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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
猫天狗が光り舞う!~不惑の年のボーイ・ミーツ・ガール事件(海外版)
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(5)猫天狗が舞う~対決バトルと爆発と真相と

その時、少し高いトーンをした男性の声が戸口スピーカーから流れて来た。


『あのー、あれ、留守ですか? 刑事のルイス・トラレスですが』


――ルイス・トラレス刑事! あのパステル系の、甘いマスクの方の刑事だ!


リゼールは、急に、安堵の余りヘナヘナと来るものを覚えた。目の端に、涙がにじんで来る。


大丈夫だ。もう大丈夫だ……!


少しよろけながらも、パッと玄関扉を開ける。


扉の向こうでは、昼下がりの陽光を背にしたルイス・トラレス刑事が驚いた風にのけぞり、目と口を丸く開けていた。


「え、どうしたんですか? 顔色が……大丈夫ですか」


「大丈夫です! 全然! あの、あれ、見つけたんです! この家に隠されていた大金を!」


「……お金? 何処に?!」


「こっち、刑事さん、早く!」


リゼールはサッと身を返し、サンルームと物置スペースの間に駆け込んだ。


ルイス・トラレス刑事も続く。


「こ、この仕切り扉の中に、お金が、宝石が、あって……」


ルイス・トラレス刑事は扉に張り付き、ドンドン叩いて中の空洞を確信した後、ガチャガチャとやり始めた。


――焦っているかのように。


程なくして、カチリと言う音と共にプレートが引き下ろされる。


「こんな所に、あったとは……」


押し隠しがたい喜悦と欲望の気配。


急に違和感を覚え、リゼールは男の背中を見つめる。


振り返って来たルイス・トラレス刑事は……法を遵守する警察官の顔をしていなかった。


その口元が、凶悪な笑みに歪む。


「死人に口なし。死ね」


取り出されたのは、二丁拳銃だ。警察官用の少し大振りなサイズと、明らかに女性用の、女性の手の中に収まるような小型の拳銃。


小型の拳銃が鋭い破裂音を立てて火を噴き、リゼールは本能で身をひねった。


背後の壁が「ビシッ」と音を立てる。


恐怖の一瞬……フラッシュのように閃くものが来た。


――『化け猫屋敷、ブルジョア夫人、浴室の惨劇』。


新聞や雑誌に掲載されていた曖昧な似顔絵。


犯人とされている男の人相と、凶悪犯としての素顔をさらした刑事の人相が……ピッタリ重なった。


背は高く、モデル体型。『乙女ゲーム』ヒーローを思わせる、甘いマスク。刑事だから、女性を喜ばせる程度には、筋骨はカッチリしている筈だ。


こうして見れば、平均以上に整った甘いマスクは、未亡人のヒモとしても似つかわしい。金にだらしない割には用心深く、写真は残っていなかったと言う……


――それに、そう、黒に近いほどの濃茶色の髪と記事に書きたてられていたが、その特徴を消すべく脱色したり染めたりすれば、こういうパステル系の茶色になるのではないか!


例のブライトン夫人が、急に殺害されてから三ヶ月ほど。


その間に、気分が変わったとか何とか言って、自分で無理やり脱色した……筈だ。


「ブライトン夫人を殺したのね?! 『ルカ・アルビオン』……!」


図星を、それも、ど真ん中を、どつかれたらしい。


ルイス・トラレス刑事の甘いマスクが、ビシリと割れ、毒々しいまでに歪んだ。


「下手に知恵の回る女ってのは」


ルイス・トラレス刑事がリゼールを蹴り倒そうと、モデル並みの長い脚を振り回す。


「変装して、ちょろちょろしやがって……」


死にもの狂いで、かわす。


刑事の脚がガスボンベに当たり、何本ものガスボンベが、ドドドッと横倒しになった。


容器同士の当たる音が、ガチャガチャンと続く。


ルイス・トラレスが痛みに呻いている間に、リゼールはクルリと扉を返して抜け出し、裏口ポーチへと走る。


「地獄へ落ちろ!」


今度は、警察官用の銃が重い破裂音と共に火を噴く。すぐ傍の壁で、砕片が散った。


何か無いかと辺りを探ったリゼールの手に、手ごろなガラス瓶が当たる。


咄嗟にそれをつかみ、素早く身を返す勢いで、無我夢中で投げつける。


「うお!」


ルイス・トラレスの額に命中したガラス瓶は、呆気なくパリンと割れて、極彩色の粉末を注いだ。


――プラム夫妻の提供の、悪魔祓いグッズ。シャレコウベのデザインをしたガラス瓶と、サイケデリックな色彩をした、お清めの塩だ。


塩が目に入ったのか、男は銃を握ったままの手の甲で目を抑え、苦痛の叫びをあげた。


裏口ポーチに置いてあったスコップを取り、がら空きになった男の胴を、思いっきり払う。


派手な音を立てて横倒しになる、ルイス・トラレス。


同時に、二丁拳銃が再び火を噴き、裏口ポーチの天井と床の両方に、各一個ずつの穴が空いた。


「このアマ……!」


しぶとく起き上がり、涙目でもがきながらも迫るルイス・トラレス。


その足元で巨大な灰色ネコ・ヘキサゴンが変幻自在に飛び回り、襲いかかり、かみつき、トラレスの動きを鈍くしている。


二丁拳銃の銃口をかわし続ける、スコップ武装のリゼール。


お互いに決定的な打撃を繰り出せず、タタラを踏んでいるうちに、位置が入れ替わる。


「逃がさんと言っただろう! ハハハ!」


本職の刑事の身のこなしは、さすがに、訓練された者ゆえの計算がある。


裏口ポーチからの逃走を妨害し、再び屋内にリゼールを追い込む形になったルイス・トラレスは、近い勝利を知っているかのように嘲笑した。


リゼールは遂に、仕切り扉の前で、窮地に陥る。


その足元で、灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が、シャーッと唸った。


物置スペースへ通じる側が開かれた状態になっているが、屋外へ通じるルートとは言え、横倒しになった何本ものガスボンベが重なっていて、足の置き所も無い。


高いトーンの声ならではの、キイキイと耳に付く嘲笑……


「そこまでだ、トラレス!」


玄関の方向から、堂々とした低い声が鋭く飛んだ。


ギョッとした顔で振り返る、ルイス・トラレス。


「ベルトラン!」


鍵が開いたままだった玄関から、踏み入って来る人影。


オスカー・ベルトランが、その手に持つ拳銃は……まっすぐ、ルイス・トラレスを捉えている。


(どういう事? エセルが目撃したという銀行強盗犯のベルトラン刑事が、何で『ルカ・アルビオン』すなわちトラレス刑事に、拳銃を向けてるの?)


リゼールは混乱の余り、動けない。


ルイス・トラレスは、不意に、苦悶に顔をゆがめた。よろけるようにしか歩けない。


灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が、ルイス・トラレスのふくらはぎに、ガップリ噛みついていたのだった。


「今しがた、先日の銀行強盗事件の目撃者の証言が取れた。もう一人の強盗犯、トラレスだな!」


「ウソをつけ! エセル・ハーバーは此処に居る! 俺の事を、警察に証言できた筈が無い!」


語るに落ちた。


ベルトランは更に一歩踏み込み、拳銃の引き金に力を込める。


「銀行強盗の容疑で逮捕する! 手を上げろ、トラレス!」


ルイス・トラレスの目に狂気が宿った。


ふくらはぎに嚙みついていた灰色ネコの頭を拳銃で殴り、ベルトランの方へと投げつける。


ベルトランは、キレのある身のこなしで衝突をかわし、更に踏み込んだ。だが、ルイス・トラレスの背後のガスボンベの群れを見るや、ギョッとしたように目を剥き、口元を引きつらせる。


ルイス・トラレスは、信じがたい程の素早い動きで――死にもの狂いならではの男の力で――仕切り扉のプレートを、結索・固定されていた札束ごと引き剥がした。


乱暴に引き剥がされた衝撃で、残りの隙間に詰まっていた数々の宝石も飛び出して来て……パラパラとこぼれる。


「馬鹿め、捕まえられるものなら捕まえてみればいいさ! この大金は、俺の物だ!」


ルイス・トラレスはキイキイと哄笑しながら、屋外物置へと身をひるがえした。ひるがえしながら、ベルトランへ向かって銃口を向ける。


一瞬の事だった。


ベルトランは、棒立ちになったまま動けなくなったリゼールを抱き込むと、裏口ポーチの方へ、できるだけ遠くへと、大きく身を投げる。


ルイス・トラレスの銃が、火を噴いた……


*****


耳をつんざく轟音と共に、オレンジ色の化け物のような、巨大な火の玉が燃え上がった。


高温の爆風が、周囲を襲う。


金色に輝く巨大なネコの影が、それもくすしき六本の尾を生やした影が、不思議な翼を生やして、オレンジの火の玉を、神速でもって取り巻いたようだ……


数ブロック一帯を揺るがす、地獄のような爆発と振動は、何度も繰り返し続いた。


オレンジ色の火の玉を乗せた火柱が、屋根よりも高く高く立ち上がる。


その激烈な劫火のてっぺんから、凄まじい黒煙が噴き上がってゆく。


*****


野次馬となった近所の人々が炎を指さし、口々にわめいていた。


「何なんだ? え? 何が起きたんだ?」


「爆発だ! 何でだ!」


その回答を与えたのは、今しがた、リゼール御用達の真っ黒なレンタカーで駆けつけていた、エセルとロジャーだ。


エセルとロジャー、二人とも、中世騎士のような金属製の手作りの甲冑で武装していて、臨戦態勢だ。その二人の後ろにも、お仲間と思しき、手作りの中世騎士コスプレさながらの数名が居る。


「あの男、あの銀行強盗犯、ガスボンベ倒してたわ! あのガスボンベ絶対に横にしちゃいけないのよ、中身はアセチレンなんだから! 三重結合の不飽和炭化水素、下手に引火したら、すごい大爆発するんだから!」


「ガスボンベを横にすると、ガス栓が変な風にゆるんで、ガス漏れが起きる事があるんだよ! 現代文明の常識の筈なのに!」


公民館ストリートから新たに駆け付けていた、プラム夫人をはじめとする奥様がたが、仰天して騒ぎ出す。


「アセチレンだか何だか、何であんな、ヤバイ、モノを!」


「金属溶接のガスバーナーで普通に使われるヤツよ、まさかガスボンベを何本も横倒しにするようなバカが、この世に本当に存在したなんて全く想定してなかったわよ!」


「とにかく火事よ! 消防ー!」


エセルはパニックの余り、フワフワ栗毛を乱して悲鳴を上げていた。


「死なないで、お姉ちゃん!」


プラム夫人を含む奥様がたが、仰天した顔で振り向く。


「お姉ちゃん?」


*****


昼下がりの青天を衝き、焼き焦がすかのような、劫火と大爆発。


轟音を立て続ける、オレンジ色の巨大な火柱。そして、強烈な爆風によって高く高く吹き上げられていた、あれやこれやの瓦礫や砕片が、雨のように降り注ぐ。


ご近所の人々を守る防壁さながらに最前線に出て行く、中世騎士コスプレのグループ。


金属工芸サークルお手製の甲冑や刀剣が、瓦礫の雨を受けて、ガンガンと音を立て始めた……

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