(6)化け猫屋敷の後日談~そして、君の居る町角
その後。
いつもの公民館の井戸端会議は、化け猫屋敷の大爆発と、新しい住人の事情で、もちきりだった。
「もう、ビックリしたわ」
「ホントにねえ。そんな紛らわしい呼び方しなくても」
「でも、分かるような気はするわぁ。シンミリしちゃう」
プラム夫人を含む、地元の奥様がたの面々は、一斉に溜息をついた。
「整理すると、こういう事ね。リゼールさんとエセルさん、ホントは母娘じゃなくて従姉妹なのね。リゼールさん19歳、エセルさん4歳の時、それぞれのご両親が高速道路の多重事故で、いっぺんに死亡して。ええと、リゼールさんにとって、エセルさんは、叔母の産んだ、年の離れた従妹」
「リゼールさんは、まだ大学生だったけど、急に4歳の従妹を抱えて苦労したとか」
「エセルさんの方は、まだ母親恋しい頃だったもんで、母親に似てたリゼールさんの事を、ずっと『お母さん』と呼んでて、リゼールさんの方も受け入れてた。小学校の授業参観でも、エセルの母親として参加したとか」
「周囲は誤解するわよねえ」
先日、奥様に一服盛られて、趣味で執筆していたミステリ小説『三人組の銀行強盗』ネタを白状させられていた署長補佐が、ブツブツとぼやいた。
「銀行強盗の目撃者の話が、此処まで変にこじれたのは、お前のせいなんだからな」
「それは、もうゴメンナサイしたでしょ、あなた。現実の銀行強盗事件の解決につながったんだから無罪放免、もとい功績じゃないの」
「現実は小説よりも奇なりって、ホントよね、奥様。まさか、ブライトン夫人を粉々の肉片にしたヒモ男『ルカ・アルビオン』の正体が、ルイス・トラレス刑事で、しかも、先日の銀行強盗犯の二人組の片割れでもあったなんて」
「賭博にハマっちゃったのが原因だそうだけど。歪んで狂って、膨れ上がった欲望は、限りなしね。なんてオソロシイ」
プラム夫人を含む奥様グループが、にぎやかに喋り出した。
「本物の刑事って立場でもって、警察の中でしか知らない秘密情報を知る事が出来たのよね、ルイス・トラレス。前科者と一緒に銀行強盗を計画実行して、その目撃者がエセルさんって事も、すぐに知って、エセルさんを口封じしようと、行方を追ってた」
「銀行強盗犯を目撃したその日のうちに、片割れが刑事と気付いて危険を直感したエセルさん、目撃者として警察を訪れずに急遽『化け猫屋敷』へ直行、リゼールさんの格好をしたりして、身を隠してて」
「従姉妹だけあって、体型とか雰囲気とかソックリで、プラム夫人でさえも気付かなかったのよね」
「ルイス・トラレスも最後まで気づかなくて、ピンクの車で家に入ってたリゼールさんを、黒縁メガネ魔女スーツで変装したエセルさんだと、最後まで思い込んでた」
「しかも、リゼールさん黒縁メガネ外した顔、あの爆発から救助された時に初めて見たけど、ビックリしたわよね、ホントに」
「年齢不詳っていうか、30代前半、頑張れば20代後半でもギリギリ通るわね。亡きブライトン夫人も美人だったけど、リゼールさんの方が美人だわ」
奥様がたの一人が、タイミングよく口を挟む。
「で、リゼールさんを、ルイス・トラレスはエセルさんだと誤解したまま、二丁拳銃でもって殺害しようとしたのよね」
「一方は警察官用の拳銃で、もう一方は小型の女用の拳銃だったとか」
「武器を持ってない非力な女を殺すのに、なんで二丁も拳銃を使う必要があったのよ? それも、えらく種類が違うのを」
「エセルさん、もとい、リゼールさんが抵抗して拳銃を撃って来た、という事にすれば、刑事としての正当防衛で、撃ち殺せるじゃないの」
「まあぁ! 確実を期してたのね。なんて卑劣な」
「刑事でありながら、ブルジョアなブライトン夫人のヒモになって、頃合の良い時にブライトン夫人を殺害して大金ゲットしようとしてたくらいだもの。大金が手に入らなかったから銀行強盗を計画した、っていうほどの金の亡者」
プラム夫人が、改めて溜息をついた。
「想定外だったのは、エセルさんが運び込んでいた、金属溶接バーナー用のガスボンベね。あんな凄い爆発だったのに、みんな助かって良かったわよねえ」
「ブライトン夫人の『金隠し扉』も、防火扉レベルの大仕事したわよね。凄いタイミングで爆風で扉が閉まって。高温と爆風の直撃で扉がボロボロになって、その部分いたく壊れたけど、家の中のほとんどは大きな被害が無い状態だったし」
「あの家の仲介業者さん、その筋の手練手管でもって、信頼できるって評判のリフォーム業者を引っ張って来てたわよ。今回の件で、ちょっと資産価値アップしてて、結構お得にリフォームできる見込みですって」
奥様がたは「良かったわねえ」と言い合い、早くも元の話題に戻った。
「ルイス・トラレス、死ななかったけど、背中の火傷とか、顔の傷、一生、残るだろうって。毛根もやられて、髪が生えて来なくなった部分が出来て。おまけに一晩で、自慢の顔面も一気に老けて、残りの髪も白髪になって、100歳を超えた老人みたいになっちゃったそうよ」
「お若いナルシスト男には、ショックよねえ」
「大金の方も、大爆発で全部燃えてしまって、骨折り損のくたびれ儲け。宝石も灰になって。絶望と落胆のあまり、病院のベッドの上で延々白状してるそうよ。幼稚園の時の恥ずかしい黒歴史までも」
「天網恢恢疎にして漏らさず、ってホントねぇ」
「あの悪魔祓いグッズの塩が効いたのかしら。それとも大きな猫サマの御利益?」
「きっと東洋の方で言う、神様のお使いの『招き猫』ね」
「今度、拝みに行きましょうよ」
その時、公民館の横を、今回の事件のヒーローとなったオスカー・ベルトランが横切った。
彼は、あの大爆発の中ではあったが(幸運の招き猫ヘキサゴンのお蔭なのか、家の構造的に、大爆発の直撃を受けない位置へ転がっていたお蔭なのか)、リゼールの身をかばいながらも、奇跡的に軽傷で済んでいたのだった。
大爆発を切り抜けた明らかな証拠は、目に見える限りでは、手首を覆う包帯や、両方の足首に見える包帯のみ。その包帯も近いうちに取れる見込み。
署長補佐が早速気付いて、窓を開き、声を掛ける。
「おう、これから彼女のお見舞いか、ベルトラン」
「明日にも退院だとかで」
「なあ、今でも謎なんだが、何でリゼールさんは、エセルさんから銀行強盗犯の特徴をシッカリ聞いていて、その正体が、ベルトランだと思い込んでいたんだね?」
「それを、これから聞きに行くんですよ。個人的にも気になる」
「ベルトランは、人相は悪くない方の筈なんだけどなあ。納得できる説明が聞けると良いな」
「心が折れない程度に」
ベルトランが足早に歩き去ってゆくと、奥様がたが再び、にぎやかに喋り出した。
「いそいそと、いそいそと。あれは恋してる男だわね」
「きゃー、いやーん♪ リゼールさんが『リゼール・ベルトラン』さんになる日も遠くないかも!」
「リゼールさん、リンゴをこぼしてたでしょ。それ拾って、その時に接近して、ドッキリしたって。リゼールさん、ぶつかった拍子にメガネがずれて、素顔が出てたそうだし」
「森の妖精だと思った、ですってよ、奥様」
「いまどき一目惚れって珍しいんじゃない。仕事一筋男が、40歳にもなって」
「あの化け猫トワイライト・ゾーンの夜、リゼールさんがスコップを構えて威嚇してたのも、『子猫みたいで可愛いな』と思ってたんですって。警戒心の強い子猫とか妖精とか、どうやって手なずけようかって感じ?」
「ベルトランさん、リゼールさんから一目で銀行強盗犯だと思われて、すっごい警戒されていたと知った時は、一晩中ショックで寝られなかったそうね」
「そう言えば、その夜、化け猫屋敷の裏口うろついてたのは、侵入を試みていたルイス・トラレスだったそうね。前とは違って、たくさん物が置いてあって散々だったとか、恐ろしい化け猫の鳴き声と姿を見て、怖くなって逃げたとか」
「ミステリーが残ったわね。そんなに怖がるなんて、いったい何を見たんだか。ブライトン夫人が死んだ夜も、化け猫が出たと言う話はあったけど」
「金色の目ピッカピカで、六本の尾で、翼が生えてて、空を飛んでたんですってよ奥様」
奥様がたの話が盛り上がっている横で、呆れ顔の署長補佐が、ガックリと頭に手をやる。
「……あんたたち何処で仕入れて来るんだ、そんな情報を……」
*****
ミントグリーンに白いドット模様のパジャマ姿のリゼールが、病院のベッドの端に腰かけた格好で、ハーッと溜息をついていた。
「だって、『コーヒー色の髪』って言ってたじゃないの、エセル」
「だからって、そんな盛大な誤解をするなんて!」
「いちいち要点が抜けるから、みんな誤解する羽目になるのよ。『お母さん』呼びの件だって、そうだったじゃない」
病室の中では、今しがた淹れられたコーヒーの香りが漂っている。
エセルはブツブツ言いながら、コーヒーにミルクを入れ始めた。見る間に、エセルのコーヒーが、パステル系のソフトな茶色になる。
「コーヒー色って、普通、こういう茶色じゃない。スーパーで売ってるコーヒー味のキャンデーだって、この色だわよ!」
リゼールは、ブラックコーヒーに、ゆっくりと口と付けた。やれやれ……と言わんばかりに、眉間にしわが寄っている。
「エセルは、ミルクを入れて飲む派だったわね、確かに」
相席しているロジャーとベルトランは、納得の苦笑いをするのみだ。
「まあ、でもギリギリで間に合って良かったですよ。金属工芸サークル仲間と、エセルと、一緒に武装して駆けつけていた時、ベルトラン刑事と行き逢って、エセルが見た銀行強盗犯の身体特徴とか、義姉さんにその犯人が接触して来てヤバいとか、事と次第を説明できましたから」
「中世騎士コスプレのグループが、車やバイクを猛スピードで運転していたら、普通は異世界から召喚されて来た不審人物として通報されるだろう」
「それも、そうですねえ」
――ロジャーとエセルと、金属工芸サークル仲間たちの『武装』は、さぞ見ものだったに違いない。
ロジャーの感覚は少しズレている。エセルと気が合うのも、この妙なズレが、ピッタリとハマっているからなのだ。
つくづく、このハーバー夫妻、愉快な変人カップルと言うべきか……
「ベルトラン刑事には、この町では随分とお世話になってて。僕、金属工芸用のガスバーナーをしょっちゅう出し入れするでしょ、爆発物を運んでる危険人物だと名指しされて困っちゃった時、ベルトラン刑事が、ガスボンベ収納用の貸し倉庫、探して来てくれたんですよねー」
呆然と呟くリゼール。
「それで、例のガスボンベが何本も倒れていたのを見て、その意味を、すぐに理解したと……」
オスカー・ベルトランは、ブラックコーヒー色の髪に手を突っ込んで困惑顔をしている。
「あんなに肝を冷やすのは、一生に一度でたくさんだな。今でも軽傷で済んだと言うのが信じられないし、化け猫が何かした、と思う方が納得できそうな気がする」
「実際に何かしたのかも知れませんよ、我らが『ヘキサゴン』が。ああいうの、東洋の方では不死身の妖怪変化『ネコマタ』って言うんでしたっけ」
リゼールが入院している病室の窓からは、灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が、いつだったかの、ドブネズミを仕留めていた五匹の子猫たちを連れて、歩き回っているのが見える。
病院の庭を散歩中の入院患者たち(近々退院予定の人々)を観察し、懐に余裕があって気も良さそうな対象を飼い主候補と見定めて、ちゃっかりと『里親お見合い』をやっているところだ。
程なくして、エセルの携帯電話が鳴り始める。
例によって夢見るようなピンク色。
「あら、友達からだわ。ちょっと待ってて、お姉ちゃん……ハーイ、いや、こっちは何とも無いわよ。うん、それは大丈夫。え、そうなの?! ロジャーにも声掛けとくわね」
テキパキと通話を済ませたエセルに、ロジャーが疑問顔を向ける。
「次の金属工芸サークルの全国作品発表会の件よ、ロジャー。さっき、幹部会の方で、今年の新しい発表テーマが『異世界モンスターの森』に決まったわ。早速、作戦会議よ!」
「そうか! ベルトラン刑事、僕らはサークルに行きますんで、義姉さんをお願いしますね」
ロジャー&エセル・ハーバー夫妻は、手に手を取って、嵐のように出発して行った。
「異世界モンスターの森だって?」
ベルトランが圧倒されたように呟いている。
「家のサンルーム、あの爆発で粉々になったんだけど、リフォーム対象外で。それで、ロジャーとエセル、新しいサンルームをデザインして設置し直してくれると言ってくれて。『異世界ナントカの森のイメージで』とか言ってたけど、この事だった訳ね……」
「化け猫屋敷と呼ばれた家が、今度は『異世界モンスター屋敷』にグレードアップすると?」
「それは、大丈夫そうな気はする。ロジャーとエセルの見立てとか、デザインって、信頼できるから」
「……確かに、あの中世騎士コスプレ用の甲冑もデザインは良かったし、あの爆発に伴う瓦礫の雨にも耐え切った、という話があったか……」
「コーヒーのお代りは要ります? ベルトランさん」
「いや、大丈夫」
オスカー・ベルトランは椅子の位置を変えて、リゼールの傍に座り直した。
それはそれは素敵な笑顔で。
「美味いブラックコーヒーを出す喫茶店が近くにあるんだ。退院して、色々落ち着いたら、行って見ないか? 一緒に」
リゼールは目をパチクリさせた後、そわそわと窓の外を見やった。
頬が次第に、熱を持ち始める。
灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」は、木の枝の上で悠々とくつろいでいる。訳知り顔で、向こうに見えるストリートの服飾店を観察している様子だ。
――キレイ色のワンピース、買っておかなくちゃ。
―《終》―