌイグルミじゃない。空飛ぶ半透明ヌイグルミなんか、現実に存在しない。


怪異な存在モノが、このふわもち・きらきら・ヌイグルミの姿をとって、顕現しているのだ。


記憶がよみがえる。いつだったかの。


――仰天した!


――献血バスに来てた、あの女子高生「ヨモギ・シオリ」だ! そして、このテルテル坊主だか神だか――このオカルト・ヌイグルミ、とにかく猫天狗ニャニャオの友神ゆうじんだとかいう……!


奥の方では、店主夫妻らしきシニア男女が、目を光らせている。


目暮啓司メグレ・ケイジの気のせいかもしれないが――アルバイト少女の帽子のてっぺんで、テルテル坊主「ゆるキャラ」ヌイグルミの目も、鋭く光っている気配。明らかに、神が宿っていた。


「しばらくぶりですね、シオリちゃん。こちらの若いのは勤め先の後輩で。コーヒーと定食メニューをお願いしたいがよろしいでしょうか」


常連客らしいシニア男カツオ氏のほうは平然としていたが……目暮啓司メグレ・ケイジは、さすがに気圧けおされてしまっている。


目暮啓司メグレ・ケイジは、おとなしくヨレヨレ黒トレンチを所定の位置に置き、マジメ百点サラリーマンの体で、しずしずと客テーブルに着く形になっていたのだった。


つづいて店に入ってきた、銀灰シルバーネコ姿の猫天狗ニャニャオ。


一瞬、猫天狗の金色の目ピッカピカと、空飛ぶ半透明ヌイグルミ「ゆるキャラ」テルテル坊主の生真面目キラキラが、交差したようだ。


猫天狗ニャニャオは、金色のネコ目をいっそうピッカピカと光らせ、ネコのヒゲをピピンとさせた。その理由は、いまは明らかでは無い。


とにもかくにも。


目暮啓司メグレ・ケイジは、おかしな客では無い――という了解が成り立った様子だ。


いつしか、奥のほうで、店主夫妻がテキパキと定食メニューを仕上げていて……やがて「地雷系タヌキ」バイト女学生が、意外に上品な所作でもってコーヒーと定食を運んできて、並べていった……


…………


……


コーヒー屋の朝食メニューは美味だった。


目暮啓司メグレ・ケイジが、ひととおり朝食を済ませ、美味コーヒーを一服して、落ち着いたところで。


ゆっくりとコーヒーをたしなむシニア男カツオ氏が、「さて」と声をかけた。


「実は、香多湯出カタユデ先生にも、前もって取り急ぎ相談していたんだが。ケイジ君に、今度の業務代行をお願いできるだろうか。同じ探偵事務所の所員どうし、業務都合は付くと思うが」


「カツオさんの業務というと、ええと探偵事務所の副業の……駐車場の交通整理と警備は、前に契約期間が終わってた筈っすけど」


「任務は、アイドルのボディガード」


「それ必要っすか?」


思わず、ズレた意図でもって聞き返す目暮啓司メグレ・ケイジ


目の前の人物――カツオ自身が、本人が往年のアイドルだったとしても信じられそうな、顔立ちの良い初老男なのだ。


カツオ氏は、手際よく、仕事用ノートから写真を取り出した。


「アイドル少女『ジライちゃん』。目下の保護対象だよ」


卓上に示された写真。アイドル少女『ジライちゃん』顔アップ。


名前そのものの、地雷ジライ系統というのか、それっぽい不穏にして派手なメイク盛り盛り少女だ。


――最近は、こういうのがウケるらしい。理由は知れないが。


毛髪は、普通の黒髪よりも黒々とした漆黒で、血色を落とした雰囲気も相まって、ゴシック・ロリータ風ファッションが……素晴らしく……(?)ハマっている、美少女である。


「こっちのボディガード業務は、初っぽい話の気がするっす」


「例の海賊版――転売屋の追跡で忙しいケイジ君までは、話が行かなかったんだ。半年くらいになる。ケイジ君の担当案件がその一環だが、これも24時間体制だから」


シニア世代の先輩カツオ氏の説明は、以下のようなものであった。


「警護対象アイドル少女『ジライちゃん』は、いわゆる地下アイドル女子高生」


カツオ氏は、ベテラン警備員の顔をしていた。


仕事の顔だ。


「ケイジ君が追ってる海賊版パッケージでも、『ジライちゃん』撮影データが、大変よろしくない形でAI生成、編集されて、流用されてしまっている。重ね重ねの深刻な肖像権侵害、著作権侵害、ほか色々だね」


「うら若い肉体は高く売れるっすね。それが虚構の映像だけであっても」


目暮啓司メグレ・ケイジは顔をしかめた。手持ちの黒トレンチコートは変態的なまでにヨレヨレだったりするが、これでも、立派な大人としての倫理は、ひととおり存在する。


「そういや先ほど拾ったピンク海賊版――『ジライちゃん』主演とうたった生成AI海賊版は、顔の無い下半身だけの触手ピンク男が、1万人くらいの『ジライちゃん』少女をまとめて監禁して、時間を止めて順番にピンク版ガイコツにして、粉々にプレス破壊して、そこからドバドバ絞り出した流血プールの中で、うっとりと泳いでる映像……背景音楽が、ファン限定グッズ発売前の、極秘の最新曲が編集されたものだとか……」


そのスジの趣向を極めた怪奇バイオレンス映像――かつ怪奇ピンク映像が、カルト情熱そのものの熱狂的な人気を集めている、とのこと。


実に不可解である。


――と、古典的なセンスでもって想起する目暮啓司メグレ・ケイジであった。


閑話休題。


シニア男カツオ氏の端的な説明が、再開した。


「で、問題は、ここからだ。ここ2か月、3か月か……『ジライちゃん』宛の脅迫状が、所属先の芸能事務所へ届くようになった」


「不法な生成AI編集ピンク海賊版で勘違いしまくった、妄想昇天主義の暴力ファンだか、狂暴ストーカーだかが発生してたっすか」


「ご明察。『ジライちゃん』は、ワラオー芸能事務所が絶賛売り出し中の新人アイドル。よい感じに人気が出ている。ワラオー芸能事務所の稼ぎ頭といえるくらいには、ファン限定グッズ販売でも利益をたたき出している。くわえて例の海賊版の問題がある。それで、特殊な警護実績も兼ね備えている香多湯出カタユデ探偵事務所へ、『ジライちゃん』身辺警護の依頼が来ていて、それに応じていたという状況なんだ」


「あのハードボイルド所長、香多湯出カタユデジイサンからして特殊警護の達人すぎるから、納得するっす」


いつの間にか、猫天狗ニャニャオが目暮啓司メグレ・ケイジの隣の椅子の上に陣取って、平凡マジメな銀灰シルバーネコ顔で耳を傾けている……


シニア男カツオ氏は、いったん口を切り……コーヒーを一服して、困ったように「ふう」と息をついた。


「もうひとつの問題は……『ジライちゃん』は頑張り屋ではあるが、それでも10代ゆえ敏感で、もろい部分は、やはりある。最近の……脅迫状だの、海賊版トラブルだの、ストレスが深刻すぎる様子だ。ついこの間、薬物過剰摂取オーバードーズで病院へ運び込まれた。マネージャー堀井ホリーとも話したが、習慣になってしまっているらしい。芸能事務所の所長も、何とかすると言ってはいるが……」


「整理させてくださいっす」


混乱してきたままに、頭髪をシャカシャカとかき回す目暮啓司メグレ・ケイジであった。


「ワラオー芸能事務所の所長って、何処のドイツっすか」


破螺ワラさんだ。実際に会っても驚いちゃ駄目だよ。自己流っぽい修験道にハマってて、坊主頭スキンヘッドでね。戒名かいみょうが『良王ラオー』だ。だから経営している芸能事務所の商号が『ワラオー』なんだ」


「なんか胡散くさい気がしたけど、名前負けじゃ無いなら良いっすね。で、なんで、今度の任務……『ジライちゃん』ボディガード業務代行って、そんな話になったんすか」


「ああ……うん」


落ち着いた口調で端的に説明してくれる、シニア男カツオ氏であるが……妙に歯切れが悪い。


そして、困ったように窓の外を眺めはじめた。まだ桜は咲いていないのに。


……その耳が不自然に赤いような気がする。


目暮啓司メグレ・ケイジの横でくつろいでいた銀灰シルバーネコが、「ニャン」と口を出した。


『ワラオー芸能事務所の『ジライちゃん』マネージャー、ホリーさんの意向? って聞いてみると良いニャ』


即座に対応する目暮啓司メグレ・ケイジである。


「くだんの『ジライちゃん』マネージャーのホリーさんって人が、状況を見て、話を決めたすか?」


「素晴らしい女性だよ」


「……は?」


予期せぬ回答ズレ。


目暮啓司メグレ・ケイジが、キョトンとして、見つめていると。


カツオ氏は、ハッと気づいたように固まり……モニャモニャと呟きだした。その手元で、コーヒー皿とコーヒーカップが、危なっかしくカチャカチャと音を立てている。


「芸能事務所のもろもろ問題は収まってないが、香多湯出カタユデ先生のご尽力のお蔭もあって、なんとか解決に向かいそうなくらいに落ち着いてきている。あとは、ケイジ君が追っている転売屋の案件へ集中できれば……というところだ」


「そりゃ助かるっすね。ブラック労働精神ガンギマリ転売屋を追跡するのは、キツくなってるっす」


カツオ氏は、ウンウンとうなづいて、同意した。香多湯出カタユデ探偵事務所で経験の長い所員として、その辺は、所長である香多湯出カタユデおうから、シッカリ連携されているものと見える。


「状況が落ち着いたのを見て、『ジライちゃん』は、本格的な芸能活動を可能にするために、万全な警備体制が用意されているホテルで、仕事休憩や薬物治療など対応する予定だ。ゆえに、私の仕事は、あまり必要では無くなる」


「さすが、香多湯出カタユデジイサン。方々、手は打ってあるんすね」


「マネージャー堀井ホリーも久々に休暇を取得して……ハードワークが続いたせいで体調が良くないとのことで。かかりつけ医に診てもらいがてら、ずっと放置状態だったマンション部屋のベランダ菜園を、なんとかすると話していたから。手伝いを申し出てはいるから」


「体調が良くない? それだったら横になるのが優先じゃないすか?」


「なんというか……彼女は、ポストポリオなんだ。ワクチン義務化の前の世代で、性質タチの悪い天然株に感染したゆえの、ポリオ後遺症……足に残ったマヒ症状が、無視できないくらい悪化して、進行している。ゆっくりではあるんだが。若い頃とは違って、専用の補助杖を使わないと歩くのは難しい。そもそもポリオという病気を完全に治す方法は、いまでも存在しない」


目暮啓司メグレ・ケイジは、たまに香多湯出カタユデ探偵事務所を訪れる一部の高齢者が、医療用や高度リハビリ用と思しき特別な補助杖や歩行器を使っていたのを、なんとなく思い出したのだった。


「イザという時は介助がりそうな感じっすね……あ、それで……ってことすか」


無言ではあったが……カツオ氏は、しっかりと、うなづいて返して来た。赤面しながら。


(初老男の赤面フェイスって、ライトノベル的エンタメに、ならないんだが)


そんな失敬な脳内コメントをしつつ。


目暮啓司メグレ・ケイジは、かつての天才プロフェッショナル空き巣ならではの察知力でもって、鋭く察知していた。


――堀井女史は、カツオ氏が「ホの字」になるほどには、良い雰囲気の人物であるらしい。


そして。


早朝営業の静かなコーヒー屋の店内。


声をひそめていたつもりでも、ポツポツと、内容は『クスタマ珈琲屋』店内メンバーへ伝わっていて。


懸念と気遣いゆえの……いつだったかの春の陽差しのような沈黙が、流れていたのだった。


*****


数日後。


香多湯出カタユデ探偵事務所の所長・香多湯出カタユデおうの了解のもと、目暮啓司メグレ・ケイジと、初老ベテラン警備員カツオ氏との間で、業務調整をしておいたものの。


結局、すべてはドタキャンされた。


最初の予定どおりの、業務となった。


年度末ゆえの、あわただしさ。というのも大きい。


くだんの地下アイドル女子高生『ジライちゃん』に、急な深夜ショー出演の仕事が入って。マネージャー堀井ホリー、ボディガード・カツオ氏ともに、通常の業務遂行が求められていたのだった。

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