(1)時は春三月なかばの猫天狗~献血バスがやって来た
元・天才プロフェッショナル空き巣の目暮啓司は、探偵事務所の所員として勤める探偵だ。目下、海賊版と転売屋を追跡している。そんな中、先輩の所員から代行業務を受ける。人気急上昇中の美少女アイドルの身辺警護だ。結局その話はナシになったが、なんと先輩の所員が、任務中に襲撃されて瀕死だと言う!しかも、海賊版グッズ問題も関係している案件だ。事件現場は謎だらけだが、それでも、凶悪な襲撃犯を突き止めて、解決へ持ち込まなければならない。目暮啓司の相棒にして妖怪探偵・猫天狗が、「ゆるキャラ」仲間も巻き込んで、大活躍をする!■
時は春
日は朝
朝は七時
片岡に露みちて
揚雲雀なのりいで
……
作:『春の朝』ロバート・ブラウニング/訳:上田敏『海潮音』
*****
三月の半ば。
香多湯出探偵事務所の電話が鳴った。
ドッカーン!!
仮眠と称して昼寝を決め込んでいた目暮啓司は、毛布の中から飛び上がった。
はずみで、銀灰ネコも、『複数のネコ尾』をさらして飛び出し、事務所じゅうをニャアニャアと駆け回った。
「チクショウ、あの、ハードボイルド・ジジイ! なんでコール音が爆弾の音なんだよ!」
連日の尾行と隠密調査で、グッタリとしてはいたものの。
探偵事務所には、冗談では無くヤバい電話も掛かって来ると覚悟せねばならない。
しかも発信番号を見ると、ヤバいのか・ヤバくないのか、判断が付きにくいグループのものだ。
ドッカカーン! ド・ド・ド・ドカーン!
銀灰ネコは七尾をさらしたまま、興が乗ったのか、電話コール音に合わせて空中浮揚タップダンスを踊りはじめた。背中に烏羽を生やしているので、それで自由自在に飛べるのだ。
「空飛ぶネコマタを止めてくれ……尾が7本もあると気が散る」
寝ぐせがついてクルクルになった毛髪のごとく、寝ぼけてグルグルしている脳内。
カツを入れるべく。
拳骨で、頭を、ゴッゴッゴッ……と、やり。
若手の所員・目暮啓司は、あらためて気を引き締め、受話器を取った……
「やあ、目暮くん。そちらの所長の了解済みだが、少し手を貸してもらえるかね?」
…………
……
目暮啓司に、飛び入りの、交通整理-兼-警備の予備スタッフ業務が割り振られた……
……もはや腐れ縁のような気がする、なじみの警察署から。それも、顔なじみの、セレブ風の刑事から。
*****
うらうらと暖かな陽射し降りそそぐ春、三月の半ば。
まさに「春眠、暁を覚えず」そのものの風光。
人使いの荒い香多湯出翁が、目暮啓司を、急遽、人手不足をしのぐための派遣スタッフとして差し向けたのだ。
若き探偵・目暮啓司を迎えたのは、伊織・ド・ボルジア・権堂。
地元の警察署に何故か務めている、セレブ風の刑事。トップブランドスーツで身を固めた、中年ベテラン男だ。
毎度の胡散くさそうな、明らかにカネのかかっている上品な笑み。
「こころよく承知してくれて、誠にありがたいよ」
「金輪際、警察などと縁があってたまるか、と誓った筈っす」
「ニャー」
定番のパート警備員スーツを着込んだ若き探偵・目暮啓司の足元には……普通の銀灰ネコの姿形に収まった猫天狗ニャニャオ。そのネコ顔に浮かんでいるのは、ネコの種族ならではの、チェシャ笑いだ。
ここは、警察署と消防署の敷地の間にある、共同駐車場である。
双方の署員の協力によって広々としたスペースが開けられており、真っ白な大型車が駐車していた。
献血バスである。
白い車体に記された赤十字マークが鮮やか。
同じく鮮やかな赤がトレードマークの、女子供にウケそうな「カワイイ・ゆるキャラ」。
目暮啓司のほうでは、うすい興味しか無かったこともあって、その「ゆるキャラ」の名前を知らない。
また知らない新顔「ゆるキャラ」が増えたじゃねえか。
――という感想のみ。
共同駐車場の入り口には、地元の「警察署・消防署の合同」献血イベントの幟が立てられている。
すでに参加者の呼び込みと受付が始まっていたが。
チラチラと献血バスの白い車体へ視線をやりながらも、足早に通り過ぎる……諸般多忙な通行人のほうが、圧倒的に多い状況である……
…………
……
着慣れない警備員スーツのネクタイをそっと締め直し、所定の位置で交通整理をつづける目暮啓司。
本日の任務は、一日限定パート警備員。
地元開催の、ささやかな献血イベントの実施に際し、交通整理を兼ねる警備員が定数に足りないのを埋める「外注の予備スタッフ」である。
会場に近づく人々は、ほぼほぼ、ボランティア精神あふれる善男善女な一般庶民である。相応に……年配の割合が高い。
何ということのない日常のなかの、ちょっとした変化。予期せぬ出来事さえ無ければ、実入りは薄いながら、楽勝な業務と言えそうだ。
――この季節ならではの、すさまじい花粉の量を、別にすれば。
やがて。
見知った老婦人が、チョコチョコと、やって来た。どこにでも居そうな風体。
そして、見知った格好の飼い犬。
フッサフサ眉毛をした小型テリア種だ。立派な白い眉毛。まさに「ジジ眉毛」である。
ジジ眉毛テリア種は、目暮啓司と銀灰ネコを見つけるや、再会の喜びに満ちて、フッサフサ尻尾を千切れるほど振った。
「キャン! キャン!」
異世界モップ……のようなモフモフは、一目散に駆けてきて、目暮啓司の警備員スーツの足に、かぶりついた。ガブリ・ガブリ……これでも喜びの表現である。
「おいこら、仕事の邪魔するんじゃねえ、この、ジジ眉毛」
『無病息災で実に良きことニャネ、テリア=トップスター君』
目暮啓司が、足元にじゃれつく元気な小型テリア種を引きはがしていると。
引き紐を引っ張られるままに、小走りで近づいてきた老婦人が、目暮啓司を見て、目をパチクリさせる。
「あら、奇遇ね? メグレ探偵さん。今日は警備さんなのね」
「ジジ眉毛トップスター、……日暮の婆さんすか。献血に来たんすか」
「そうなのよ、若い頃からやってて。耳が遠くなって、電話の聞き間違いが増えたけど、いまはネット予約があって便利ねぇ」
老婦人は感心したように首を振り振りしていた。その後、一礼して、献血バスの近くにある受付へと、慣れた様子で近づいて行った。
この地区では常連だったらしく、受付の側も、老婦人と顔見知りといった様子。テキパキと問診が進んでゆく。
「あら、『献血ご卒業』が近くなりましたね。日暮さん」
「私も年を取ったわねぇ」
「キャン! キャン!」
「ワンちゃんは、どこかへ、おつなぎ頂ければ」
という訳で。
手が空いて暇そうな予備の警備スタッフ目暮啓司が、しばらく、小型テリア種の番をすることになったのだった。
小型テリア種「ジジ眉毛」、本名「トップスター」は、お喋りだった。
神猫にして猫神ならではの猫天狗ニャニャオの通訳があって、目暮啓司は、動物どうしの情報交換の怪異を体験する羽目になった。
「キャン! キャンキャンッ!」
『最近、ロックな地雷ゴスロリが話題ニャ。あちこちのライブハウスで人気上昇中で、近いうちブレークしそうな、イケイケ女子高生アイドルだニャ。日暮夫人も、息子の話を通じて概要を知ってる状態ニャ。「ジライちゃん」と言うそうだニャ』
目暮啓司も、心に覚えがある程度には記憶している。地元ネット記事の広告スペースで、名の知れたライブハウス出演スケジュールの宣伝を、多数見かけるからだ。
普通に「お化け屋敷の美少女っぽいな」とは思うものの、それだけである。
そもそも怪異に遭遇しまくっていることがあって、目暮啓司の、その方向の趣味は古典的なのだ。
*****
やがて午後の部。
生真面目な顔をした女子高生が――制服姿だ――呼び込みに応えて、献血バスの受付へと接近した。
モデル背丈というほどでは無いが、それなりに高身長。
シッカリした体格や足取りには、バランスの良い食生活などの背景が感じられる。
――400mL全血を一気に抜かれるのに耐えられるだけの、必要十分な、体力も体重も備えていると見え。
献血バスの中の人が臨戦態勢になった気配が、こちらへも伝わってくるようだ。
「若い人は珍しいし、学生さんは、いっそう珍しいっすね? ちゃんと、18歳すかね」
ポカポカ陽気がつづく午後、居眠りしそうになっていた予備の警備スタッフ目暮啓司も、さすがに目が覚めた。
献血希望の署員をあらたに引率して来ていたセレブ風の中年刑事、伊織・ド・ボルジア・権堂も、目をパチクリさせている状態だ。
耳をそばだてていると、受付の問答が流れてくるのが判る。
女子高生は、初回ということもあって、それなりに緊張しているらしく……受付の質問に対する回答が、時々ズレていた。
「……ヨモギ・シオリです。今日が高校の卒業式で、四月から大学で。前から興味があったので、卒業記念になればと思って」
「ご卒業おめでとうございます。それに、献血ご協力ありがとうございます」
目暮啓司の足元で、猫天狗ニャニャオも珍しく感心したように、ネコのヒゲをピピンとさせていた。
『シッカリ18歳に到達してるネ。前に見た時は、ちっちゃな幼女だったニャ。大きくなったニャネ』
「会ったことが?」
『この近くの友神の氏子ニャ』
目暮啓司は、女子高生に改めて注目した。
先ほどから不思議な気配があるのだ。肩先か……背中か、あるいは頭の上に。
少し角度を変えると、女子高生の近くでフワフワと浮かんでいる光球のような「ナニカ」が見えてきた。
シッカリと光球を視野に捉え、目を凝らしてみる。
――明らかに普通では無い。確実に妖怪に近い部類。
目を凝らしていると、光球は、特徴的な姿形を二重に映し出した。
――どことなくテルテル坊主に似た純白「ゆるキャラ」。ふわもち・きらきら・ヌイグルミ風。頭のてっぺんに、なにか草を生やしている。
仰天のままに見つめていると、光球なテルテル坊主は、生真面目な視線を返してきた。
瞬間……圧倒的なまでの霊威に、震える。
ふわもち・きらきら・ヌイグルミな「ゆるキャラ」といえど、その眼差しは、時空を超越する領域のものだ。
その怪異が左右に携えているのは……双対のヒョウタン。マラカス楽器とも見えるが、正体は楽器などでは無いだろう。確実に。
猫天狗ニャニャオが、金色のネコ目をピッカピカと光らせつつ、目暮啓司を見上げてきた。
『さすが、ミー選抜の最高の相棒ニャ。あれは、ミーの古くからの友神ニャ。専門領域は医薬の方面ゆえ、医薬神の系統ニャネ。最近は稲荷の神々と一緒に、人工血液などの案件を……』
(……神だと!? あのテルテル坊主・ヌイグルミが!?)
『あの姿は「ゆるキャラ」流行テンプレに乗っかったのニャネ。別の姿パターンは全国的に有名ニャ。神紋として頭に載せてるのは、古代から薬用植物として知られてる蒲。因幡の白ウサギの伝説は聞いてる筈ニャ』
(知らねえぞ! あんな神!)
『神話歴史書にまとめられた段階で、失伝してるニャネ。普通の人類の感度は、超ニブイから』
…………
……
ほどなくして。
若いゆえに献血時間が短く済んだのか、制服姿の女子高生「ヨモギ・シオリ」が献血バスから出てきた。
戸惑った風に頬を染めながら、何度もお辞儀して……謝礼の菓子ジュース類が入った袋を持って、もと来た道を歩いて行った。テルテル坊主な謎の神が宿るフワフワ光球を、肩先あたりになびかせつつ。
予備の警備スタッフ目暮啓司は、さらに不思議な光景を目撃することになった。
献血バスの傍に、いつしか、別の「ゆるキャラ」がフワフワと浮かんでいた。献血バスの白い車体にバッチリ描画されている「ゆるキャラ」が、ポンと三次元・実体化して、出てきたみたいだ。
その鮮やかに赤い装飾がトレードマークであるらしい「ゆるキャラ」は、英数字「О(オー)、-(マイナス)」が記された空色の旗を振って、見送りしていたのだった。
いちおう邪気は感じない。
それでも、れっきとした怪異現象には違いない。
思わず、目暮啓司は呟いていた。
「献血バスにも、妖怪だか妖精だかが、居るんすかね?」
「そのオカルト霊感で、異世界ファンタジーなみの『ナニカ』を見たらしいな、目暮啓司くん?」
一日、献血イベントの事務局を務めていたセレブ風の中年刑事・伊織・ド・ボルジア・権堂は。
頭のおかしな予言者を見るような目つきで、目暮啓司を、まじまじと眺めた。
そして、銀灰ネコ姿をした猫天狗ニャニャオは、金色のネコ目ピッカピカ、チェシャ笑いを浮かべていた。




