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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗が飛ぶ!~波打ち際の「禊」事件
3/31

(3)ミステリアスナイトを捧ぐ

――翌日。朝から快晴。


リュージャ様と猫天狗と古代博士(霊体)は、午前半ばの陽射しがサンサンと降り注ぐ、『夜島』の"禊"海岸に集まっていた。


実は、猫天狗と古代博士(霊体)は、未明の闇をついて、本土から『夜島』に舞い戻って来ていたのである。


猫天狗は、もともとネコだけあって、夜目が非常に利くのだ。その辺の鳥類とは違って、未明の闇の中を神速で飛行することなど、ヘッチャラである。


今、猫天狗は、灰色の背中に黒い翼をお行儀よくたたんで、昨夜の調査報告をしているところだ。


リュージャ様は、報告内容に耳を傾けながらも、その蛇顔をしかめ、長々とした腕を組んで思案中という風である。白い直衣に、黄と黒のまだら模様の袴、頭の上に平安貴族風の冠……


定番の衣冠姿なのだが、ヒトの胴体に、ウミヘビの頭部――そんな姿のリュージャ様が、長い首を不吉にユラユラさせているので、パッと見た目には、『どいつに噛み付こうか』と考えているようにも見える。


ほどなくして、猫天狗の調査報告が一区切りついた。


猫天狗の金色の目が、キラリと古代博士の方を向く。スフィンクスさながらの姿勢を取りつつ、猫天狗は、ゆっくりと口を開いた。


「古代博士。心臓の薬は、カバンからすぐに取り出せるように、目立つ外部ポケットに常に突っ込んであったのかニャ?」

「その通りじゃよ」


古代博士は、釈然とせぬ気持ちながらも、猫天狗の質問に応じる。


「何を考えているのかの、猫天狗よ? 心臓に問題を抱えている人が、発作に備えて心臓の薬を持ち歩くのは普通のことじゃよ。今回は遠出じゃったし、知らない人でもすぐに分かるように、赤十字とハートのマークを入れた救急ポケットを準備していた……と言う次第じゃが」


リュージャ様が口を挟んで来た。


「古代博士、最悪の事態のことをよく考えてたんだな。心臓が止まって一時的に失神した場合は、『薬を出してくれ』って言いたくても言えないしね」

「うむ、『夜島』の神職たちの、"禊"に対する大変なこだわりは、地元の人から良く聞いていたからのう。イヤ、流石に伝統の力と言うべきか、古代の文化風習が良く残っていると感心しているのじゃよ」


そんな古代博士の様子をシゲシゲと眺め、リュージャ様はポソリと呟いた。


「灯台下暗しというアレかな。人類は、自身のことは案外、見えないものだと言うがねえ」


疑問顔で振り返った古代博士を、リュージャ様は手招きした。古代博士の素っ裸の霊体を、『風船の術』でくくり付けて、海岸を歩き出す。猫天狗が、訳知り顔で後を付いて来る。


リュージャ様は、"禊"海岸の一角――岩場に囲まれた浅瀬の前に立った。冷たい波しぶきが上がっている。


「くだんの死亡報告書を出して来た、現場の海岸の眷属たちに確認したんだがね、古代博士。ここが、古代博士の死亡現場な訳だが」

「ほほぉ。心臓ショックのせいか、ワシには記憶が無いのじゃが。何となく見覚えがあるぞよ。この辺で、確か素っ裸になって、水の中に入ったんじゃよ」


古代博士は、そこでギョッとして、サッと振り返った。


「リュージャの眷属とは、一体、何じゃ?」

「フジツボとか、ヒラメとか、ケサランパサランとか……まぁ色々だよ。死亡報告書に特記事項を記して来たのは、そこの棲息……幾つかの貝類だ」

「貝類じゃと?」


古代博士は、呆気に取られた。


リュージャ様は、古代博士の驚愕には取り合わず、すぐそこにある岩場の隙間を、長々とした腕の先にある『人の手』で指差した。


岩場の隙間に、何やらキラリと陽光を反射する、人工物がある。見るからに――薬のパッケージだ。


「それが、くだんの心臓の薬ニャネ」


目の鋭い猫天狗が、早くも指摘した。リュージャ様は渋い顔で、うなづく。


「古代博士を送り出した後、こちらでも、ちょっと調査をしたんだ。この辺りのフジツボ君からの『人類が、なぜか見逃した物がある』という追加の報告が無きゃ、気付かなかったな。普段は、神職たちが島全体をキッチリ清掃してくれるんで、あんまり注意を払ってなかったよ」


古代博士は、首を傾げた。


「しかし、ここにある、ということは……ワシが心臓麻痺を起こした後、救急隊の誰かが薬を取り出して来た……ということでは、ないかの」

「あの報告書には『本土版』もあってね、古代博士。救急隊の面々は、『夜島』に上陸していない。したがって、古代博士のカバンを拾って、くだんの外部ポケットを開けられたはずが無いんだよね」


リュージャ様は、5パターンくらいの『渋い表情』を、連続でクルクルと変化させていた。顔がウミヘビなのに、表情豊かだ。


岩場のてっぺんに上がっていた猫天狗が、「ニャー」と鳴いた。


「本土の刑事たちが、渡し舟で近づいて来ているニャ」


*****


――渡し舟が、ポンポンポン……というエンジン音を響かせながら、近づいて来ている。


本土の警察署ご用達の渡し舟だ。


その甲板には2人の刑事がいて、操舵室には船頭を務める1人の刑事がいる。ちなみに甲板の2人は、昨夜も見かけた先輩刑事と後輩刑事である。


2人の刑事は、寒風にさらされて鼻を真っ赤にしながら、何やら額を合わせて手帳を繰っていた。


猫天狗は、不意に古代博士を振り向いた。


その灰色のネコ顔には、『不思議の国のアリス』に出て来るチェシャ猫さながらの、『ニヤニヤ笑い』が浮かんでいる。


「ちょいと、現世に干渉してやろうじゃニャイか?」


古代博士はポカンとした。ポカンとしているうちに――


――猫天狗の灰色の毛皮全体が、神々しい銀色に輝き出した。


猫天狗は、全身キラキラと銀色に光りながらも、まさに『不思議の国のアリス』のチェシャ猫よろしく、6本の銀色の尾から、みるみるうちに消失して行った。


6本の尾がかき消えると――銀色の後ろ足が、次いで銀色の前足が、スルスルと消えた。


つややかな黒い翼がシューッと消え、羽ばたき音のみの存在になった。


胴体が銀色のさざめきとなり、ユラリと消えた。


最後に残った銀色に輝く頭部もまた、キラキラ、ジワジワと消えて行った。


金色の目ピッカピカの、銀色の『ニヤニヤ笑い』が、最後まで空中に漂っていた。


古代博士は目を剥いた。



――渡し舟は、『夜島』にギリギリまで近づける場所、風の勢いや潮の流れが緩やかになるポイントに陣取っている。


真冬だけあって、猛烈に風が冷たい。


沖の流木が風に吹き寄せられて、ポイントに集まっていた。後日、専門業者が拾っていく予定のその集団を、渡し舟は器用に回避している。操舵室に居る刑事は、なかなかの腕前だ。


甲板に出ている2人の刑事は、防寒着でムクムクになっている状態だ。島に上陸するには、『禊』が絶対である。できれば冷たい海の中には入りたくない、そんな俗世間の刑事たちは、渡し舟に乗ったままなのだ。


渡し舟に気付いた神職の若いのが5人ばかり、刑事たちへの対応のため、波打ち際まで出て来た。


若い神職たちの、お揃いの白い狩衣の袖が、バタバタとはためいている。


この寒風の中で防寒着をまとっていない状態だから、普通の人間だと、まず凍えるはずなのだが……若い神職たちは、かねてから強健な身体をなおさらに鍛えているのか、まさに気合で堪えている――という様子なのであった。


こうして眺めてみると、息を呑むほどに対照的な光景である。


古代博士(霊体)はリュージャ様と並んで、波打ち際の岩場の陰から、ハラハラして見守るのみだ。


――猫天狗は、何やら余計なことを思いついたらしいのだ。


目下、その猫天狗は、超絶的なまでの忍者スキルでもって、銀色の『ニヤニヤ笑い』のみの透明な存在と化して、岩場の辺りに漂っているところだ。


猫天狗の超高速の霊妙な羽ばたき音は、謎の忍者スキルを施されているらしく、全くといって良いほど聞こえて来ない。ここまで来ると、もはや忍者スキルではなく、神通力そのものである。


渡し舟の刑事たちと、波打ち際に集まった神職たちとの間で、身振り手振りが続く。


ほどなくして、両者の間に了解が成り立ち、メガホンを含む音響機器がそれぞれ用意された。


2人の刑事のうち、先輩刑事の方がメガホンを取り、『夜島』の神職たちに呼びかけ始めた。


「古代博士の心臓の薬の行方を捜してんだー。島の中には無いのかー?」

「夜明けに一度、清掃しましたが、見かけておりませんよー。見つけたら連絡しますからー」


神職たちもメガホンを取って応答し始めた。メガホンの音量を『最大』に調節しており、渡し舟の面々との間に、ちゃんと応答が成り立っている状態だ。


波打ち際の岩場が、メガホンの大音量にさらされて、ビリビリと震えている。


刑事たちはメモを確認し、更なる質問項目を、がなり立て始めた。


潮流が変わり、大波がザッブンと来た。流木の集団が潮に流されて、"禊"海岸の岩場に、ガツンとぶつかった。


――それは、突然だった。



どっかーん!



「何じゃい?」



その場にいた全員が、目と鼻と口を丸く大きく開いて、棒立ちになった。


何と、『禊』に使われている波打ち際の一角が、大爆発したではないか……!!


*****


その日のうちに、『夜島』の周辺は大騒ぎになった。


本土から来た警察署の増援の面々は勿論、騒動を聞き付けた地元のマスコミも、ワラワラとやって来ている。『夜島』周辺の海域は、渡し舟で一杯だ。


爆発現場からは、古代博士の心臓の薬が、速やかに発見された――という次第である。


やがて、夕方も近い頃。


――『古代博士から心臓の薬を取り上げて、岩場に隠した』との容疑で、2人ばかりの神職の若いのが、手錠を掛けられ、連行され、警察署ご用達の渡し舟に押し込められた。


更にメガホンを通して得られた言質を分析した結果、『夜明けの清掃で、本当に薬パッケージを見つけられなかったのか?』という矛盾が取り沙汰されることになった。『組織的な隠蔽があった』という可能性も出て来たため、夜島神社の残りの神職たち全員が、重要参考人として引っ張られて行ったのであった。


かくして。


謎に満ちた『古代博士・怪死事件』すなわち『波打ち際の"禊"事件』を、一気に解決にもっていった名探偵――猫天狗は、岩場のてっぺんに2本足で立ち上がり、得意満面で演説をしていると言う次第だ。


「ちょいと化学的な話になるのだがニャ、心臓の薬って、ニトログリセリンで出来てるのだニャ。8度で凍り、14度で融ける化学物質だニャ。こいつは、ちょっとした振動や摩擦で爆発しちまうという、爆薬としての性質も持ってるのだニャ。医薬品では、添加物を加えて安定させているのだがニャ、これを六尾ムツオの猫天狗さまの『神技』で、ニャニャンのニャンと、不安定になるように加工して――」


古代博士(霊体)は、生前の時のようにワナワナと全身を震わせ、猫天狗の方を、強張った顔つきで眺めるのみである。


ついに古代博士は、白ヒゲをブワッと膨らませ、額に青筋を立てて怒鳴った。


「貴重な文化遺産の島で、心臓の薬を非合法的手段で加工して、大爆発させるとは……!」


リュージャ様が『まぁまぁ』という風に、古代博士をなだめに来た。


「ありゃ、本当は幻覚だよ。地元のマスコミは、UFO話とか幽霊話とか……『口裂け女の騒動』と同じレベルで、アレコレ書き立てることになるんだ」

「幻覚じゃと?」


毛髪の無い頭からの湯気が止まらない、スッポンポンの古代博士(霊体)である。


猫天狗は、「さすがに、悪ふざけが過ぎたかニャ……」と呟き、前足で灰色のネコ顔を撫で回した。次に、2本の前足で、『忍術の印』を組んだ。


「ヌンッ! シャーッ!」


猫天狗が背中の黒い翼を震わせ、6本の尾をピンと立てて、ナゾの気合を発すると――


――アラ、おどろき、爆発で黒焦げになっていたはずの現場の一角が、元通りになったではないか!


「どういうことなんじゃ?」


さすがに一瞬、怒りを忘れた古代博士であった。リュージャ様が口を開く。


「あとで、千引ノ大岩が解説してくれると思うんだけどさ。人類の最近の発明で、VR(仮想現実)技術ってのが注目されてるらしいね。ラノベのコーナーでも、VRMMOジャンルが人気を博しているそうじゃないか」


猫天狗が追加の説明をして来た。


「VRMMOの仕組みを流用しただけだニャー。人類の認識システムを、ニャニャンのニャンッと刺激したのニャ。古代博士も、49日の間は人類バージョンの認識システムを保持している状態だから、共鳴しただけだニャ」


古代博士は、天をも仰ぐ気持ちになったのであった。


そこへ、折よくと言うべきなのか――かの千引ノ大岩が、ユラリと現れて来た。毎度の如く、白い直衣を優雅に身にまとっていて、その顔は神々しいまでの墓石だ。


「おのおのがた、大儀でござる。古代博士の死亡報告書の不明項目は、ほぼ解消されたでござる。これで安心して、死出の道へと旅立てるでござるね? 古代博士」


古代博士は顔をしかめた。


「それにしても……何で『夜島』の神職たちは、ワシの心臓の薬を、こっそりと抜き取っていたんじゃ?」


千引ノ大岩は、墓石の頭をユラリとさせて、人間が思案する時によくやるように、あごと思しき部分に手を当てた。


「いわゆる『正義』の観念が、化けてしまったのでござるな。古今東西、信仰に熱心な善人たちには、よくある現象でござる」


猫天狗とリュージャ様が、揃って「ウンウン」と、うなづいている。


「真っ裸で冬の海に入っても、全然へっちゃらな連中だからニャー」

「そうなんだよねえ。『禊』にコダワリ過ぎちゃったんだな。あの人たちは警察署でも、『自分たちは正しい事をしていた』という言い分を通してるよ」


猫天狗が、古代博士を改めて振り返って来た。金色のピッカピカの円弧になったのが、2つ並んでいる。


「実際、彼らには、殺意は全く無かったのニャン。未必の故意があった、と言う訳でもニャイ――貝類やフジツボが気付いた、この違和感とミステリーは……たかだか500万年の歴史しかない人類たちには、多分、お手上げニャネ?」


猫天狗が、謎めいたウインクをして来た。


「人類は、まだまだ進化していかなきゃならないのだニャ」


古代博士は目をパチクリさせた。


――辺りは、いつの間にか、既に日が暮れている。冬の日は短いのだ。波打ち際の向こうに見える東の空には、いつものように、夜のカーテンが広がり始めていた。


この夜、ついに古代博士は、千引ノ大岩に手を引かれて、黄泉平坂を越えていく。その霊体は、いつの間にか、死装束をまとっていた。現世の遺族や研究仲間たちが用意して来た物なのだ。


猫天狗はリュージャ様と共に、そんな古代博士を見送るのであった。


古代博士は、ふと、感慨深く現世の方を振り返った。猫天狗とリュージャ様が、まだそこに居る。


猫天狗の灰色の顔には、『不思議の国のアリス』に出て来るチェシャ猫さながらの謎めいた笑みが、いつまでも浮かんでいた。



―《終》―

秋月忍さま主催「ミステリアスナイト企画」参加作品

(2017年12月~2018年1月)

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[気になる点] 古代博士の名前が! 勝手に富山敬(小野大輔でなく)さんの声でアテレコさせて頂いていました。 [一言] 確かに古代史ミステリーを解き明かす先生なら、ご自分の死因に不明な点があれば、ジッと…
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